第43話 歌の力

「恵子さん。お願いします。あなたの歌と踊りでみんなを引き付けてください」

「えっ! そんなこと・・・」

「あなたならできます。あなたの歌と踊りなら・・・」


 俺は恵子の目を見つめて言った。彼女は意を決して静かにうなずいた。そして背筋を伸ばしてパッと踊る態勢になった。彼女の体から曲の前奏が流れる。もちろんその曲は・・・。


「ユーフォ! ダンダンダン、ダンダンダン、ダンダンダン、ダンダンダン、目を合わせて見つめるだけで・・・」


 ハニーレディが曲に合わせて激しく歌い踊る。迫ってきた人たちはそれに激しく魅惑され、急に立ち止まって茫然としていた。そしてやがてその人たちの体が少しずつ動き出し、ついには彼女とともに躍り出した。もう俺たちを襲って来ようとしない。もうそこはコンサート会場のように熱気でムンムンしていた。


「後はお前だけだ!」


 俺は蜂怪女を指さした。すると半狂乱になってわめきだした。


「ちくしょうめ! ならば私があの世に送ってあげるわ!」


 蜂怪女はムチを取り出しブンブンと振り回し、俺に向かってムチを振り落としてきた。


「バーン!」


 俺のいた地面に穴が開いた。俺は一瞬早く飛び上がって、建物の屋根に着地した。そこで変身ポーズを取った。


「ラインマスク! 変身! トォーッ!」


 またジャンプして空中で変身して、さっと地面に着地する。そしておもむろに名乗りを上げる。


「天が知る。地が知る。人が知る。俺は正義の仮面、ラインマスク参上!」


 ここまではルーティーンだ。だが蜂怪女は聞いてはいない。


「このムチからは逃れられないわ!」


 蜂怪女はまたムチを振るってきた。威力はあるが避けられないことはない。だが蜂怪女を倒さないでどうやって元に戻せばいいのか・・・という命題が重くのしかかる。


(ラインパンチで気を失わせて・・・いやダメだ。蜂怪女のダメージが大きすぎるだろう。他には・・・いくら考えても俺の、いやラインマスクの能力では無理だ。こういう時は・・・)


 ヒーローものの場合、力で解決できないこともある。だが友情とか絆とか・・・それが力を凌駕することがあるのだ。だから今回はそれにすがることにした。それもヒーローものの王道だと自分に言い聞かせながら・・・。

 俺はハニーレディを見た。彼女は多くの人たちを魅了して歌って踊り続けている。やがてUFOの曲が終わった。次は・・・。


「君の歌が蜂怪女を元に戻すはずだ! さあ、サウスポーだ!」


 俺は声をかけた。


「わかった! 命を燃やして精一杯歌うわ!」


 今度はサウスポーの曲が流れた。ハニーレディは蜂怪女に向けて歌い出した。


「背番号1のすごい奴が相手・・・」


 するとムチを振り回す蜂怪女の動きは止まった。ハニーレディをじっと見ている。もう一息だ。ハニーレディの歌にますます熱がこもる。それにつれて蜂怪女の体も動き出した。


「私ピンクのサウスポー・・・」


 ついに蜂怪女は躍り始めた。ハニーレディに埋め込まれた魔法増幅装置が彼女の歌を通して蜂怪女に作用したのだ。俺の想像していた通り・・・。

 やがて蜂怪女は普通の女の人の姿に戻った。そしてハニーレディの横に来て歌い出した。彼女は前世の池野美智代の記憶を思い出してきたはずだ。好きだったピンクレディーの歌を親友とともに歌い踊って、その顔には幸せな笑顔が見えた。

 蜂怪女がかけていた魔法も解けていた。操られていた人々はその呪縛から解放されたのだ。だがそうなっても彼らは2人の歌と踊りに熱狂していた。


「魔球は、魔球はハーリーケーン!」


 やがて曲が終わり、2人が最後のポーズをとる。


「ケイ!」


 美智代が前世の記憶を完全に取り戻していた。


「ミッチ!」


 2人は抱き合って「再会」を喜んでいた。俺はこの結末に満足した。こんな終わり方があってもいいと・・・怪人を倒すだけがラインマスクではないのだ。

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