第3話 二日後 大馬鹿野郎の黒歴史ツアー
「……ご機嫌よう、可愛いエリー。迎えにきたよ」
次の日の朝も、マイケルはエリザベスを迎えにきた。
ただし、昨日とは違い、目を丸くして驚いていた。
侯爵家王都別邸の玄関前に、めちゃくちゃお洒落をしたエリザベスが佇んで待っていたからだ。
あからさまにマイケルを待っていた様子の彼女は、マイケルを見ると、パッと華やぐような笑みを浮かべたあと、慌てて咳払いをして、そっけない態度を取り繕った。
「もしかして、待ってくれてた?」
「違うわ。ちょっと、近場に出かけようかとか思っていたの」
「用事があるの?」
「そうよ。だから、貴方を待っていたわけじゃなくて」
「そっか。じゃあ用事が済むまで待ってるよ」
「べ! 別に、貴方がどうしてもって言うなら、貴方を優先してあげてもいいわ」
「もし約束してる人がいるなら、その人を優先してあげてほしいな」
「相手はいないわ! ちょっと、そう、出かけようと思っただけなの。だから別に!」
涙目になったエリザベスに、マイケルは声を上げて笑い始めてしまった。
ただひたすら立ちすくむエリザベスに、お腹を抱えて笑いながら、マイケルはなんとか謝罪する。
「ご、ごめん。悪かったよ」
「意地悪!」
「可愛いエリー、機嫌を直して」
「貴方が悪くしたの!」
「いや、本当だよね。俺が悪かったよ。こんなにツンデレ可愛いエリーを見られるとは思わなくて、驚いたんだ」
「ツンデレって言わないで!」
エリザベスがそっぽを向いたところで、マイケルは後ろから彼女を抱きしめてきた。
驚きでエリザベスが真っ白になっているところに、マイケルは「俺のためにお洒落をしてくれてありがとう。エリー、本当に綺麗だ」と小声で囁く。
羞恥に耐えられなくなったエリザベスは、必死にマイケルを睨みつけた。
「……わたし、今日貴方とずっと一緒にいる自信がないわ!」
「それは困った。じゃあ、美しい姫君を、一方的に攫ってしまうとしよう」
「口説くのをやめようとは思わないの!?」
「あと一日もないからね」
ぎくりと身をこわばらせるエリザベスに、マイケルは苦笑する。
エリザベスを馬車に誘い、自身も馬車に乗り込むと、マイケルは大人びた顔で微笑んだ。
「今日はね、君が、今日戻ってくる予定の俺とも上手くやっていけるように、ツアーを組んだんだ」
「戻ってくる……」
「うん。君と同じ年、十六歳の俺」
「……そんなの、無理よ」
「そんなことないと思うけどなぁ。まあ、分かった。今日の残り数時間で、俺は君の気持ちを変えてみせよう」
「ええ……?」
「もっと信用してくれてもいいんだよ!?」
「分かったわ」
意外にも素直な返事に、マイケルはきょとんとした。
そんな彼に、エリザベスはふわりと微笑む。
「わたし、殿下のことは信じてないの。だけど、貴方のことは信じてみたい」
マイケルは顔を覆った。
エリザベスは首を傾げて「どうしたの」と尋ねたけれども、マイケルは彼女の疑問には答えてくれない。
その代わり、彼はただ一言、「エリーはずるい」と呟いた。
―✿―✿―✿―
こうして、十五年後のマイケルによるツアーが開始された。
「その名も『十六歳の大馬鹿野郎の黒歴史ツアー』だ」
「え?」
「まずはこちらをどうぞ」
マイケルの私室に案内されたエリザベスは、その奥にある書斎に通された。
とある一角の書棚は木の扉がついており、マイケルはそれを持っていた鍵で空ける。
そこには、ニ十冊にも及ぶ本が並んでいた。背表紙には、一から二十までの数字が書かれている。
「これは?」
「大馬鹿野郎の日記です」
「えっ。見ていいの?」
「見てはいけませんが、見せます。今日だけですよ」
「……」
「本当に、今日だけだからね?」
今からでも辞めたそうにしているその姿に、エリザベスは急いで日記を手に取る。
そして、中身を読んで、凍り付いた。
▽~~~~▽
○月2日
今日はマイハニーが俺に会いに来てくれた。
ハニーは相変わらず妖艶で、彼女に見られるだけで、俺は緊張してしまう。
もっと気の利いたことを言えと、兄にも弟にも姉にも妹にも母にも父にも毎日説教されているというのに、彼女を目の前にすると上手く気持ちを伝えることができない。
いや、俺は悪くない。
美しすぎる彼女がいけないんだ。
彼女の夜空のような瞳の前では、俺のような存在はチリの如く消え去ってしま(続きが血で汚れている
△~~~~△
エリザベスは青ざめた。
「……あいつ、浮気してる……!」
「どうしてそうなるんだよ!? ここに書かれているのは君のことだよ!!」
「いえ、でも、このマイハニー様がわたしである可能性は、天地がひっくりかえる可能性よりも低いわ……」
「どれだけ自己評価が低いんだ!? 君のことだってば!!! ほら、続きを読んでごらんよ!」
マイケルに促され、エリザベスは仕方なく続きを読むべく、日記に目を落とす。
▽~~~~▽
○月3日
昨日は大変だった。
「俺は悪くない」「彼女がいけないんだ」と声に出しながら日記に書いたところを長兄に見つかり、「いいかげんに目を覚ませ」「お前がそんな態度じゃエリザベスが可哀そうだろうが!」と有形力を行使されてしまったのだ。
気持ちは分からないでもないが落ち着いてほしい。
俺ごときが天から舞い降りた彼女の前で上手く立ち回れるわけないだろうが!!!
ところで、今日はマイハニーが勉強のために王宮の教師のところの来る日だ。
マイハニーが俺の行動圏内にいると思うだけで力がみなぎってくる。今日は最高にいい日だ。彼女の顔を見ることができたら、もっと最高の一日になるだろう。
そう思って、彼女のことを覗きに行ったんだ。
そうしたら、彼女は何と、教師にクッキーを渡していたんだ!!!!!!
俺は彼女のクッキーを食べたことがないのに! 男の教師なんかに!!!!!!!
だから、俺はその場に乱入して、「甘いものが食べたかったんだ、気が利くな!」と言ってクッキーに手を出した。そして慌てて咀嚼して、味わう間もなく飲み込み、教師の方を見てやった。
そうしたら、彼女は「ととと突然現れて勝手に取らないでよ!」と怒り出したので、「なんだよ、こんな男にはクッキーを贈るのに、俺が食べたら悪いっていうのか!」と叫んでしまった。違うんだ。マイハニーにはこう、優しい言葉をかけたいと思ってるんだ。しかし、このときは(このときも?)つい、叫んでしまった。
そうしたら今度は、「おやおや、『こんな男』とは……私も……若者扱い……されたものですな……」と、教師が震えながら笑い出したんだ!!!
しかも、エリザベスは涙目になり、「もう、ばか! ばか!! 知らないんだからね!!!」と言って、慌てたように走り去っていってしまった。
なんだ。
いったいなんなんだ。
とりあえず、「今後必要以上にエリザベスに近づくな!」と教師には伝えておいた。
教師は、「……授業はいいんですよね? 殿下の御父上からのご依頼ですしね」と、ぷるぷる震えながら聞いてきた。それは俺にも防ぎようがないと思い、「頼むから授業のときも十メートルは離れてほしい」と頭を下げてしおらしくお願いした。教師は爆笑していた。あれは本当に酷い大人だと思う。
ちなみに、何故か夕方、父上と母上が医者を連れて、心配そうに俺の様子を窺いにきた。
健康診断だと言っていたけれど、一体なんだったのだろう。
△~~~~△
「わたしが作ったクッキーを横取りしたあの日の!!!!」
「その節は本当にごめんね……」
「いえ。どちらかというと、わたしが謝るべきかもしれないわ」
「え?」
「あれ、六十歳記念に犬を飼い始めた教師のために作った、犬用クッキーだったの」
「ゲッホゲホゲホゲホ」
「人体に悪いものは入っていないけど、薄味だったと思うし、不安だったから、国王陛下と王妃様に伝えに行ったのよ」
「それで親父とお袋が様子を見に来ていたのか!!!!」
頭を抱えるマイケルに、エリザベスは痛ましいものをみるような顔をした後、日記に目を落とす。
確かに、ここでいう『マイハニー』はエリザベスのことのようだ。
だが、しかし……。
「なるほど殿下は創作系小説の執筆にハマって」
「どうしてそうなるんだよ!!!」
「いえ、でも、だって。殿下はわたしのこと、好きじゃないでしょ?」
「好きだよ!! 出会った時から、俺はエリーに惚れてるんだから!」
しーんと静まり返った室内に、マイケルが居心地悪そうにつぶやく。
「君には、全然伝えてなかったけどさ……」
エリザベスは、真顔になっていた。
だって、突然この面白日記が、マイケルがエリザべスへの愛をつづったものだと聞いて、信じられようか。いや、無理。
「無理だと思うから、色々用意したんだよ」
「あら。心の声が口から出てました?」
「そうだね……」
疲れ果てた様子のマイケルは、次の観光地(?)へとエリザべスを案内した。
そこは、マイケルの隣の部屋のクローゼットだった。
マイケルが開けていいと言うので、エリザベスがクローゼットの扉を開くと、その中には彼女が目を疑うような品々が入っていた。
華やかな衣装の、女性服、女性用の鞄、女性用のお飾り。
薄水色地に金の刺繍が入っているなど、全てマイケルの色で染まっているのが異様な光景である。
エリザベスは絶句した後、呟いた。
「……あいつ、浮気してる……!!」
「だからなんでだよ!!? 全部君へのプレゼントだよ!!」
「いえ、でも、この洋服が全て私あての品である可能性は、王宮に隕石が落ちる可能性よりも低いわ……」
「どれだけ自己評価が低いんだ!? 君のものだってば!!」
「でも、ほとんどの品のサイズが、わたしとは違うもの。それに、わたし用に作ったなら、なんでわたしに渡さないのよ?」
眉根をよせるエリザベスに、マイケルは目を彷徨わせながら、もごもごと言い訳をする。
「ずっと渡したかったんだけど」
「うん?」
「独占欲丸出しすぎて、なんか恥ずかしくなってきて、渡したいなーと思いながらずっと悩んでいたら、君が成長してしまって」
「え?」
「だから、その。君と出会ってから、毎年、毎シーズン、作ってたから」
顔を真っ赤にしているマイケルに、漸くエリザベスはまじまじとクローゼットの中の服を見る。
言われてみれば、小さなものほど、大分前の流行の意匠のものとなっている。
「なんで言わないの」
「日記に書いてあるけど見る?」
「いえ、いいわ」
真顔のエリザベスに、マイケルは涙目で俯いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます