12 渦森台

話しかけることも、話しかけられることもひどく苦痛だ。

三宮の会社で事務職だった時分、毎日が一種の試練だった。おそらく、対人不安を抱く多くの者は一致するだろう。

職場に入ることも、同僚に話しかけることも(あとでいいかな、と3回くらい思ってようやく話しかける)大変なエネルギーを要したし、何かを他人に責められたら、1日の残りを苦渋に満ちた懺悔で過ごさなければならなかった。

相手に悪気がないことは知っている。それが余計に「自分ダメダメ症候群」を悪化させるのだった。


しみずが知らない町で写真を撮り始めたのは、そのころからだ。


前回に引き続き、市バス沿いを探る。

目的地をどこにするかは、たいてい寝る前と通勤途上で決める。


今日は目的地まで徒歩。市バスは帰りに乗る。


早朝のJR住吉で降り、鎮まりかえったSEERを横に住吉川へ出る。

北へ歩き、阪急の鉄橋を超えると、朝日が昇り始めた。

観音橋の停留所で振り返ると、配水場のタンクと大阪湾が見える。

さらに北へ。すれ違う人は皆、犬の散歩かジョギングだ。フード深く被ってきっと変な目で見られているんやろなあ。


白鶴美術館の停留所は、立派な上屋と囲いがついている。川を挟んで向かいには岸壁まで家が建っている。

そこからしばらくは停留所がない。

甲南斎場の手前で、落合橋を渡る。車道とは別に狭い歩行者通路があり、なんかワクワクする。


「回送」表示のバスが私を追い越す。送り込みかな。


赤塚橋の手前は直線道路になっており、それに沿って木々が植えられている。

桜とか四季にはあまり興味がないが、携帯を出さずにはいられない。


渦森橋に向かうにつれ、墓石や石材店が立ち並ぶ。

自分の死を真剣に考えたことのある者は、どれくらいいるのだろう。

今この瞬間を生きよ、そんな主張は、あらゆる思想家によって繰り返されている。

知っとおわ、そんなの。

それで「自分ダメダメ症候群」を引き起こす要因は、通勤読書によると、反射的に意識が将来に向くようになっているとか、「次があるからいいや」とか、それが原因らしい。明日の自分は今日より完璧、そう思いがち。


渦森台4丁目の公園についた。ここから市街地を望むのが、今日の目的。


「自分を責めないで。なりたい自分なんて、今叶えたらいいやん」

最初は口先だけの乾いた優しさだと思った。あほか。コミュ障から変わろうって言って、私が何度失敗してきたか分かってへん。結局彼女弓子も、他者に過ぎない。

他人のことを理解しましょう、なんてとんだ傲慢や。分かったような気になるだけや。

他人の物語に依存する気はない。昔から円環のように閉じた性格だということは、自分が一番知っている。SNSも、親が隣の部屋で見ているTVも、通りのデミグラスソースの香りも、車窓のように通り過ぎ、忘却の対象に過ぎない。

他者は他者。どこか遠い惑星の人。気にするだけ無駄や。何を言われたかなんて知ったことか。気にするのは20年後にせえ。

自分の物語くらい、自分で書け。

言い聞かせるように、呼吸を整える。交感神経の悪戯で上がった血圧を、必死に元に戻そうとする。


「人生のあらゆる行動は、あたかもそれが人生最後の行動であるかのように行え」


帰って自宅でケーブルテレビのローカルニュースを観ていると、どこかの団地の活性化イベントが放送されていた。

モルックというボーリングに似たスポーツで、子供達がはしゃいでいる。


私は「あちら側」の人間にはなれないのだろう、いつものようにそう繰り返して、ボタンを押した。

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