暗闇の虚構

一宮 沙耶

第1章 犯罪カウンセリング

第1話 顔合わせ

「暴れるな。」

「悪いことを何もしていない私が、何で刑務所に拘束されているのよ。みんなが殺されたのは、私を虐めた当然の報いでしょう。それなのに、みんなで寄ってたかって、私をこんな所に閉じ込めるなんて、ひどい。」

「何を言っているんだ、極悪犯が。これ以上、迷惑をかけると精神病棟行きになるぞ。」

「刑務所とそんなに変わらないでしょう。」

「痛いと思うが、腕を後ろで縛るぞ。先生、では、これから今日の面会を始めてください。」

「分りました。」


私は、刑務所で精神を病んでいる犯罪者のカウンセラー。

いろいろな患者を見てきたが、今回の患者の目つきは、過去に見たことがないほど鋭い。

私を睨む顔つきは、全ての人を憎む気持ちで満ちている。


暴れる時もあるが、多くの時間は極めて論理的に、静かに、冷徹に話している。

あたかも、自分は全てを知っていると、相手を見下すように。

時には、バカなやつだと捨てぜりふを吐き、薄ら笑いを浮かべる。


ただ、時々、10分ぐらいだろうか、遠くの何かを見つめ、どす黒い沈黙の時間が続く。

その間は、蛍光灯で照らされた部屋は、漆黒の闇で覆われる。

しかし、急に、見下すように、再び静かに話し始める。


この患者は、今回で3回目のカウンセリングになる。

今日は、口調は落ち着いているが、目つきは相変わらず鋭い。

目から鋭い攻撃の感情が放たれるものの、それ以外の感情は読み込めない。

気候は暑いはずなのに、空気は凍りついていた。


この女性はテロの主要人物で、衆議院議員を含む600人をサリンで殺害している。

大勢の人を死に追いやり、それだけでも死刑にすべきとの意見が出ているらしい。

その情報を知って、どのような女性かと想像をしてこのカウンセリングにのぞんだ。


想像と違ったのは、小柄で華奢な姿だったこと。

顔は美人で、スタイルもいいが、背格好は、どこにでもいる普通の女性だった。

テロリストというから毎日筋トレとかして、大柄な女性かと偏見で思っていた。


化学兵器によるテロだから、筋肉は関係ないのだろう。

しかも、化学兵器はテロ組織が作り、自分はそれを各所に取り付けただけだと話している。

ただ、何があると、ごく普通の若い女性が、こんな凶悪犯罪に手を染めるのだろうか。


想像どおりだったのが、厳しい目つき。

目の奥には限りない闇の世界が広がり、その闇が目からビームのように攻撃の矢を放つ。

また、人を見下す顔つき、唇、どのような人生を送ってきたのだろうか。


犯罪心理学に携わってきた私として、テロリストの患者は初めてで興味深い。

ただ、テロ事件は公安が詳細を把握していて、全体を把握するための予備調査にすぎない。

今回の主な目的は、知人の殺害について心理分析をすることだと指示されている。

その犯罪にも、人を殺害しても何も思わない気質が根底にあるのだろう。


「宮崎 一香さん、前回の2回で、公安から提供された情報をもとに、あなたがテロリスト集団の一味として活動していた時のことをお聞きしました。今日からは、その前、あなたの夫の隆ーさんが伊東 紗奈さんを殺害した件についてお聞きしたいと思います。」


私を睨んでいた目の前の患者は、何も言わずに静かにうなづく。

ただ顔を少し下に傾けただけなのに、圧倒的な威圧感がある。

暗黒の闇に落ちてしまった女性の影が私の肩に重くのしかかる。


精神が錯乱して暴れ、次々と事件を起こす患者を落ち着かせてくれと依頼された。

この患者を刑務所に置いておくこと自体が刑務所内の治安に大きなダメージを与えると。

刑務官への傷害事件も起こしている。


でも、カウンセラーの私にとっては一人の患者にすぎない。

心を穏やかにし、過去の犯罪を反省できるところまで心を落ち着かせたい。

手を後ろで縛り付けられた患者に、私は意識的にゆっくりと話しかける。


「あなたは、本当に沙奈さんを殺害したのですか? 隆一さんは二股をかけて、邪魔になった紗奈さんを殺したのでしょうが、隆ーさんが妻として選んだあなたが共犯になる理由について、裁判では明らかになっていません。」


患者は、何が面白いのか、笑いながら私の話しを聞いている。


「だから、裁判官は、あなたは、紗奈さんの殺害については無実とする判決を用意していました。その後、判決を受けることなく、あなたは逃亡し、テロ事件を起して公安に捕まる。その時は世の中が混乱していたこともあり、非公開でテロ事件を起したとして終身刑が確定し、沙奈さんの殺害は、隆ーさんの単独犯行だと確定しています。それにもかかわらず、最近になって、あなたは、紗奈さんを殺害したと自供しました。」

「私は、沙奈は殺害していないわよ。」

「あなたが、自供したと聞いていますが、間違いだったというのですか。」

「なんか、誤解してない? 人を殺害したのは認めるけど、私が沙奈なのよ。」


精神状態が混乱している患者でよくある嘘または思い込みだ。

ただ、多くは、自分が被害者だということが多いが、今回、殺害したことを認めている。

それとも、事実と空想との違いが分からなくなり、妄想を話しているのだろうか。


表情を見ると、いかにも、周りの人はバカだと、私を見下し、ニヤけている。

自分に何が不利になるかは理解できているのは間違いない。

周りを撹乱することで何らかの狙いがあるのかもしれない。

それを炙り出すのが、今回の私の仕事でもある。


「どういうことなんですか。」

「警察に言っても、信じてくれなかったんだけど、私は、沙奈で、整形して一香になりすましていたのよ。」

「どうして、そんなことをしたんですか?」

「それは、隆一と付き合うには、その時に付き合っていた一香になり変わるのが、一番、手っ取り早いでしょ。でも、一香が2人もいたらおかしいから殺害したわけ。信じられないんだったら、沙奈のお父さんと私のDNAを調べればいいのよ。」


とんでもないことを言い始める。

獄中で話し相手がいないので、暇つぶしの妄想に付き合わされているのかもしれない。

患者は、ニヤついて得意げに話しているが、目はすわっている。


ただ、DNA鑑定を持ち出した以上、自分が紗奈だという何か確信があるのだろうか。

いや、DNA鑑定なんてするはずがないというはったりなのかもしれない。

この患者を通常の人と同じように思ってはいけない。


「信じていないでしょう。まあ、凡人には理解できないかもね。私は今は紗奈の顔でしょう。ただ、元の顔に戻っただけ。」


この患者は人の心を読むことにたけているようだ。

私を試すように、じっと見つめている。

口もぎゅっと締まり、睨み合う時間が続いた。


どうして殺した人の顔に整形したのか不思議だった。

でも、本人には合理的な理由があるらしい。

ただ、どう考えても合理的とは思えない。

そもそも、他人の顔になり、その人を殺害して、元の顔に戻るなんてあり得ない。


しかも、顔を似せたからと言って、そんなに簡単に別人に成りすませるものでもない。

そもそも、付き合っている彼なら、人がすり替わったら、すぐに分かるはず。

よくある嘘だろう。まずは、話しを続けるためにも、否定はしないでおこう。

話しをさせて論理的におかしい点を指摘し、虚言癖を治すことから進めるのがいい。


「それではDNA鑑定をしてみましょう。この話しは、その結果を見てからということで。」


DNA鑑定をすると言っても動揺はない。かすかに微笑み、うなづく。

やはり紗奈さんではなく一香さんだったと分かってもいいということかもしれない。

そこから、また別の話しを展開し始めるというのは、どの患者でもよくあること。


「次に、刑務所で女性の刑務官の目を箸で突き刺した件について話しましょう。どうして、全く関係のない人に、そんなことをしたんですか。」

「そのことは、よく覚えていないのよ。私は、刑務所にいるのは一香のせいだと腹が立って、よく覚えていないうちに、刑務官の目をやっていただけよ。」

「じゃあ、刑務官には申し訳ないと思っているんですね。」

「そもそも、全く悪くない私を刑務所に拘束しているのが刑務官なんだから、関係のない人でもないし、申し訳ないなんて思ってないわ。」

「知ってますよね。その刑務官、目が潰れて、もう普通の生活ができないって嘆いて自殺したんですよ。」

「それは、その女性がメンタル弱過ぎってだけじゃない。」


刑務所から出ると、5月末にしては暑い日差しが突き刺さる。

この患者が引き起こしたテロがあってから、この日本は変わってしまった。

国民投票の結果、日本は中国に併合されてしまっている。


その後、何にでも検閲がかかり、自由というものが無くなってしまった。

公安が暗躍したものの、中国の将来構想力と軍事力のもとでは何もできなかった。

今は、多くの若者が、中国の領土拡大に向けた戦争の前線に駆り出されている。


多くの若者が戦場で心を病み、戦争で使えなくなっていると聞く。

そんな若者のケアをして、再び戦場に送り出すと政府の公式発表があった。

そのためのカウンセラーとして今は放任されているのかもしれない。

そんなこともあり、私は、カウンセラーとして隙間で生き、昔とはあまり変わらない生活を送っている。


温暖化で、毎年、気温が急上昇していることは変わらない。

夏には、お昼だと50度を超え、外を歩くなんてできない日が続く。

ただ、汗が一気に服を濡らす一方で、この患者のことを思い返し、寒気が身体中を走った。


この患者は、常に自分が正しく、相手に対する思いやりといった感情は全くない。

しかも、日本の政治家達を一掃したテロリストの一味。


どのように生きてきたんだろう。

頭の回転は驚くほど早く、冷徹に物事を観察している。

ただ、そこには人間としての温かみが一欠片らもない。


さらに、論理的に見えても、かなり強い思い込みもある。

これを解きほぐすのは時間がかかりそうだ。


後日、DNA鑑定の結果が届いた。

なんと、結果は、今、刑務所にいるあの患者は、被害者の父親の子供。

すなわち紗奈だということだった。

思い込みがあったのは私の方だった。

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