第2話 事件現場はキッチン、その時目撃者は…

 リュミエットとギルバートは叫び声がした方へと急いで向かった。


「お嬢様!」

「なによ」


 ギルバートはリュミエットの手を引いた。

 突然のことに、彼女は思わず態勢を崩してしまう。


「ちょっと、今、いそいで……」

「私の前に出ないでくださいませ」


 ギルバートの真剣な声にリュミエットが一瞬体の動きが鈍った。


「そんなこと言ってる場合じゃ……」


 そこまで言って、自分の前を走るギルバートの圧力を感じた。

 絶対に前には行かせないという強い意思を持った背中が、リュミエットの瞳に映る。


(もう……)


 少し不満げな顔を浮かべながら、リュミエットはギルバートの後を追った──。



 二人が聞いた叫び声のした場所は、ミラード邸のキッチンだった。

 扉の前まで着くと、リュミエットとギルバートは互いに目を合わせた。


「ギルバート」

「はい」


 リュミエットが一つ頷いたことを合図に、ギルバートがゆっくりと扉を開けた。


 カーテンが閉まり気味の部屋は薄暗く、日の光がわずかに入るばかり。

 部屋の中からは何も音はしない。

 二人は注意深くキッチンへと足を踏み入れた。


 すると、リュミエットは足元に違和感を覚えた。


(あれ、なにかぬるって……)


 リュミエットがふと足元を見ると、そこには血のような赤黒い液体がついており、思わず彼女は口元を覆って後ずさった。


「お嬢様、お下がりください」


 薄暗いキッチンの火元のほうで、誰かの姿が見えた。


「ギルバート」


 リュミエットは少し震えた声で言いながら、ギルバートの袖口をぎゅっと握り締めた。

 ゆっくりと近づいて確認をすると、そこには調理長が倒れていた。


「料理長っ!!」


 リュミエットは駆け寄って彼の意識を確認すると、彼は額から血を流しながらも命に別状はないようだった。

 よかった、といった様子で顔をあげたその向こうに、涙をぼろぼろと流しながら声も出ないほどショックを受けているメイドがいた。

 彼女は床に尻餅をついて料理長から少し離れたところにおり、その身体は恐怖からだろうか、わなわなと震えていた。



「ギルバート、料理長をお願い」

「かしこまりました」


 リュミエットは料理長の介抱を執事のギルバートに託すと、自らは震えて動けなくなっているメイドのもとへと近寄った。


「大丈夫よ」

「お嬢……さま……?」


 メイドであるメイリンは涙目で言った。

 二人が庭で聞いた声はメイリンの叫び声だった。


(怪我は……してなさそうね)


 リュミエットはメイリンが無傷なことを確認すると、一つ胸を撫で下ろした。

 彼女がこれ以上不安を感じないように、リュミエットはメイリンの手を握って問いかける。


「メイリン、なにがあったか言えるかしら?」

「あっ! あ、り、料理長がっ! 料理長がっ!!」


 恐怖心を思い出したメイリンはひどく怖がってしまう。

 そんな彼女をリュミエットはぎゅっと抱きしめた。


「ええ、落ち着いてちょうだい、料理長は無事よ。安心して」

「よ、よかった……」



 リュミエットはメイリンの背中をさすって落ち着かせると、彼女は段々呼吸が整ってきて正常な判断や行動ができるようになった。


「厨房に忘れ物を取りに来たんですが、その際に、料理長が……お倒れになっていて……」

「そう」


 うんうんと頷きながら、リュミエットはメイリンの話を聞く。


「それで、怖くて……叫んでしまって……」

「ええ、その声は確かに私たちも聞いているわ。ね、ギルバート」

「はい、確かに聞いております」


 メイリンの語る状況と二人の聞いた叫び声の様子は一致する。


(メイリンが来た時はすでに料理長は倒れていた……)


 リュミエットは立ち上がって、ギルバートに尋ねる。


「ギルバート、料理長の具合はどう?」

「ええ。出血はひどいですが、命に別状はない程度かと思われます」

「わかったわ。彼の治療をお願いできるかしら」

「かしこまりました」


 料理長は頭を打っている可能性があるため、三人は一度キッチンを出て医師を呼ぶことにした。

 その手はずをギルバートがおこない、リュミエットはメイリンの部屋まで彼女を連れていった。


 しかし、問題はここからだった──。


 今日はミラード侯爵と侯爵夫人がダンスパーティーで遠征しているため、屋敷の人数がいつもより少なかった。


 夕方、軽い事情聴取を一通り屋敷の人間にしてみたのだが、怪しい人間は誰もいなかった。

 外部犯の可能性も加味し、皆、それぞれ安全を確保しつつ二人組で寝ることになった……のだが。


「……なんであんたが私と寝るの?」

「専属執事でございますから、当たり前でございます」

「いや、私とあなた何歳だと思ってるの」

「お嬢様が17歳、わたくしが25歳ですね」

「だれが詳しい年齢を言えっていったのよっ!!!」


 夜もそこそこの時間に、リュミエットのツッコみが響き渡った。


 安全が確保できない以上、使用人を含めて犯人がいつなんの目的で襲ってくるかもわからない状態で眠らなければならない。

 リュミエットはメイドの一人と寝ると主張したが、ギルバートが一緒に寝ると言って譲らなかった。


 2時間討論をした結果、深夜1時にリュミエットとギルバートは共に寝るということで決着がついた。



(一緒に寝るなんて、信じられないわ!!!!!!!)


 リュミエットの心の声は夜の闇に消えていった──。

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