黄金魂〜ゴールデン・スピリッツ〜

深川我無

第一幕 運命の出逢い

第1話 その漢、金剛武志


 

 事の起こりはとある国主の裏切りであったとか、大国間で横行したたばかり事の証拠隠滅を目論んだとか……

 

 巷の噂は枚挙に暇がございませんが、今となっては真偽の程を知る術もございません。

 

 兎にも角にもその大戦は、かつての世界を完膚なきまでに叩き潰すに充分過ぎるほど大きなものにございました。

 

 今も語り草となっております、第三次世界大戦のことにございます。

 

 環境保全グリーン条約遵守国と条約離脱国が世界を真っ二つに分断し、戦闘用ドローンと機械化サイバネ兵士が血で血を洗う戦いを繰り広げた大戦は、NEOグリーン条約の締結という、なんとも呆気ない幕切れで終結し、世界各地で多くの民草が路頭に迷い、文化と人種は混迷と混沌の坩堝るつぼの中で激しく混ざり逢うことと相成りました。

 

 神聖大和もそんな国の一つにございます。

 

 かつて日本と呼ばれた日本人の住む島国は今はなく、地殻変動で大陸と地続きになった樺太、対馬を渡ってやって来た、数多の異邦人が混じり合う東洋一の魔都、それが神聖大和にございます。

 

 国民と非国民、昼と夜とにスッパリ割られた神聖大和……

 

 只今からご覧に入れますのは神聖大和の夜の街、NEO歌舞伎町を彷徨う、一人の童女と、強き漢を渇望して止まぬ腰に刀を差した漢女侍オカマザムライの物語。


 時代錯誤の武士の誇りは金色の輝きを放つのか、あるいは時代の波に飲まれて沈むのか……



 刮目してご覧遊ばせぇ……



 黄金魂のぉ……はじまりぃ、はじまりぃぃぃいい……

 



 ⚔


 

「よ! そこのお兄さん! 可愛い娘揃ってるよ!? 魔乳四つチチだよ!?」

 

「なあ……薬買わねえか? ナノマシン配合で足は付かねえ……明日の朝には記憶といっしょに綺麗さっぱり分解されてるぜ?」

 

機械化サイバネ手術ならここはやめとけ……術後の感染症で地獄を見た奴を何人も知ってる……それより俺の連れの店はどうだ? サービスするぜ?」

 


 街に居る誰もが欲望を瞳に輝かせ、あるいは絶望に眼を曇らせる街、NEO歌舞伎町。

 

 雑踏には怪しい客引きが溢れかえり、薄暗い路地にはもっと怪しい輩が犇めき合う。

 

 商店街の上空を彩る極彩色のネオン看板は、中国語、ハングル、英語、フランス語、果てはアラビヤ語から、スワヒリ語まで、目まぐるしく入れ替わって目がチカチカする。

 


 喧嘩の野次と、機械化人間のベアリング、嬌声罵声が入り交じる人混みの中に、あどけなさを残した少女が白いパーカーを被って立ち尽くしていた。

 

 レッドスムージーを片手に人混みを観察していると一人の男が少女のお眼鏡に適ったらしい。

 

 スムージーのカップをすでに満たんになったゴミ箱に叩きつけて、少女は男に近付き声をかけた。

 

「ねえおじさん……?」

 

 フードを脱いで綺麗な茶髪を見せつける。

 

 上目遣いに裾を掴むと、男はゴクリと唾を呑み込んだ。

 

「十枚でいいよ?」

 

 男が頷くのを確認してから、少女は男の腕を引いて路地の方へといざなった。

 

 暗く静かな路地の奥で少女はくるりと振り返り、男に料金を催促する。


 男が指定の額を支払うとにっこり笑ってズボンに手を掛ける。

 

 いつも通りだ。

 

 あとはズボンを途中まで下ろして

 

 大抵の馬鹿は焦って転ぶか、露わになったイチモツをかばって動けない。

 

 その隙に迷路のような路地をすり抜け、逃げれば今夜もいっちょ上がりである。

 


「逃げるなよ?」

 

 え……?

 

 男は少女の頭を掴んで静かに言った。

 

 先程までのおどおどした御上りさんとはまるっきり違う冷酷な目が自分を見下しているのに気づいて、今度は少女が唾を飲む番だった。

 


「お前処女だろ?」


 男は少女の髪を嗅いでにやりと笑った。



「安心しな……俺は真摯だ……機械化手術で増やした自慢のブツで……一晩中優しく優しく可愛がってやるからな……?」

 

 ヤバい……しくじった……

 

 どくん……どくん……と鼓動が早まり、冷や汗がゆっくり背筋を伝う。

 

 逃げようとしたその瞬間、男は少女を地面に押さえつけて馬乗りになって言った。

 

 

「おいおい……こっちはもう金払ってんだぞ? これはきつーいお仕置きが必要だな……」

 

「ご、ごめんって……!! お金は返すから……!!」

 

 半べそで見上げた男の顔は笑顔と裏腹に残酷に歪んでいた。

 

 最初からそのつもりだったんだ……

 

 狙われたのはコッチだった……


 

 機械化された男の手は、いともたやすく少女の服を破り捨てた。


 目に涙を溜めて顔を赤くする少女を、男が嗜虐的な笑みで見ていると、路地の逆光から声が響いた。

 

 

「ねえアンタぁ……? いーい漢じゃなーい?」

 


 ジャリジャリと草履が音を立てる。

 

 着崩した藍染の着物からは汚いの生えた生脚が覗いている。


 楊枝を咥え、長い髪を一つに結い、腰に刀を差した姿は、どこからどう見ても侍のそれだった。


 ただ一つ、瞼に塗られた艶やかな紫のアイシャドーを除けばの話だが……




「そんなションベン臭い小娘は置いといて……アタシとのはどお?」


 そう言って侍が口元を歪ませると、少女の背中に感じたことのないほどの強烈な悪寒が駆け抜けた。



 何!? 変態!? オカマ!?

 

 漢は剥ぎ取った少女の服を脇に放ると、路地の壁に指をめり込ませた。

 

 漢の体内のベアリングがギュルギュルと唸り声を上げ、内部機関が蒸気を吹く。


 すると先程までの痩せ細った漢の身体が、衣服を内側からぶち破るほど大きく膨らむ。


 

 漢はむしり取った鉄筋コンクリートの固まりを路地の奥に放り投げて道を塞ぐ。

 

「これで逃げられないからね?」

 

 漢はそう言って少女に微笑んだ。


 絶望の表情を浮かべる少女とは対象的に、それを見た侍は、くねくね腰を揺らしながら言う。

 

「やーん! 退路を断つなんて漢らしい〜!! 惚れちゃーう!! 背水の陣……その気概…………!!」



 流れるような身のこなしで身体を低く沈ませると、侍は刀の柄を握る。


 すっと面を上げた顔には自信と愉悦が満ちていた。


「それがし、姓は金剛こんごう、名は武志たけし……!! オカマの金ちゃん……!! 推して参る……!!」

 

 壁を蹴り、高く舞った侍は、身体を捻って刀を抜くと、まっすぐ漢に振り下ろす。

 

 漢は馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに、内部機関でパンプアップされた機械化腕サイバネアームで身を守った。


「甘い……!」


 そう言って振り抜かれた刃は、漢の太い腕を両断し、切断された機械の腕の断面から、火花と稲妻が飛び散った。

 

「馬鹿な……!? 超硬度ジュラルミンの骨格だぞ……!?」

 

 袈裟、逆袈裟、左袈裟……


 侍は息もつかさぬ連撃で漢の身体を切りつけた。

 

 その度に、歯車が、ビスが、ナットが飛び散り、漢の巨腕が小さく削ぎ落とされていく。

 

「あんたぁあ・・・!? 漢でしょ!? ちゃんと付いてんのぉ!?」

 

 侍の突きが漢の喉に迫った。

 

「ひぃぃぃっ……!?」

 

 ピタリと紙一重で止まった突きに漢はひゅううう……と息を呑む。

 

 それを見届けた侍はパチンと音を立てて、刀を鞘に仕舞って礼をした。

 

「悪いけど、弱い漢はタイプじゃないわ。行きなさい」

 

 そう言って侍は背中を見せた。

 

 漢は好機とばかりに両手を広げて飛びかかる。

 

「げふぅうう……!?」

 

 突如下半身を襲った激痛に男が下を向くと、侍が振り向きもせず打ち上げた鞘が股間にめり込んでいる。

 

 

「あら〜? どうやらイチモツは機械でも、タマは生身のままだったみたいね? ごめんなさ〜い」

 

 すると侍の顔から笑みが消え、低い声で静かに言った。

 

「武士の情けを踏みにじったんだ。タマで済んで感謝しろ……? 次はたま取るぞ……?」

 

 先ほど少女を襲った悪寒が再び路地を覆い尽くす。

 

 漢は泣きながら頷くと這うようにして逃げていった。

 

 

 侍は逃げ去る漢を見送ると、下着姿で座り込む少女を一瞥して溜め息をついた。

 

 着物を脱いでふんどし一丁になった侍は、ガニ股でずんずんと少女に近づいていく。

 

 少女は逃げ道を探してあたりを見渡すが、機械化漢が瓦礫で路地を塞いだために逃げ場はなかった。

 

 

 今度こそ変態オカマにヤられる……

 


 そう思ってきつく目を閉じると、身体に布の触れる感触がした。

 

「なーに目ぇ閉じてんのよ? あたしがアンタみたなションベン娘に手え出すわけないでしょうが? それ着てさっさとついてらっしゃい!!」

 

 侍はそう言ってズカズカと歩き出した。

 

 目を丸くした少女は慌てて着物に袖を通すと侍の後を追いかける。

 

「ねえ!! おじさん……!!」


「ああん……!?」 


 その言葉で侍は青筋を立てて少女を睨んだ。

 

「誰がおじさんよ……!? ピチピチだからって調子に乗るんじゃないわよ!?」

 

「じゃあ……おばさん……?」

 

「あんたね……殺されたいわけ? 金ちゃんよ!! オカマのきーんーちゃーんー!! はあ……なんでこんな小娘ひろっちゃったんだろ……?」


 褌一丁の金ちゃんの身体は筋骨隆々で無数の傷痕が目を引いた。


 すれ違う群衆は皆振り返り、しん……と静まり返ってはヒソヒソと囁く声が巻き起こる。



「ちょっとお……? ジロジロ見ないでくれる? それともアタシに興味あるわけ?」


 胸を腕で隠した金ちゃんがそう言うと、ギャラリーは目を逸らして足早に去っていった。


「金ちゃん……あの……助けてくれてありがと……」

 

「別にアンタを助けたわけじゃないわよ。いい男かと思ったら、とんだ期待外れだったわ。それにあたし、野良猫をほっとけない質なの」

 

 そう言って金ちゃんは親指を立てると一軒の店を指さした。

 


「着いたわよ。ようこそ健全なオカマバーへ」

 

 古臭い店の扉には、ダイヤのようなカットが入った硝子がはめられていた。

 

 そのカットから覗く店内には小さな舞台が用意されており、その上では青ひげを生やした白鳥たちがぎこちないバレエを踊っている。

 

『ミッドナイト・ルージュ』と書かれたプラスチック看板は、時代にそぐわぬ日本語表記だけの骨董品で、少女の目にはそれがかえって新鮮に見えた。

 

 

「中に服があるから、それ着てとっととどっか行きなさい」

 

 そう言って扉をくぐる金ちゃんを追いかけて、少女はオカマバーの入口に足を踏み入れるのだった。

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