神戸人は市バスを知らない

とががわ

1 将軍通

生まれて初めて本を書きたいと思ったのはいつ頃だっただろうか。

遅くとも幼稚園時代だった気がする。丁度、私の悪趣味である俯瞰症候群が定着したのと同時ぐらいか。


弓「おもろそうやん。私も手伝うで」

たまに会う地下鉄職員の友人から4年ぶりだったか、久々にメッセージアプリに名前が表示された。行先は何処でもよいので遊ばないかと。


まずしみずは「遊ぶ」の意味をよく理解していない。当然だ。小学校から今まで彼女は「放課後に友人と遊ぶ」という経験をしたことがない。

たまに公園で何やら騒ぐ小学生がいるが、あれが「遊ぶ」ということなのかと理解していた。それが何の意味があるのかは今日にいたるまで理解しえない。


それと複数人で外出は嫌いではないが好きでもない。親戚との付き合いでもそうだが、黙って歩いて食事して終わりだ。休日を溶かす行為ではないか。

しみ「特に希望はない。弓子の行きたいところで」


結局、灘区サザンモールの飲食店に行くことにした。弓子が雑誌で見つけて気になっていたと言って。1時間程度ですぐ帰る予定だ。延ばす気はないからな、と心の中でつぶやく。

「そういやしみずちゃんが言ってたイベント行ってきたよ。えーと、あれ、どれやったかなあ」

し「もしかしてこれですか?」

といって、携帯の画面を見せた。

「そう。これ。しみずちゃんって写真好きなんやね」

「?」

「なんか風景の写真たくさん保存してあるなーって」

「それは今朝撮った、灘区の将軍通です。昔区役所がありました」

弓子は画面をじっと見つめる。

「すごいね。写真集とか作ってほしいわ」

「そんな技量ないです」

「神戸っていわれても有名どころしか想いつかんやん。だから、こういう風景集あったら喜ぶんちゃうかなって」


断れなかった。

いや、それは嘘で、私も内心自分の作品を出してみたいとは思っていたのだ。

本ができたら一緒にイベント出店しよう、と。


それは単なる偶然でないことは、しみずはうすうす気づいていた。いつもの如く、しかるべき時に、しかるべき機会が与えられたのだろう、と解釈する。


しみずの趣味といえば読書と街歩きだった。高校生時代はデスクの足元に数学参考書の解答と地図が置いてあり、合間に地図をめくって楽しんでいた。

いまでも予定のない休日は早朝どこか歩く、ことにしている。それが、今日の将軍通であった。行先は毎回、名もなき住宅街や商店街や市バスの終点、そんなところばかりだ。間違っても港や北野ではない。


し「まあ、確かに神戸で何かおもろいことしたいとは思っていましたが」

物心ついた時から乗り物系は好きやったな。市バスの路線図見て終点に何があるんだろうと空想していた時代はあった


弓「おもろそうやん。私も手伝うで」

弓子はコーヒーをすすって、いじっていた塩の瓶を定位置に戻した。

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