3 すき

 華は顔色を赤く青く変えながら、男子を見上げる。


(……正面から見たら、もっとカッコイイ。澄んだ、柔らかくって深い瞳。こんな人、彼女さんがいるの当たり前だよ。でも、私……私……)


 思った以上にダメージを受けている事に気付いた華は狼狽うろたえた。


 そして。


 恋愛小説を読むと、時折浮かんでくる金髪男子の顔に首を傾げては、『友達になれないかなあ』などと思っていた自分に。


 そんな夢を見ていた自分に、愕然とした。


(……泣きたい。悔しい。私の馬鹿)


 あれは、好きだからこそ思い描いた願望だったのだと。



 いつか。


 いつか、もしかしたら。


 本屋で出会ううちに、挨拶をするようになったり。

 いつしか、世間話をするようになったり。


 連絡先を教えて、電話やチャットで話したり。

 並んで、歩いたりして。


 そんな『もしも』ばっかりだった。

 華は自分の夢見加減に唇を噛みしめて、改めて思う。




 何一つ、できないままに。

 気持ちだけが。


 好き、という気持ちだけが。

 どうしようもなく、胸の奥にある。




 が、辛うじて涙をこらえる華は思い立った。


(この人の顔をもう一度だけしっかり見て、胸に焼き付けて……『大丈夫です、ありがとうございました』って、笑ってさよなら……しよう。長々と話をしてたら、彼女さんだって絶対いい気分じゃない)


 そう思った華は、ダッフルコートの胸元を、ぎゅう! っと握りしめた。


 だが、正常な思考はだった。

 

 そこから。


 チャラ寄りのチャラ男子、友塚隆太ともづかりゅうたと華自身さえ予想もしない動きを見せた。



「顔色良くない……大丈夫? 飲み物買ってこようか?」

 

 遠慮がちに話す隆太に、ふるふる、と首を振った華は、、と歩き出した。


 ゆっくりと。


 隆太の足元を見ながら、進んでいく。


 一歩。

 また、一歩。

 少しだけ躊躇いつつも、もう一歩。


「あ、え? あの……どうしたの? えっと……」


 ぞの問いかけと同時に、華は小さい歩みでピタリ、と動きを止めた。隆太は、手を伸ばせば触れられるまでに近づいた華に焦る。


(近づいてきた?! お、俺、どうしたら。いや待て、落ち着け)


 予想外の展開に、どう反応していいかわからずに隆太が立ちすくんでいると、俯いている華の唇が動いた。



 赤い、色鮮やかな薄めの唇が尖る。




" す "




 すぐに、顎を引くように唇を開く。




" き "




 その二文字を唇の動きだけで表現した華は微笑んだ。




「え? ごめん、聞こえなかった! 今、何て?」

 

 華の可憐な笑顔に顔を赤らめつつ、『聞き逃した!』と勘違いをした隆太は慌てて聞き返し。


 絶句した。




 眉をハの字にしながら笑顔を浮かべ、華の両眼から、一粒。


 また、一粒。 


 大粒の涙が、零れ落ちていく。





「…………!!!」

「ま、待って!」


 背中を向けて階段へと駈けだす華と、慌てて後を追った隆太。


 ここでも華は、予想外の動きを見せる。階下の出口へと向かわずに、上りの階段を目指して走っていく。


「ちょっと待って!」

「馬鹿! 泣くなんて…………あっ!」


 追いかける隆太の目の前で、上り階段の一段目に足を引っかけた華。


「きゃああ!!」

「うおおおおお!!!」


 つんのめる華の腕に、隆太は必死に手を伸ばした。

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