第49話 辛い時は無理して笑わなくていいから

忍の父親の葬儀から一週間が過ぎ。

初七日の法要も終わり、さとこと咲希は様子を心配して自宅へ赴いた。


「ありがとう、わざわざ来てくれて」

喪服ではないが、まだ全身黒い服で出てきた忍は憔悴しきっていた。

目の下にはクマができ、顔色も悪い。

睡眠や栄養があまりとれてないのがわかる。

「はい、これ。差し入れ。あまり食欲ないかもしれないけど…少しづつでも食べないとね」

咲希は手料理のお弁当を手渡した。

「ありがとう、咲希のご飯おいしいもんね。いただきます」

「…お線香あげさせてもらってもいいかな」

さとこの申し出に、どうぞ、とスリッパを差し出す。

咲希もあとをついて上がる。


父親が使っていた部屋に仏壇があったのだが、そこに両親の写真が並んでいる。

「早いね…もう一週間…」

親友達は目に涙を浮かべ、代わる代わる手を合わせる。

線香の薫りが部屋に立ちこめる。

心落ち着く香りだ。

「ちょうど次の仕事まで空いてたからよかった。新しい派遣先に行ったばかりで忌引きなんて気が引けちゃうもんね」

無理に笑いながら話そうとする姿が痛ましい。

「これ香典返し。よかったら持って帰って」

忍はふたりに紙袋に入った品を差し出した。

「こんな気を遣わなくていいのに…」

「他の弔問客の人たちにも渡してるものだから。ほんの気持ちです。あ、今お茶淹れてくるね」

立ち上がろうとする忍を、さとこは制した。

「ねぇ忍。辛い時にそんな無理して笑わなくていいから」

「そうよ、お台所借りるね。何でも自分でしようと思わないで、私達を頼ってよ」

咲希はそう言ってお茶を淹れに行った。

何度も泊まりにきている勝手知ったる我が家のようなものだ。

「だって…」

下をうつむき、忍は言葉を続けた。

「無理してでも笑ってないと、顔の筋肉が固まって一生笑えなくなりそうなの。何かしていないと、不安でしょうがないの。この先私ひとりでどう生きていったらいいのかなって…」

想いを吐露し、苦しみと悲しみをこらえている姿に、胸が詰まる。

「ひとりじゃないよ、私達がいるじゃない」

「そんなこと言っても、咲希には柴田さんも南井さんもいるでしょう?いざとなれば絶対どっちかが助けてくれるし、さとこにはお父さんもお母さんもお姉さんも妹もすぐ近くにいるじゃない。私にはもう誰もいないの!私なんて、別にいなくてもどうでもいいような存在なのよ!」

「バカっ」

これには咲希がキレた。

「どうでもいいなんて…そんな悲しいこと言わないで…私達がさみしいに決まってるじゃない…」

「そうよ、私達は忍と同じ経験をしてないから、そりゃあ同じ痛みを理解することはできない。でもね、その痛みを少しでもわかりたいと思うし、苦しみをわかちあいたいと思ってる。だからこその老後同盟でしょ」

こういう時さとこは決して感情的にならず、淡々と冷静に諭す。きっと学校で子供達が荒れてたりしても、同じようにことばを伝えているのだろう。

「ごめん、ごめんねふたりとも…こんなこと言って悪いと思ってるけど、気持ちがコントロールできなくて…」

「当たり前だよ、そんなの。大切なたったひとりの肉親を失ったんだから。私達の前ではかっこつけなくていいから。何でも言って、何でも吐き出して。それで少しでも忍の気がおさまるなら」

咲希の言葉に、さとこもうなづく。

「何かしてほしいこととかあったら言って」

「そしたら、ひとつだけわがまま言ってもいい?」

「もちろん。なぁに?」

「最近夜眠れなくて…それで気が高ぶっていたのかもしれない。寝ても怖い夢みてすぐ目が覚めて…でも夜中ひとりなのがさみしくて怖くて…疲れてるから少し眠りたい。手を…握っていてほしいの」

「わかった。どっちの手がいい?」

さとこと咲希がじゃんけんするように同時に手を出した。


プッ


その様子をみて、忍が笑った。

「笑った!忍ちゃんが笑ったわ!」

まるでハイジの友クララが立った時ばりの喜びよう。

「そしたら…さとこ」

「なんで!? 私じゃダメなの??」

「咲希冷え性だもん。手ぇ冷たい」

「手が冷たい人のほうが心が優しいんだよっ」

「なにそれ!? そんなの都市伝説だし作り話だしー」

ふたりのやりとりをみて、ふふ、と忍に自然な笑みが浮かぶ。


よかった

無理してじゃなく

心から笑ってくれた


2階の自室のベッドにもぐり横になると、

何日も満足に寝てなかったのだろう。

忍はすぐに眠りについた。

さとこは手を握りながら、子供をあやすように髪を撫でた。

まるで母親のように、愛情をこめて。

「…忍は人一倍責任感が強いからさ、お父さんが亡くなったのは自分のせいだと思ってる。それが余計に自分を苦しめてるんだよね」

「そうだよね…でも人の生き死になんて、きっと運命があると思うんだよ。誰かがどうにかできたなんて考えるのはおこがましいと思うよ、ほんとはね」


ピンポーン


階下からインターホンのチャイム音が聞こえた。


「はーい」

眠っている家人の忍に代わり、咲希は急いで玄関に向かった。


やってきたのは

宅配便?

ピザ屋?

それとも来客?

さてさて、誰なんでしょうね。




一応、話がダークになりすぎないように

ピザ屋っていうとこはボケてみた…


こんな時に誰がピザ頼むんかーい

ってもしかしてすべってる?^^;

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る