第二話・「星道・世生侵蝕/残渣」

 すっかり緋色に染まった空をバックに俺達は帰路を歩んでいた。

 沈み往く日の光により染められた町並みは、まるで焔に焼かれ燃えているようで、不思議とあまり良い気分にはならなかった。

 夏を感じさせる蒸し暑さも、この時間帯になると流石に少しは涼しくなる。ただ依然として異常なほどの熱さは保たれており、近年の気象の異常さに愕然とする。

 地球温暖化の馬鹿野郎、と大声で叫び出したい気持ちになったが、流石にそこまでおかしい人間ではないので止めておいた。

 ただ隣の命里は何かを感じ取ったのか、若干引いた表情をしていた。

 お前、一体俺がどう見えてるんだよ……。

 彼女からの自己評価のおかしさに呆れることになった。

 と、そんなくだらない事がありながら二人で歩いていると、道別けるT字路に着いた。俺の帰路は右、命里の帰路は左、俺達はいつもここで別れている。

 命里は俺の前を横切りながら左側の道の前に立った。

 右側の道の前に立ったところで俺も足を止め、彼女の方へ振り返った。

 「じゃあね、叢真。また明日」

 「…………」

 雲の架かった緋色の空を背に、彼女ははにかむ笑顔で言った。

 一方――

 雲と星が輝く藍色の空を背に、俺は動きを止めて彼女を見た。

 「? どうしたの?」

 「いや、ちょっとな……」

 「?」

 命里はこちらの不可思議な態度に首を傾げた。

 数分――いや、数秒だろうか。妙に長く感じる沈黙が流れた後、俺はそっと口を開いた。

 「命里……お前今朝、俺に何か言おうとしてなかったか?」

 「え」

 俺が予想外のことを口にしたためか、彼女は本気で驚いた表情を見せる。

 プシュ、と急に頬を真っ赤に染め、なにやら恥ずかしそうに顔を隠そうとする。だが、指の隙間から頬を赤らめ、口をわなわなとさせながら戸惑っているのが見えた。

 ……わかりやす。

 素直にそう思ってしまった。

 「……――覚えてたんだ」

 「まあな」

 素面を装った彼女の言葉にそう答える。尚、素面を装ってはいるが、色付いた頬のせいで内心、相当慌てているのだろうと見て分かってしまう。

 まあ、元々わかりやすいやつではあるけど。

 より一層わかりやすくなった幼馴染に呆れた眼差しを向ける。

 「で、なんだったんだ?」

 「言わなきゃダメ?」

 「ダメ、ではないけど……お前は言いたくないのか?」

 「っ――」

 返した言葉を聞き、彼女は俯いてしまった。

 怒っている……わけではないと思う。いや、少し怒っているのかな? でも、それは俺へ向けられたものじゃない。他の誰かに向けられている。

 複雑な気持ちが取り巻いているのか、彼女は何かを発しようとする度、口を紡いでしまっている。

 俺はそんな彼女の気持ちを理解することができな――

 …………、昔から……変わらないな。

 ほんのり笑みが零れる。

 「……ねえ、叢真」

 「ん?」

 俯いたまま彼女は俺に問い掛ける。

 「――聞きたい?」

 上目遣いでそう問いかける命里の表情は、なんだかとても不安そうだった。

 そんな彼女を見て、ため息を漏らしながら答える。

 「そうだな……聞きたい」

 「っ――、……わかった、じゃあ――」

 頬を赤らめた少女が覚悟を決めたように思いを形にしようとした。

 その時――


 「でも――止めておく」


 「――え」

 目を見開いて驚く命里。彼女の顔には、どうして?という戸惑いと疑問が張り付いていた。

 「このまま聞いてもお前が後悔しそうだ」

 「……なんで?」

 「今のはお前の選択じゃなくて俺の選択だ。その選択でお前が望む答えが待っていなかった時、きっと深く後悔すると思う、だってそれはお前じゃなくて俺が選択したからな」

 「…………」

 「相手に選択を任せるくらいなら言うな。別にお前が選択したからって未来は変わらないかもしれないけど、それでも胸を張って受け入れられる筈だ……ならきっと、その方がいい」

 彼女はその言葉を聞いて押し黙ってしまった。様々な感情が渦巻いているのだろう、俺にできることはただ返答を待つことだけだった。

 しばらくした後、彼女は何か決めたように前を向いて言った。

 「叢真――やっぱり今日は止めておくね」

 「……そうか」

 満面の笑みでそう言う彼女を見て、微笑でそう返した。

 「うん、あなたに言われた通り、今あなたに委ねた選択肢で形にしたら後悔すると思う。だから今日のところは止めておく……先延ばしはよくないけど、こんな形はもっとよくないと思うから」

 ほんの少し残念そうだったが、その表情に後悔は含まれていなかった。

 すると突然、命里がクルッと半回転して後ろを向いた。そして、顔だけこちらへ向ける。

 「じゃあね、叢真」

 彼女は笑顔でそう言った。

 緋色の空をバックに向けられた眩しいほどの笑顔――

 クッ、と顔を正面に戻す彼女はそのまま前に進んで行った。命里が進む道の空は、あかく染まった美しい空に所々雲が架かっていた。

 立ち尽くす俺は彼女の背をただ眺めていた。

 「…………ああ、じゃあな――命里」

 過ぎ去る彼女の背にそう言葉を送り、後ろに振り返った。

 目の前に広がる空は、深い藍色に染まっており星々が雲間に輝いて見えた。微風が優しく頬を撫でるのを感じながら、俺は――歩み始めた。



 あの後、俺は一度も振り返ることなく帰路を辿った。

 家に着く頃にはすっかり空は暗く、ほんのり温かい夜風の吹く時間になっていた。

 「ただいま」

 ガチャリ、と扉を開くと灯りのついていない暗い部屋に向ってそう言った。

 返ってくるのは静寂。どうやら春姉は帰って来ていないようだ、もし帰ってきているならもっと慌ただしい迎えがあっただろう。

 ……珍しいな。

 少し驚く。いつもならこれくらいの時間には帰ってきているはずだが、今日は珍しくいない。まあ、いつものように夕飯を急かされ、慌ただしいよりは全然いいが、少し寂しいと思ってしまった。

 リビングへ向かい部屋の電気を付けた後、自室に荷物を置いて制服を着替え、すぐさま夕飯の支度を始める。

 手際よく夕食の準備を済ませ、二人前の料理を完成させる。春姉はまだ帰ってきそうになかったから、俺は自分の分の夕食を先に食べることにした。

 「ズズーッ……うん、悪くない」

 作った味噌汁を啜り、その味に舌鼓を打つ。

 自分でいうのもなんだが、俺はそこそこ料理ができる方の人間だ。それはうちの兄がかなり凄腕の料理人で、そんな兄から料理を教わったからである。

 兄さんの料理の腕は本場の料理人の腕を凌ぐほどで、小さい頃はよく母さんの代わりに夕食を作っていて困らせていた。私よりおいしいってどういうこと!?とか言っていた記憶がある。

 そんな兄さんほどじゃないが、普通以上には料理が得意だと自負している。

 「ごちそうさま」

 手を合わせ、すぐに食器の片付けを始めた。

 さっと後片付けを済ませた俺は自室に戻り、明日提出する課題を一時間ほどかけて終わらせる。

 ……春姉、遅いな。

 俺が帰宅してからもう三時間は経過した。現在時刻八時半、別にそこまで遅い時間ではないが、いつものあの人ならありえない時間だ。心配し過ぎな気もするが、さっきから連絡しても返事が来ない。

 「トラブルでもあったのか?」

 そんなことを思いながら、沸かした湯船にゆっくり浸かることにした。

 今日は疲れたので、三十分ほど時間をかけて風呂に入る。張っている筋肉を指でほぐしながら、疲れた体をリラックスさせていった。

 風呂から出る頃には芯までしっかり温まっていた。風呂から出て寝間着に着替えた俺は、すぐさま自室のベットにダイブした。

 「はぁ~……、疲れた」

 ポカポカと心地よい温かさを感じながら、クーラーの効いた涼しい部屋を堪能する。

 「――痛っ」

 体を起こそうとした瞬間、全身に痛みが走った。

 グルッと体を仰向けにする。照明の光が目に入り、目を細めながら目元を右腕で覆った。

 「久しぶりだったし、仕方ないか」

 この酷い筋肉痛は、風船を取った時に使った能力カウンタの影響だ。

 あれは確かに使用すれば超人的な身体能力を得ることができるが、あくまでのようなもの。この肉体疲労を伴った一時的な強化に過ぎない。

 便利な力ではあるが、使用回数が増えれば増えるほど疲労も大きくなる。最悪、数日間まともに体を動かせなくなることもある。俺はそれで無遅刻無欠席の皆勤を失った前科があるので、それ以来、多用はしないように心掛けるようにした。

 それに〝古い約束〟もある。

 本当にこの力が必要だと思ったとき以外、極力使わないようにしている……まあ、そんな殊勝な心がけより、単に肉体疲労が辛いから使わないっていうのが大きいんだけど。

 「ふぅ――」

 深く息を吐く。疲労も相まってか、何だかとても眠たい。瞳を閉じてしまえば、今すぐにでも眠ってしまえる自信があるくらいに、今はとても眠い。

 手を照明のリモコンに伸ばし、ポチと押して消灯させる。

 部屋が暗くなったところで眠気がピークに達する。体から力が抜けてウトウトと微睡む、意識は途切れ途切れになり、瞳を閉じたところでそのまま深い眠りの海に落ちて往った。

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