第79話 転職
重傷を負った魔物使いたちを助けて、辻ヒールを終わらせた私は、それから一週間ほど見習いシスターを続けた。
本当はすぐに帰りたかったけど、『魔物使いたちが復活した!!』って大騒ぎだったから、怪しまれる行動は控えたんだ。
私が来た日に奇跡が起こって、その日の内にそそくさと帰ったら、怪しんでくださいって言っているようなものだからね。
ババァンさんなんて、明らかに私を疑っていたから、その疑いを晴らしておきたかったという事情もある。
そんな訳で、この一週間は見習いシスターとして、普通に働いたよ。スラ丸が優秀だから、そこそこお役に立てたと思う。
病院には患者がいっぱいいて、女神球を使おうか何度も悩んだけど、結局は腰が引けてやめちゃった。
女神だ聖女だと祭り上げられて、権力者のいいように利用されるのは、怖いからね……。
そんなリスクを背負ってまで、私とは無関係な人を助けようなんて、とてもじゃないけど思えない。
リスクを背負うことがなければ、助けたんだけど……やっぱり私って、根っからの偽善者だよ。
──さて、そろそろホームシックだから、お家に帰ろうと思う。
でも、その前に一つだけ、やっておきたいことがあるんだ。
私は寮の食堂で質素な食事をいただいた後、ババァンさんに内緒話を持ち掛ける。
「ババァンさん、少しだけお時間をいただけませんか?」
「シスター・アーシャ、どうしましたか? もしかして、一週間前の奇跡の一件で……?」
「ち、違いますっ、あれは私とは無関係です……!! そうじゃなくて、そろそろ自宅に帰らないといけないので、その前に転職したくて……」
魔法使いのレベルが30になってから、一気に伸び悩み始めたんだよね。
だから、この辺で一度、転職しておきたいんだ。
アーシャ 魔物使い(17) 魔法使い(30)
スキル 【他力本願】【感覚共有】【土壁】【再生の祈り】
【魔力共有】【光球】【微風】【風纏脚】
従魔 スラ丸×3 ティラノサウルス ローズ ブロ丸
タクミ
これが、今の私の職業とスキル。どういう訳か、私は二つの職業を選択出来るから、スキルの数がとても多い。
現状でも十分かもしれないけど、私は欲張りなので、もっともっとスキルが欲しいと考えてしまう。
転職した際のデメリットは、レベル1からやり直しで、超人から凡人に成り下がること。
私の場合、魔物使いの方をそのままにしておけば、大きな問題にはならないと思うんだよね。
「……もしや、お布施を免除して欲しいと? 貴方はよく働いてくれましたが、それを許可する訳には……」
「それも違いますっ、お金はあるんです……!! そうじゃなくて、私、こっそりと転職したくて……」
「こっそり……? 何か疚しいことがあるのなら、懺悔するべきでしょう」
ババァンさんは私に疑いの目を向けながら、背中を軽く押して懺悔室に誘導しようとする。
転職に関しては、懺悔するようなことは何もない。私はただ、選択出来る職業の候補を人に見られたくないだけだ。
初めての職業選択の儀式で、『異世界人』という選択肢があったからね。異端扱いされるのは避けたいよ。
職業が二つ選べるという特異性もあるし、もしかしたら更なる厄ネタだって、選択肢に浮上するかもしれない。
そんな事情があるから、私は己の内に眠る役者魂に火を点けて、ババァンさんに渾身の泣き真似を披露した。
「うぅ……っ、ぐすん……。私っ、人に職業選択の儀式を見られるのが、どうしても嫌なんです……!!」
「あらあら、それはどうして?」
「だって……っ、選べる職業が少ないんです……!! それって、才能が全然ないってことですよね……!? 私っ、不出来な子だと思われたくないっ!!」
この言い分で丸め込みたかったけど、そう簡単にババァンさんは攻略出来ない。
「大丈夫ですよ、シスター・アーシャ。主は貴方の優しさと献身をご存知です。きっと、綺羅星のように素敵な職業が、用意されていることでしょう。さぁ、共に神聖結晶の前へ」
手強い。ババァンさん手強いよ。このままじゃ、彼女が付き添った状態で転職する羽目になりそう。
私は高速で頭を回転させて、なんとか言い訳を捻り出す。
「ば、ババァンさん……。その、これからする話は、絶対に内緒にして貰えますか……?」
「ええ、ええ、勿論ですとも。シスター・アーシャ、例え貴方が、あの奇跡を引き起こしたのだと白状しても、主の敬虔な使徒である私は騒ぎにしませんとも。しかし、教皇様にだけはお伝えしなければ……それから、聖女認定を貰って……王族への根回しは迅速に……」
「ちがっ、違いますって! その疑いは捨ててください!!」
「往生際が悪いですね……。とりあえず、何を聞いても秘密にしましょう。さぁ、話してください。ああでも、やはり教皇様には──」
ババァンさんの不穏過ぎる呟きを遮って、私は自分の閃きに従い、必殺の文句を口に出す。
「じ、実は……私っ、そのっ、え、エッチな子なんです……ッ!!」
「…………は? なんて?」
ババァンさんの朗らかな笑顔に、亀裂が走った。
私の突然の告白に、人生経験が豊富そうな彼女でも、面を食らったらしい。
私は赤面しながら、どうしてこんなことを言い出したのか、きちんと前後が繋がるような言い訳をする。
「だからっ、あるかもしれないんです……っ!! 職業の選択肢に……しょ、娼婦が……!! 私っ、まだ子供なのに……っ、そんなの人に見られちゃったら、もうお嫁に行けない……っ!!」
物凄くお馬鹿な言い分だけど、これくらいしか思い付かなかった。自分のポンコツな頭にがっかりだよ。
ババァンさんはしばらく硬直していたけど、深々と溜息を吐いてから再起動する。
「はぁー……。こんな子が奇跡を起こしたなんて、なさそうですね……。ええ、ええ、分かりました。エッチなアーシャ、貴方がこっそりと転職出来るように、取り計らいましょう。お布施をすれば、今すぐにでも」
「お、お願いします……」
私の品位と引き換えに、ババァンさんからの疑いも晴れたみたい。
この後、私は彼女に金貨十枚を差し出して、しょんぼりしながら大聖堂へと向かった。
──大聖堂には、縦横が五メートルほどもある板状の結晶が置いてある。透明だけど、光の当たり方次第で、極彩色に見える神秘的な結晶だよ。
これの名前は、神聖結晶。人間の職業を定めるための道具で、この国だと教会が独占しているんだ。
ババァンさんは私から距離を取って、静かに見守っている。これなら見られる心配はない、と思う。
覗き見出来るスキルやマジックアイテムを使われたら、その限りじゃないけど……それを気にし出すと、安全に転職出来る機会なんて一生ないだろうから、割り切るしかないね。
そう考えながら、意を決して神聖結晶に触れると──
『聖女』『異世界人』『商人』『庭師』『観測者』『結界師』
『土の魔法使い』『光の魔法使い』『風の魔法使い』
九つもの選択肢が、文字として神聖結晶の中に浮かび上がった。
「うっ……で、出た……!!」
これを選べと言わんばかりに、真っ先に浮かび上がってきたのは、聖女という職業。その二文字を見て、私は頬を引き攣らせる。
【再生の祈り】のスキルオーブが、聖女の墓標で入手したものだから、それなりに縁を感じていた。でも、まさか、職業として出てくるなんて……。
聖女について、少し調べたんだけど、実はアクアヘイム王国を建てた人物が、その職業を選択していたらしい。
建国の聖女、ニラーシャ=アクアヘイム。
教会も彼女が設立した組織だし、聖女という職業には途轍もない権威が付随しているんだ。
かなり希少かつ強力な職業で、建国の聖女を除くと、過去に二人しか確認されていないとか……。
二人とも教会に所属して祭り上げられたけど、その生涯が幸せだったのか、不幸だったのか、それは分からない。既に他界していて、新しい聖女は長らく現れていないそうだ。
「うーん……。まぁ、見なかったことにしよう」
聖女は厄介事を招きそうだから、却下。別の職業を選ぼう。
異世界人、商人は以前にも見た選択肢だよ。
前者には興味があるけど、異端視されそうだから却下。後者にはそもそも、魅力を感じない。
庭師という職業は、自宅の裏庭でローズの面倒を見ていたから、それが原因で選択肢に出てきたんだと思う。
綺麗な庭が欲しいから、ガーデニングに興味はあるんだけど、それ専用のスキルが欲しいかって聞かれたら、別にいらないって答えるよ。
観測者という職業は、ルークスたちの冒険を何度も覗き見していたから、それが原因で選択肢に出てきたんだと思う。
名前の通り、何かを観測することに特化した職業なら、評価するのが難しい。
ルークスたちを見守るだけなら、今まで通りでいいからね。
「あっ、結界師がある……!!」
金級冒険者のバリィさんと同じ職業、結界師。
彼と強敵の激闘を間近で見て、結界への理解度が高まったから、選択出来るようになったのかな?
結界の優秀さは散々見せて貰ったから、非常に魅力的な職業だって知っているよ。……惹かれる。物凄く惹かれる。
ただ、結界って身近なところを守るばっかりで、【再生の祈り】とか【風纏脚】みたいに、バフ効果を付与する感じじゃないんだよね。
安全圏でのんびりと暮らしながら、ルークスたちを支援したい私としては、バフ効果を付与するようなスキルを増やしたい。
「──となると、やっぱり魔法使いかなぁ」
土、光、風。これらの属性に特化している魔法使いは、職業の選択肢に出ると思っていた。
土属性の魔法【土壁】、光属性の魔法【光球】、風属性の魔法【微風】【風纏脚】、これらを使い込んでいたからね。
どの属性にも、魅力的な支援スキルがあるはず……。さて、私が選ぶのは──
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