34 長田③

悩むなんて行為に意味があると本気で思っているの?


あの一件以来、私は一カ月以上も写真を撮る気にならなかった。

弓子と行く予定だったごみ拾い2回目は、直前だったが行かないことにした。

西山の言う、目的は、どこだ。

「次は、上沢です」


「しみずちゃんは、今度はどんな作品を作るの?」

三宮でごみを拾ったあの夜、そう言われた。

「『雑誌に載らない神戸』だけで、ZINEを作りたいんです。写真をたくさん載せて、文を添えて……。何があるのか想像もつかない路線バスの終点とか、メディアに出ない商店街とか」

地下鉄は知っている人が多くても、市バスとか路線バスに乗ったことない人は結構いる。

路線図を広げて、終点の風景を想像した、子供のころの記憶をなぞった。

見たことのない風景を見たい。好奇心だけは、昔から衰えない。

「神戸人も知らない神戸を、発信してみたいんです」

弓子が、やってるみたいに。

「でも、創作を続けるかどうか、まだ迷ってて」

――手伝えることがあったら、また言って


「次は、長田です」

7月の中旬は、神戸のあちこちでお祭りだらけだ。

夏越ゆかたまつりは、唐田さんが教えてくれた。

「こんな単純でいいのかな。私のやりたいこと」

振り払うように、階段を駆ける。


昭和オタクのパロディ、回転焼き屋は、慣れぬ小豆を焼く。

ジャージを着た女子高生3人組とすれ違いつつ、頭でパターンを組み立てる。

酸化した油のような笛の音がどこからか聞こえ、警備服のボランティアが、牧師のように立つ。

人人人を人人回人人人人送人人人車人人人人人の人人よ人人人う人人人に人人人目線を消して進む人人

かかとを踏んでタータンを表現する。脳味噌の中で何かがサイダーのようにはじけ、シニカルな笑いさえ出そう。

――これかもしれない

焼き菓子の芳香が、ふわっと頭に昇った。


知らない景色に触れていたい。wanderlustでいたい。

いろんな人生が、ここで交錯する。そんな神戸。


彼女は答えを教えなかったんじゃない。気づかせたのだ。

私に何を言っても聞かないから。自分で見つけさせたのだ。

だから私を湊川に連れて行った。わざと。偶然を装って。


新湊川の橋の近くの公園は、大盛況だった。弓子はやはり、唐田さんの駄菓子ブースにいた。自然と予想できた。

「仕事帰り?」

向こうも私を予想していたようだ。

「申し訳ございませんでした。こないだキャンセル」

謝った。怖かった。

「   」

何かを言いながら、弓子は胸ポケットに何かを入れた。

人が多くて聞こえなかった。


「すごいですね、長田って」

ダイエーと集合住宅を結ぶ赤色の歩道橋から、参道を見下ろす。

太陽を背にして、背筋を伸ばす。腹式呼吸の仕方は、スピーチ向上委員会で教えてもらった。鼻のあたりを見れば、視線を恐れる必要はない。

「弓子さん」

続けようと思います。ZINEの件。

弓子の姿の向こうに、賑わう人群れが見えた。


どうせみじめな人生で終わるのだろう。二十数年間、そう信じて疑わなかった、はずだった。


長田に来たばかりの我々は、もう帰らねばならない。

「あの人ごみたぶん通れませんよ」

神社の方へ向かおうにも、道が狭く、すれ違いが困難だった。

いや、益次郎が言うには……

し「迂回しましょう」

そう言って、来た道を戻りだした。弓子の姿は見えない、が、ついてきているはず。

道を一本西へ。苅藻川沿いに北上する。この道は、先ほどの光景が嘘のように誰も歩いていない。

まさかマイナー癖がこんなところで役に立つとは思っていなかった。

これしかないと思うから、うまくいかない。

最近読んだ精神医学者の本に、そんなことが書いてあった。


弓子はそっと手つないだ

「いやだったら、離してええからね」

これを友情と呼ぶには、あまりに軽率だ。


鳥居が見えてきた。実を言うと、こちらが正門なのだ。

境内に入って、素材にしようと、屋台や行燈の写真を適当に撮る。

だいたい撮ったなと思ったら、

「もう帰りましょうか」

と声をかける。まだ10分もたっていない。

「せやね」

弓子もそれを聞いて、駅へと歩を向ける。

私が人混みが苦手なことは、彼女も知っている。

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