第32話 魔物の桃源郷


「気っ色悪いわね……!! まるで恐竜のケツん中じゃないのよ!?」 


 チョイスが最低……



 さくらが周囲を見渡すと、どっくん……どっくん……と脈打つ肉の壁は、たしかに巨大な生物の体内を思わせる。 

 

 そんな魔物の腹の中、肉の通路の奥深く、腐果老は鵺を従えて、九つの手で印を結んだまま、結跏趺坐けっかふざの姿勢で宙に浮いていた。

 

「ふぇふぇふぇふぇふぇ……!! 我が術の恐ろしさ……とくと味わわせてしんぜよう……」

 

 そう言った腐果老の歯が、ポロリ……ポロリと抜け落ちる。

 

 カカカと嗤った大口からは、ゴボゴボと血の濁流が溢れ出した。


 すると抜け落ちた歯が巨大なドブネズミの姿に変わり、血の濁流に乗って襲いかかってくる。



「掴まってなさい……!!」


 金ちゃんはさくらを背負って地を蹴った。

 

 肉の壁に刀を突き立て、足場にしようと試みる。

 

 しかし肉の壁は切っ先が触れた途端、激しく波打って金ちゃんを吹き飛ばしてしまう。

 

「ぶはっ……!?」


 予期せぬ壁の反撃に、鼻から血を吹き出しながら金ちゃんは驚愕の表情を浮かべる。


 

「ふぇふぇふぇ……!! ネズミの餌になるがいい……!!」


 腐果老は大きく目を見開き、空中で仰け反る侍に手をかざした。

 

 すると血の海から無数のドブネズミが飛び出して金ちゃんに襲いかかる。

 

「洒落臭いわね……!! 臭いのはジジイだけにしろっつーの!!」

 

 空中で身体を捻ると、侍は左手で素早く鞘を掴み短く構え、飛びかかってくるドブネズミを叩き落としていった。




 バシャリと血の川に着地すると、侍は二刀流の様に構えていた鞘を仕舞い、手のひらに唾を吐く。 


「作戦変更……!! やっぱり臭いは元から絶たなきゃ……ねっ……!!」


 両手でしっかり握り直した刀の切っ先で水面を切り裂きながら、侍は血の川を駆け抜け、腐果老に詰め寄った。


 

「鵺!!」


 腐果老の命令で鵺は進路に立ちふさがり、巨大な虎の手を振りかざす。



「猿顔は引っ込んでなさいよ!?」


 繰り出される前足を難なく躱して金ちゃんが叫んだ。



「ふぇふぇふぇ……!! ゴリラが偉そうに!!」


「何ですってぇええ!? このうんこジジイ!!」


 金ちゃんは思わず足を止めて腐果老に怒鳴り返す。



 好機とばかりに狒狒ひひの口からひょぉぉぉおおおおお……!! と不気味な唸り声が響いた。



「金ちゃん!! 避けてぇえぇえええ!!」


 見ると鋭い虎の爪が真っ直ぐこちらに迫っていた。


 背中で叫ぶさくらを無視して、侍は深く腰を落とす。



漢女流おかまりゅう……男魂だんこんの型……」



 侍は両手で握った柄を絞り込むようにして力を込めた。


 その場で左足を高く上げ、足の裏に気を溜めると、四股を踏むように重く低く体重を移動する。




「”我鎮虎ガチンコ”……!!」



 低く唸った声と共に、燃えるような闘気が身体から吹き出す。



 強烈な踏み込みが床を覆う血溜まりを吹き飛ばし、地面が露出した。

 ’

 それと同時に右脇に流した刃がと天高く振り抜かれる。



 鵺の重たい一撃は侍には当たらず、二人の両脇をすり抜け地面に叩きつけられた。



 飛び散った血しぶきと、二つに裂けた鵺の手を見て、さくらは何が起こったのか理解する。

 


 鵺の手を真っ二つに斬ちゃった……!?


 悲鳴を上げる鵺を置き去りにして、金ちゃんは一足飛びに腐果老の真ん前に躍り出る。



「ま、待ちんしゃい!? 老い先短い老人を切るなど……罰が当たりますぞ!?」


 九本の手を突き出して喚く腐果老に、侍は答える。



「外道に問答は無用……!!」



 着地と同時に、頭上に構えた刀が閃く。


 

「ぎゃばばばばばばあああああ……!!」

 

 唐竹に切られ、真っ二つになった腐果老が醜い断末魔をあげた。

 

 裂かれた身体の断面からは、どぼどぼと血と臓物がこぼれ落ちる。

 

 しかしいつまで経ってもその血が絶えることはなかった。

 


 異変を感じたさくらが叫ぶ。

 


「金ちゃん……!! なんか変だよ……!!」

 

「ふぇふぇふぇ……何も変ではない。儂は腐果老。不老不死の仙人なのじゃからな……!! さぁ……罰が当たりますぞ? 罰が当たりますぞぉぉお?」


 

 二つに別れたそれぞれの身体が片足立ちでぴょこ……ぴょこ……と動いた。

 

 半分になった顔が全く同時にけたたましい嗤い声をあげる。

 

 ケタケタケタケタケタケタ

 ケタケタケタケタケタケタ

 ケタケタケタケタケタケタ

 

 耳鳴りがして、ビリビリと悪寒がさくらの身体を駆け抜けた。

 

「確かに手応えはあったわ……!? 新手の機械化サイバネ人間!?」

 

 流石の金ちゃんの頬にも冷や汗が滲んでいる。

 

 そんな二人を嘲笑うかのように。切断された肉の断面からボコボコと小さな腐果老達が顔を出すのだった。

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