「親子」編 【※暴力描写アリ】 (アクション)

「あ~~~しょっぱ!! なんだいこの味噌汁は! さては高血圧にしてアタシを殺す気だね。この親不孝者が!!」


 白髪混じりのくるくるパーマの髪。手入れもしていない濃い眉の下にはぎょろりと見開いた目力の強い瞳。唾を飛ばさんばかりの怒声は特徴的なダミ声だ。歪めた口のすぐ脇には、暦年の結果少し弛んだ頬に皺とシミもオマケで付いている。

 お世辞にも美しいとは言えず、誉め言葉としては「お元気だ」とか「溌剌としている」といったものが相応しい中年女性。


 その辺に掃いて捨てそうなほどよくいる”おばちゃん”の皮を被った母親は、手に持った特別製の黒い箸をガチガチ鳴らしながら怒鳴る。


 その息子は……息子といってもとうに成人した、見目も立派な男性である。

 体脂肪率一桁ではないかと思われるほど鍛え上げた、しかし一切の無駄の無いしなやかな筋肉が備わった身体にピタリとした黒いTシャツとパンツ姿は黒豹を連想させるが、何故かその上に可愛らしいクマちゃん柄のエプロンを身につけていた。

 息子も母親に負けぬ声量で怒鳴り返し、食卓の空気はビリビリと震えた。


「うるせぇババア! 作って貰った物に文句言うな! だいたいテメエ、ババアじゃねえか!!」


 一触即発という四字熟語が相応しい雰囲気で二人はテーブル越しに睨み合う。が、母の方は親の貫禄なのか、目の奥にこころもち余裕も垣間見られた。


(クソババア、ムカつく!!……くそっ。親不孝者なのは本当だけどさ)


 息子は実は内心で反省してはいるのだが、決してそれを口にしない覚悟で睨み続ける。母親が再び口を開き、味噌汁の入った椀を高々と揚げた。


「はぁ~、こんなもん飲めな」


 パシャァッ / バスッ


「!!」「!!」


 その場にいたはそれぞれに虚を突かれた。


 サイレンサー付きの短銃による正確な銃撃は、母親を間に挟みながらもその横をすり抜け息子の左胸の位置に弾をめり込ませた。

 と、ほぼ同時に、銃を撃った男は母親が自らの背後にぶちまけた味噌汁によりゴーグルの視界を奪われた。


 息子が倒れ、くの字に折れた身体が後ろにあったカウンターの上の調味料をなぎ倒し、散らばり、ハデな音を立てる。

 一方、襲撃者である銃を持った男は本来息子へとどめの追撃をする予定だったが、味噌汁で汚れたゴーグルを外して捨てるワンアクションが必要になった。

 そしてそのアクションを行った男は目の前の椅子に誰もいない事を視認し、背後に空を切る微かな音を聞く。


 母親は味噌汁をぶちまけた直後に椅子から飛び上がり、空中で見事なとんぼを切って襲撃者の背後を取ると同時に手に持った鉄製の箸の一本を男の肩にずん、と突き立てた。


「があっ……!!」


 男の肩から腕、指先にかけてビリビリと電気のような強烈な刺激と痛覚が走り、自然と手元が緩んだ瞬間、母親はその手から短銃を叩き落す。と同時に左手でもう一本の箸を握り、男の頸動脈にピタリと突きつけた。


「動くんじゃないよ。無駄な殺しはしたくないからね」


「お前……そのダミ声……まさか、”黒い蟇蛙ブラック・トード”なのか!?」


「もうブラックじゃなくて白髪混じりシルバーだけどね。それにアタシはもう引退した身だよ。ヤレヤレ。ゆっくり余生も過ごさせてくれないとはね」


「待て、ご、誤解だ……。俺はアンタをりに来たわけじゃ」


「わかってるよ」


「……ガハッ」


 倒れていた息子が咳き込み、立ち上がろうとする事に男は驚く。次の瞬間、息子が身に着けているクマちゃん柄のエプロンが妙に分厚く、弾がそのエプロンに埋まったままなのに気づいた。


(……特注の防弾を着させていたのか……すると、さっきの妙な動きも。……流石だな)


 男が息子を狙って銃を構えた刹那、母親が味噌汁の椀を高く揚げた為に息子の顔が男の射線から阻害され、咄嗟に心臓を狙うしかなかったのだ。


「参った。俺の負けだ」


 男は諸手を挙げた。幾ら年を取り引退したといっても伝説の女殺し屋ブラック・トード相手に利き手を怪我し、急所を抑えられた状態で勝てるほど甘くはないだろう。


「じゃあアンタのボスに伝えな。うちのバカ息子は料理は下手だし暗殺仕事も下手だけど、最低限の依頼はこなした筈だ。そしてプロとして絶対に雇い主アンタ達の名前は出さない。たとえ敵に拷問にかけられてもね。だからコイツの口封じなんて必要ないよ」


「……ッ!!」


 母親の言葉に、息子が真っ青になるのを見て男は悟った。きっとこの二人は本物の親子だ。そして今の言葉も本当だろう。おそらく彼が小さな頃から拷問に耐えうるよう―――――――。

 男はぶるりと震えた。そして彼が耳に差していたイヤフォンの奥からも同じことを感じ取ったであろう、雇い主の息遣いが聞こえた。


「……わかった」


 襲撃者の男は伝説が伝説と呼ばれる所以を感じ、青ざめながら素早く去る。

 その辺に掃いて捨てそうなほどよくいる”おばちゃん”の皮を被った母親は、男が完全にいなくなったのを確認し、フッと息を吐いてからダミ声で息子に嫌味を言った。


「ほら、アンタが下手ヘタ打つからまた引っ越さなきゃいけないじゃない。……まったく。本当に親不孝者だよ」

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