犯人は

 気が付くと、私は蛇の姿で虫かごのような所に入れられていた。気を失った事で蛇の姿に戻ってしまったのだろう。化け者も、本質は獣なのだ。

 あの後、私は背後から首を絞められる感覚がして気を失ってしまった。

 周りを見渡すが、ここには私しかいないようだ。雪平はどうなっただろうか。自分の状況を棚に上げてそんな事を考える自分に、嘲笑がこみ上げる。

 実際、元の姿に戻ろうと思えば戻れるのだ。人型になればこんな虫かごなんか壊せるだろう。ただ、服がない。そうなると素っ裸で逃げ惑う事になるので、それは避けたい。

 ここはどこかの蔵のようで、服に使えそうな布の類も見当たらなかった。

 私は、今の状況について考えてみる事にした。これは、犯人が釣れたと思っていいのだろうか。だとすると蔵之介は危ないかもしれない。雪平が襲われたのは、化け者と間違われたのだろうか。私が生かされているのは何故だろうか。

 何故が増えるばかりで、何も解決につながりそうな考えは浮かばない。

 そうこうしていると、蔵の重い扉が開いて平蔵が入ってきた。

 良かった。これで逃げられる。私はそう安堵の息を吐いた。

 平蔵は落ち着いた声で言う。

「おさくさん。気分はどうですか?」

「いい訳ないでしょう。それよりも服を探してくれない? でないと私、人間に戻れないの」

 平蔵は私の言葉には答えず、なおも続ける。

「何故、昼間っからあんな場所にいたんですか?」

 そこで私は、この人はきちっとした人だから私が昼間っから酒を飲んでいた事を怒っているのだと考え、殊勝な態度で謝る。

「ごめんなさい。でも、昼間っからお酒を飲んでいたのには理由があるのよ」

「あぁ、そうですね。それもありましたね」

「それもって?」

「私が聞いているのは、あなたが何故、賭場なんかにいたのかという事です」

「それにも理由が……」

 そこまで答えて、おかしい事に気づいた。私たちが会ったのは酒場でだ。それも、私が出来上がるくらい時が経ってから。それなのに何故、私が賭場にいた事を知っているのか。

「答えられませんか。いけませんねぇ、婚約者だというのに」

「なんで賭場にいた事を知っているの」

「そんなの、見ていたからに決まっているじゃありませんか」

 平蔵は蔵の戸を閉め、それを背に立っている。蔵にはまた闇が戻り、明かりは格子窓から差し込む夕暮れの陽ばかり。

「あなたの事は余すことなく調べますよ。当たり前じゃありませんか。婚約者なんですから」

「ずっと見張っていたっていう事?」

「見張っていたというのは少し言い方が悪いですね。調べていたんですよ。さぁ、答えてください。どうして賭場なんかにいたんですか? あんなろくでもない男と一緒に」

 平蔵はギリッと奥歯を噛んだ。

「あなた、ちょっと普通じゃないわよ。寺子屋はどうしたのよ? 自分勝手な理由で休んだんじゃないでしょうね? それに、調べるにも程があるわよ」

 私は夢中で捲し立てる。それは彼を苛立たせたようで、彼はそこらにあった長持を蹴る。

「答えてください……でないと私は、君を……」

 今度は泣き出してしまった。その不安定な様子が私の恐怖を掻き立てる。

「そんな事より、早くここから出してよ。犯人が来ちゃうじゃない」

「犯人? ……あぁ、そうですね」

 そこへ、今度はドカッという体当たりをするような大きな音がして、鍵のされていない扉は思い切りよく開いた。

 扉は平蔵の後頭部を直撃し、彼は床にしゃがみ込む。

 転がり込んできたのは雪平だった。顔色が悪く、足元もふらついている彼が私のもとへやってくる。

「おさくちゃんだね。もう大丈夫だ、逃げよう」

 雪平は虫かごごと私を抱え上げる。その後ろから、刀を抜いた平蔵が迫っていた。

 私は必死に雪平に訴える。言葉は通じなくとも何か感じるところがあったのか、雪平はすんでの所で切っ先を躱す。

「困るなぁ、寝ててくれなきゃ。君は死なない予定なんだから。そういうところはキッチリしないとね」

「おさくちゃん、聞いてくれ。この平蔵こそが今回の犯人なんだよ」

「なんですって⁉」

 私は思わず素っ頓狂な声を上げる。人間である雪平にはシャーとしか聞こえていないだろうけれど。

「キッチリしたいだけなんですよ。賭場で賭け事に興じたり、盗みの算段をしたり、はみ出した奴はいらないでしょう? そういう奴を粛清して何が悪いんですか」

 確かに今回の被害者はそういう放蕩者ばかりで、死体すら受け取りを拒否されたという話だったが、それでも殺しは殺しだ。

「殺さないと……ちゃんと殺さないと。ねぇ、おさくさん。答えてくれますか? 何故あなたは賭場なんかにいたんですか」

「あんたをおびき出すためよ」

 そのやり取りの間にも、雪平の具合はどんどん悪くなっていく。そういえば、と私は思い出す。雪平は倒れた時、首筋を抑えていた。そして、平蔵は毒蛇だ。

 よく見てみると、雪平の首筋に赤い噛み跡がある。

「あんた、この人を嚙んだわね!」

「あぁ。私の毒は死ぬほどのものではありませんが辛いですよ。そろそろ、ろれつが回らななくなるころじゃないですかね」

「蔵之介は! あの人はどうしたの!」

「あっちには逃げられてしまいましたが、まだ生かしておいてあげますよ。犯人になってもらわなければいけませんからね」

「そうやって自分の罪を人に被せる事はちゃんとしてる事なの? あんたの言っている事は自分勝手すぎるわ」

「仕方がありませんよ。私は使命を遂行しなければいけませんからね」

 私の声が聞こえていない雪平は、それでも平蔵の様子から私が彼に突っかかっている事を悟ったのだろう。虫かごの蓋を開け「逃げてくれ」と言った。

「逃げる訳ないじゃない。こんな状態の雪平さんを置いて」

 私は彼の前に陣取り、精一杯に鎌首をもたげて威嚇する。

「おさくちゃん! 逃げてくれよ、頼むから」

「嫌よ。私が守らなきゃ誰があなたを守るって言うの?」

 すると、平蔵が「そうか」と呟いた。

「君が僕と婚約をしたがらなかったのは、そういう事だったんですね。でもいけませんよ。上の決めた婚約話を断ったりしたら。それに、人間となんて掟に触れてしまう。ちゃんとしましょうよ、ねぇ? おさくさん。せっかく、私は君を殺さなくてもよくなったのですから」

「嫌よ! 蛇だろうが人間だろうが関係ないの! あなたは嫌!」

「それは困りましたねぇ」

 平蔵は人当たりの良さそうな笑みを浮かべ、眉尻を下げる。

 その時、ついに雪平が倒れてしまった。額には脂汗が浮かび、とても逃げられる状態じゃない。

 さて、私はここから二人で逃げ出さなければいけない。溜息をつく暇もない。私は必死に思考を巡らせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る