第72話 第三階層
──翌日。みんなは早朝から、意気揚々とダンジョンへ向かった。
私はお店のカウンター席に座りながら、スキル【感覚共有】を使って、スラ丸三号の視点を覗き見する。
このスキルは私と従魔たちの間で、感覚を共有出来るスキルだよ。
スラ丸三号はルークスたちに貸し出しているから、こうすればみんなの冒険を見守ることが出来るんだ。
フィオナちゃんに抱きかかえられているスラ丸三号が、ぐるりと周囲を見回すと、みんなの現在地は流水海域の入り口だと判明した。
ここの第三階層は、推奨レベル20から30の難所だ。ルークス、トール、ニュート様の三人は、余裕だって考えているみたいだけど、油断はしていない。
装備を可能な限り更新して、下調べもしっかりしているからね。
ルークスは歩きながら、事前に調べた情報を再確認する。
「第三階層に出現するスノウベアーは、強敵だけど群れを作らない。他の魔物はスノウベアーを恐れて、あんまり出現しないみたいだから、数は常にこっちが有利……だよね?」
これに対して、ニュート様が肯定しながら注意事項を付け加える。
「その通りだ。しかし、敵は魔物だけとは限らない。周囲の警戒は常に怠るな」
魔物以外の敵っていうのは、人間のことだよ。
冒険者は荒くれ者が多いから、些細なことで襲ってきたりするし、最初から強盗目的でダンジョンへ潜る人たちもいる。
ルークスの説明を引き継ぐために、フィオナちゃんが歩きながら小冊子を取り出した。流水海域の情報が記載されているやつだね。
「改めて説明しておくわね。スノウベアーは体長が五メートルの熊の魔物で、雪みたいな白い毛に覆われているわ。それと──」
フィオナちゃん曰く、スノウベアーが持っているスキルは、【吹雪】【雪玉】【剛力】の三つ。
【吹雪】は氷雪を相手に吹き掛けるスキルだよ。
このダンジョンに出現するアザラシも、このスキルを使ってくるんだけど、これ一つだと殺傷力は低い。
相手を濡らすような水属性のスキルと一緒だと、途端に危険性が増すから、そこだけは注意が必要かな。
【雪玉】は名前のままで、雪玉を対象に向かって転がすスキルらしい。
最初の大きさは一メートル程度で、雪が降り積もっている環境だと、転がった距離に応じて大きさが増すみたい。
実際に見たことはないけど、所詮は雪玉だよね……? あんまり強そうじゃないかも。
【剛力】はトールが持っているスキルと同じで、筋力が上がるやつ。
体長が五メートルの白熊って、スキルがなくても凄まじい怪力を持っていると思うから、結構怖いね……。みんな、本当に大丈夫なの……?
「番犬、先走るなよ。シュヴァインと必ず足並みを揃えろ」
「チッ、俺様に指図すンじゃねェよ! クソ眼鏡!」
ニュート様とトールは会話だけを聞くと、非常に仲が悪そうだけど、険悪な雰囲気は全然ない。お互いに実力を認め合っているから、むしろ仲良しに見える。
「と、トールくん……!! が、頑張ろうね……!!」
「テメェに言われるまでもねェ!! 第三階層の魔物を根絶やしにすンぞッ!!」
シュヴァインくんとトールの関係も、以前はいじめられっ子といじめっ子に見えていたけど、今は対等な感じがするよ。
ちなみに、今のシュヴァインくんが一人でスノウベアーを受け持つのは、かなり難しいと思う。だから、トールが一緒に前線を維持しないといけないんだ。
──みんなは一先ず、第一階層に到着した。
このダンジョンは地下へ向かって伸びているけど、その内部には外の世界みたいな環境が広がっている。
そこは幾つもの流氷が浮かぶ冷たい海域で、冒険者たちはこの流氷に乗って移動するのが一般的だよ。
ルークスたちも例に洩れず、流氷に乗って移動する。このときに、出来るだけ大きくて頑丈な流氷を選ばないと、魔物と戦い難くなるんだ。
第一階層に出現する魔物は、子供アザラシとペンギン。どっちも可愛いけど弱いから、ルークスたちは鎧袖一触で蹴散らしていく。
この辺はもう、冒険じゃなくて散歩の範疇かな。
しばらくは暇だから、みんなの装備を確認しておこう。
ルークスの装備は、渇きの短剣と防寒具。それから、投擲用の短剣も持っている。
渇きの短剣はマジックアイテムで、突き刺した相手の血を吸い取り、刃の耐久度が回復するという効果があるよ。
これは私たちがまだ、孤児院で暮らしていた頃、スラ丸が聖女の墓標から拾って来てくれたお宝なんだ。
トールの装備は、セイウチソード、鉄の鎧、籠手、脛当て、防寒具。それから、予備の武器として鉄の鈍器。
セイウチソードはセイウチの牙で作られている大剣で、このダンジョンの第二階層に出現する魔物のレアドロップだった。
これもマジックアイテムで、その効果は氷を簡単に壊せるというもの。
シュヴァインくんの装備は、鉄の盾、鉄の鎧、鉄の兜、籠手、脛当て、防寒具。
彼の役目は敵視を集めて耐えることだから、防具が一番充実している。
特に鉄の盾なんて、全身を隠せるだけの大きさがあって、厚みもかなりのものだよ。
これだけの重装備だと、すぐに体力がなくなりそうだけど、彼には先天性スキル【低燃費】がある。これによって、体力の消耗がとても少なくて済むんだ。
フィオナちゃんの装備は、防寒具と気儘なペンギンの耳飾り。
彼女は筋力や体力が人並みだから、重たい武具は装備していない。
気儘なペンギンの耳飾りはマジックアイテムで、戦闘時に低確率で仲間ペンギンが召喚されるという、微妙な効果がある。
この確率は1%にも満たない上に、仲間ペンギンは弱っちい魔物だよ。
そのため、ただのゴミアイテム……かと思いきや、これのおかげで命を救われた場面があるから、フィオナちゃんのお気に入りの装備になっている。
マジックアイテムは五つまでしか装備出来ないという、ちょっと難儀な制限があるので、良い装備が揃ったらきちんと付け替えて貰いたい。
ニュート様の装備は、革の鎧、防寒具、鉄の細剣。
彼は素の身体能力が高くて、剣術の才能まであるから、魔法使いなのに前衛も担えるという稀有な人材だ。
装備は敵の攻撃を回避すること前提の軽装だけど、【氷壁】が使えるから攻撃を受け止めることも出来るよ。
しかも、【氷壁】は海に浮かぶから、いざというときは流氷の代わり……というか、流氷そのものになる。
惜しむらくは、流水海域の魔物に【氷塊弾】が効き難いことと、フィオナちゃんの魔法とは相性が悪いことかな。
「──よしっ、到着!! ここが第三階層かぁ……」
みんなは第一、第二階層をなんの問題もなく突破して、遂に第三階層へと辿り着いた。
ルークスは感慨深そうに周辺を見渡して、やや表情を曇らせる。
この階層も流氷に乗って、冷たい海域を移動するような仕組みだけど、環境そのものが過酷になっているんだ。
第一階層は青空、第二階層は曇り空、第三階層は曇り空+雪だよ。
「うへぇ……。事前の調べで分かっていたけど、これは最悪ね……。流氷の上に雪が積もっているわ」
辟易しながら雪を眺めるフィオナちゃんに、トールが苦言を呈する。
「流氷を選ンだら、さっさと雪を退かしちまうぞ。フィオナ、テメェは横着して火を使うなよ。氷が無駄に溶けちまう」
「分かってるわよ! さぁっ、シュヴァイン!! あたしの分も雪掻きして!!」
「う、うん……!! お安い御用だよ……!!」
フィオナちゃんは肉体労働をシュヴァインくんに押し付けて、小声で『魔法使いで良かったわ……』と呟いた。
体力が少ないから温存するという理由で、サボれるからね。ただ、同じ魔法使いのニュート様は、目ぼしい流氷を見つけて雪掻きに参加した。
必要な雪掻き道具は、きちんと買い揃えて、スラ丸の中に入れてあったよ。
ニュート様は元貴族だし、大変な雑用は使用人に任せるのが当たり前、みたいな人生を送っていたはずだけど……文句なんて言わずに、せっせと手を動かしている。
しかも、口元には微かな笑みが浮かんでいるんだ。ルークスもそれに気が付いたみたい。
「ニュート、なんだか楽しそうだね。良いことでもあったの?」
「いや、大したことではないが……。冒険者になって、仲間たちと苦労を分かち合うというのは、存外悪い気分ではないと思ってな……」
そう言って、ニュート様は気恥ずかしそうに頬を掻く。
ルークスとシュヴァインくんはウンウンと頷き、トールは満更でもなさそうに鼻を鳴らした。
傍から聞いていたフィオナちゃんだけが、ばつが悪そうに頬を引き攣らせている。……雪掻きの苦労、分かち合ってないからね。
私なんて、雪掻きの苦労どころか、魔物との戦闘や流水海域の寒さも分かち合っていない。だから、疎外感が物凄いよ。
とは言っても、冒険者になりたいとは、微塵も思わないけどね。
……一応、雪掻きに手を貸して、少しでも仲間アピールしておこうかな。
いつの間にか、私がいないのが当たり前みたいになったら、嫌だし。
私は自分の聴覚をスラ丸三号に共有させて、お店から現地へ命令を飛ばす。
「スラ丸、【収納】で雪を取り込んであげて」
この命令に従って、スラ丸は流氷の上の雪をモリモリ仕舞ってくれた。
これを見て、フィオナちゃんが瞳を輝かせながらスラ丸を抱き締める。
「スラ丸っ、あんた本当に凄いわね! よくやってくれたわ!!」
「スラ丸は【浄化】で汚れを綺麗にしてくれるし、【収納】で消耗品や戦利品を沢山持ち運んでくれるし、おまけに【土壁】まで使えるから、オレより頼りになるよ!」
「す、スラ丸っ、いつもありがとう……!!」
ルークスとシュヴァインくんがスラ丸を撫でて、なんだか和やかな雰囲気に包まれたよ。
……これ、私の仲間アピールじゃなくて、スラ丸の仲間アピールじゃない?
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