第8話 見知らぬ土地で

 いつものように学校を出て、塾がある駅の方に向かっていると例の不気味なハムスターが話しかけてきた。


「思ったとおりだね」

「ちょっと、こんな所で急に現れないで下さいよ…… 話すならもうちょっと人気のない所で…」


 そう言うと私達は河川敷に移動した。


「昨日の続きなんだけど、今時間あるかい?」

「だ、大丈夫です…」

「それじゃあ、魔法少女について説明するね。君も知っての通り、僕らは人類の救済を目的にしている」

「救済?」

「ああ、地球このほしは神が与えし地で、神の御使いである僕らと君たちのような高等生物が統べるべきなんだ」

「は、はあ……」

「そこで、君にお願いしたいのは異形、すなわち、魔族の討伐なんだ。魔族はこの世の悪、僕らの美しい世界には穢らわしい魔族は絶滅するべきなのさ」


 魔族が何者か分からなかったが魔法少女が居るぐらいだし、その対になる存在(=魔族)が居ても不思議ではない。



「君は物分かりが良くて助かるよ。前に説明した子なんてこの世の理を理解するのに3時間は掛かったからね」

「私が一番気になっているのは『救われる』ってどういうなのか、なんですが…」

「あー そうだったね。魔族を倒すとその強さに応じてポイントみたいなものを貰えるんだ。そのポイントを貯めると願いが叶って『救われる』のかも知れない。まあ、どうなるかは君次第さ」

「でも、魔族なんて何処にいるんですか? 少なくとも東京では見た事ないんですが……」

「そりゃ、奴らは東京なんかにうじゃうじゃ居ないよ。居たとしても人間に上手く擬態してて、素人にそう簡単に見分けつかない。ちょっとそれ借りてもいいかい?」


 そう言うと、あいつは私のスカートのポケットを凝視した。スマホを入れているのを何故知っているのか。

 私はポケットからスマホを取り出し、あいつにそっとスマホを渡す。

 あいつは慣れた手つきで私のスマホを触っていた。


「これを見て欲しい」


 何処の地図か分からない画面を開いたままスマホを返してきた。


「やす……くろ……? 何処ですか? それ」


 見慣れない地名に眉を顰めた。


「ここは安黒って書いて、『あぐろ』って読むんだ。ここに行けば魔族がうじゃうじゃ居て、君のような初心者でも刈りやすい。ポイントも貯まりやすいし、行ってみてもいいんじゃないかな?」

「でも、東京から割と遠そうなんですが…… しかも、中学生1人で新幹線や飛行機に乗って移動することって出来るんですか??」

「世の中は魔法少女のことを支持しているから、『魔法少女です』って言ったら一発さ。今時、中学生だけで新幹線とか乗るのも珍しいことではないよ」

「……何日ぐらいそのあぐろ?に居れば私の願いは叶えられるんですか?」

「うーん。僕は君の願いが具体的にどんなものなのか分からないから具体的な数字は言えないけど、150ポイントぐらいは必要かもね」

「ひ…150…… そんなにどうやって…?」

「やだなあ。そんなに大した数字じゃないよ。1万近く貯めないと叶わない願い事だってあるし、150ポイントなんて、20体ぐらい殺せばすぐ貯まるよ。なんなら、有名な魔族を狙うのも手だよ」


 人間じゃないとは言え、20体もの魔族を殺すのは抵抗がある。

 公園で猫を殺す人と私には何の違いがあるのだろうか。


「例えば、市長とか。市長を殺してくれると僕ら的にも嬉しいし、ポイントもざくざく貯まる。ひょっとしたら組織から君に褒美が与えられるかもね。どうだい? 行ってみるかい? 安黒に」


ーー


 新幹線なんて最後に乗ったのは小学校中学年ぐらいだったような気がする。

 東京駅で切符を買って自動改札に切符を入れるまではドキドキしたが、駅員に声をかけられたり警備員に声を掛けられたりすることはなかった。

 安黒に着いたのは大体夕方頃だろうか。家を出たのは12時ぐらいだったので、そこそこ遠い場所なのだろう。

 

 新幹線を降りた瞬間、この街が他の街と違うのは一目瞭然だった。

 駅ビルを通ってバスロータリーの方に行こうとするだけで、明らかに人間ではない生き物が人間のように歩き、人間のように暮らしている。

 私的にはとても不思議な光景だ。

 例のハムスター…… じゃなくてヨベルが言っていたように魔族がうじゃうじゃいる。

 バスに暫く揺られて着いたのはボロボロのアパートだった。

 隣はよく分からない便利屋さんが借りている。田舎だから隣人に挨拶すべきなのだろうか。

 ドアを静かに開けると、小さな部屋が目に入った。

 その小さな部屋には布団と乱雑に置かれた服が広がっていて、足の踏み場が見当たらなかった。

 流しにはインスタント麺や空のペットボトルが放置されていて、まるでゴミ屋敷一歩手前だった。

 同居人がどのような人物なのか見当もつかないので、勝手に片付ける訳にも行かない。

 部屋には私だけなので何処かに出かけてしまったのだろうか。

 ここで晩ご飯を食べる気にはなれないので、外に出ることにした。

 

 外で食べるにしてもどこで食べるのか。初めての町で冒険したい気持ちもあったが、やっぱり安定を取りたい気持ちもある。

 試しに地図アプリで調べてみると、いくつか候補が出てきた。

 その中で1番気になったのは定食屋さん。ここから歩いて4分ぐらいのようだ。

 試しに行ってみることにした。



「いらっしゃいませ〜!」


 店主らしき鹿の声は4〜50代ぐらいのおばさんの声で母と変わらない年齢だろうか。

 カウンター席に座りメニューをまじまじと見つめる。


「すみません…!」

「はーーーーい!」

「鯖の味噌煮定食下さい」

「鯖みそ定食ね〜。後ろの方にお漬物とかお浸しとか煮物とかありますから、ご自由にお取り下さい」

「えっ…? 勝手に食べていいんですか?」

「うん、いいのいいの。若いんだから沢山食べて大きくなって頂戴」


 おばさんはにっこりと私に言った。

 私は促されるまま、後ろのおかずコーナーに行き切り干し大根やほうれん草のお浸しを取った。

 この他にも見慣れない根っこや茎があったけど、よく分からないゲテモノを食べたくないので取らなかった。

 

 変わった物を食べる町なのかなあと思ったので、お浸しとかもおっかなびっくりで食べたが、思いのほか優しい味で、母の料理にはない安心感があった。


「お待ちどう様〜」


 私の目の前に置かれた鯖味噌に思わずうっとりしてしまった。

 艶やかなご飯に、大きな豆腐が入った味噌汁。

 ずっとインスタント麺や菓子パンを塾で食べていた私にとっては久々の暖かい食事だ。


「頂きます……」


 まずは鯖味噌から食べる。箸で身を解して口に運ぶ。

 鯖の身は脂が乗っていて美味しい。かといって、青魚特有の臭みや余計な脂っぽさは感じなかった。味噌自体もほんのり甘くて生姜の香りが堪らない。

 ご飯も味噌汁も今まで食べたことがないくらい美味しかった。


「ごちそうさまでした!」


 私はお金を払って店を出た。


「腹ごしらえも済んだところだし、倒してみるかい? 魔族」

「びゃああああ!」

「何も、そんなに驚くこと無いじゃないか」

「で、でも……」

「不安があるなら、アシストするよ。君は初めてだしね。さあ変身変身」


 言われるがまま変身した。

 変身バンクの音楽と眩しさに慣れる気がしない。


「それで、どうやって魔族を殺すんですか……?」

「何も、そんな小声で言わなくてもいいじゃないか。君の武器は弓矢。遠距離からの攻撃が向いてるだろうから、どこか適当な死角に隠れて奴らが通りかかったら攻撃するのが良いだろう」

「でも、私、一発で心臓や脳を狙える自信ありません。殺すのが目的なら、通り魔みたいに弓矢を使うのって難しくないですか?」

「魔法の矢だから君が思っているほど難しくはないよ。不安なら君の方で適当な薬を買って鏃に付けると良い」

「でも今日は……」

「まあ、腕慣らしってところさ。せいぜい、今の実力を知るべきだね」

「……はあ」


 自動販売機の影に隠れて待つこと2〜3時間。

 魔族が多い町だと言えど、夜9時を過ぎると人通りが少なくなる。もちろん、私が今いるのが住宅地だからなのかもしれないが。


「もう今日はこの辺にしましょうよ。私だって疲れてますし…… 魔族なんてそこら辺にいるんですから、無理して今日捕まえる必要ないじゃないですか…」

「君みたいな初心者魔法少女だと、変身しているだけで魔力が強くなるから良い訓練になるんだけど、流石に今日は疲れたよね。あと10分ぐらいしたら終わりにしよう」


 この10分は長くて短かった。

 スマホの光は暗い住宅街の中ではそれなりに目立つので、無闇に使うと魔族や一般市民に怪しまれて通報されるかも知れない。とヨベルが言っていた。

 あと3分だとこっそりスマホを確認した時、


「今! 撃つんだ!!」


 感情がない筈のヨベルの声に、驚きと恐怖を感じ何も考えずに動いている物に向かって矢を射った。

 ひゅんと飛んだ矢はその動いている物体に当たったようだ。

 ヨベルは一歩先に当たったがある所に向かった。


「おお、お見事だね。君も見てみなよ」


 ヨベルに言われるがまま恐る恐る近づくと、そこには血だらけの鹿っぽい魔族が倒れていた。

 私はそれが誰なのか分かって固まった。


「こいつは弱い魔族だから1ポイントかな。初めてにしては上出来だよ。この肉体と血飛沫はこっちで処理するから、君は帰っていいよ。お疲れ様」


 私は何も言えないまま、ただ無心で、あのボロアパートに帰ることにした。

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