第8話

 ジュリアンヌは語り終えた瞬間、寂しそうに、悲しそうに瞼を落とした。

 自らの不甲斐なさを呪った。


「………アンヌは国を出る時に俺に言ったな。『王子に復讐をする必要はない。復讐を遂げるべき人間は別にいる』と」

「えぇ」

「ミュリエラ嬢だったのか」

「えぇ。彼女はね、99番目の浮気相手ミュリエル嬢の妹君なの」

「そうか………」


 お互いの身体を強く抱きしめ合ったふたりはやるせなさを隠すように、微笑み合う。


「あの後、ミュリエラさんからお手紙をいただいていたの。彼女、とっても良い子だったのよ。お手紙にはね、『アレクサンドル王子殿下とお幸せに』って短く綴ってあったわ」

「そうか。じゃあ、彼女の願いの分、否、それ以上に幸せにならないとな」

「えぇ」


 ジュリアンヌの腹を撫でるふたりの間を、優しい風が包み込む。


「生まれる子の名前は女の子だったら『シエラ』にしよう」

「そうね」


 どちらからともなく近づいたくちびるが優しく、しっとりと重なり合う。

 くすっと笑い合うと、アレクサンドルはジュリアンヌを抱き上げ、彼女の座っていた椅子に腰掛けた。


「あ、そういえば、レアンドルの82番目の浮気相手は誰だったんだ?」


 唐突に変わった話にパチクリと瞬きをしたジュリアンヌは、次の瞬間ころころと笑う。

 左腕の服の袖を捲り上げると、そこには100本の線が刻まれている。


「ふふっ、わたくしはこのリストカットの跡が、彼だけのの浮気相手の数とは一言も言っていなくてよ?」


 アレクサンドルはちゅっと頬にキスを落としたジュリアンヌは、妖艶な笑みを浮かべてくすくすと笑う。

 だがしかし、次の瞬間には困った顔をすることになってしまった。


「………そいつって誰?安心してアンヌ。たとえひとときであったとしても、アンヌが愛した男だ。苦しませずに殺してこよう」


 にっこりと笑ったアレクサンドルの言葉には、狂気が滲んでいる。


「あら、それは困ったわね。だってわたくしは今も彼を思っているもの」


 ぞわりと凍りつく殺気が強くなる。

 けれど、ジュリアンヌは微笑み続ける。


「は?俺という存在がありながら?」

「えぇ。そうね」

「………………アンヌ」


 今にも泣きそうな彼の声に、ジュリアンヌはくすくす笑った。


「だって、あなたに死なれては困っちゃうもの。あなたはもうすぐパパになるのだから」


 腹の子を包み込むように優しく互いを抱きしめ合うふたりの上を、四つ葉を咥えたコウノトリが旋回していたらしい———。


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