第52話 銅鑼の音

 

 満身創痍の二人の漢が砂埃の中に立ちすくむ。

 

 互いに支え合いながら、必死に突き出した盾は粉微塵に砕け散り、ズタ襤褸ぼろになった機械の右腕は、枯れ枝のように骨格を残すばかりだった。


 二人は目を見開き、砂煙の奥を見つめていた。 



 やがて絶望が濃い影を落とす。

 

 視線の先でゆらゆらと揺れる二つの影は敵が無傷なことを雄弁に語っている。


 鰐淵はちらりと床に目をやった。


 微粒構造金属ナノメタルの形状記憶能力の高さ故か。はたまた作り手の業故か、砕け散った盾は液体金属に戻り、再生しようと床を這っている。

 

「盾が回復するまで……なんとか時間を稼がんと……」

 

「俺が行く……さっきのアレをやられたら終いだ……ごちゃごちゃ言わずに援護しろ……」

 

「へい……」

 

 もはや万に一つの勝機もない二人が、それでも逃げ出さずに戦うのは、漢女への仁義を通すためか、はたまたヤクザの矜持故か……

 

 決死の二人が踏み出したその時、砂埃の中から銅鑼の音が響いた。

 

 思わず身体をビクつかせた二人とは裏腹に、忍はピ……と音を立てて何かを耳元に近づけた。

 

「お嬢……どうしたヵ……?」

 

 どうやら先程の銅鑼は着メロだったらしい。

 

 好機とばかりに飛びかかる黒澤と鰐淵に、忍は手のひらを見せて無言で待てと合図した。


 思わぬ間の抜けた対応に、二人は思わず面食らう。



 ピ……

 

 どうやら通話が終わったらしく、それと同時に右猴と左猴の殺気が消えた。


「どうやらボス負けたらしいネ。お前ら命拾いしたヨ」


「次に会う時まで功夫怠るなヨ? 次は最初から全力で殺る……わかたヵ?」

 

 それだけ言い残し脇をすり抜け去っていく忍達に黒澤が怒鳴りかかる。

 

「待て……!! 姉さんが勝ったってことか!? 今から姉さんの所に向かうのか……!?」



 その言葉に左猴はくるりと振り返って答えた。


「お嬢と落ち合って、回収するもの回収したらズラかるネ。オカマに用無いヨ」

 

「余計なこと言う無いネ……!! 行くヨ……!!」

 

 そう言って二人は闇に溶けるように消えてしまった。

 

 

「兄貴……」

 

「ああ……姉さんのところへ……!!」


 身体を引きずるようにして歩く黒澤の背中を見て、鰐淵は思い出したようにポケットを探った。


「忘れとった……ワシ……まだコレ使ってまへん……」


 そう呟く鰐淵の手にはナノ回復薬の入ったシリンダーが乗せられていた。



「この……大馬鹿野郎が……!!」


「へへへ……スンマセン……でも兄貴が元気そうで何よりです……!!」


 鰐淵はそう言って回復薬自分の首に打つと、すっかり元気になったのか兄貴分をひょいと肩に担ぎ上げた。

 

 盾の残骸ナノメタルと黒澤を抱えた鰐淵が、全速力で通路を飛ばす。

 

 秘密の地下通路を抜け爆破されて焼け焦げたエレベーターの前まで来ると、鰐淵は機械尾サイバネテールを起動して言った。

 

 

「一気に上までかっ飛ばしまっせ……!!」

 

「よし……!! いけぇぇええええええええええええ!?」

 

 黒澤の返事も待たずに鰐淵は地面を力強く打って跳び上がった。

 

 勢いが減速すると、壁に尾を突き刺して再び身体を上に投げ飛ばす。

 

「コレ……新しい戦法になりまへんか?」


「集中しろ馬鹿が……!!」


 振り返ってよそ見をする鰐淵の顔を殴りつけて黒澤が叫ぶと、鰐淵がガハハと笑う。


 こうして二人はとうとう最上階まで登ってきた。

 

 

「ここで降ろせ……姉さんにみっともねえ姿は見せられねえ……」

 

「硬いこと言わんと早う行きましょ!!」

 

 黒澤を無視して鰐淵は飛び出した。

 

 ミスター劉の悪趣味なコレクションが、その勢いでガラガラと音を立てて崩れていく。

 



 ドアを蹴破り中に飛び込むと、二人の目には床に寝そべる金ちゃんの姿と、その隣で俯いたままのさくらの姿が飛び込んできた。

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