魔改造

 何はともあれ、俺はかつての基地へと帰還していた。


 先日は立ち寄った程度の時間しかなかったから、気づかなかったが、この基地の雰囲気が変わった気がする。

 この基地の大半を占めるのが傭兵と貧しい地域出身の兵たちというのは変わりないが、以前では彼らは面倒な正規兵達に絡まれないように、誰とも言葉を交わさず、目も合わさず、基地内はピリピリとしていた。

 しかし、今では、彼らは未熟ではあるが、ロビーで互いに生き残れたこと喜び合う程度の会話が出来ている、これは昔では考えられない。

 その時、一人の若い青年が俺に気づき、大声を上げた。


「おい、ジョン・クーパーだ! いや、クーパー特佐だ! 」


「来たっていう噂は本当だったのか! 」


 彼の声を引き金に大勢が集まり、俺を取り囲んだ。

 彼らの殆どは俺よりも若い、成人もまだのような若者たちだった。

 少しでも経験のある者は、戦線の広がったこの戦争の激戦区へ投入されて、散って行ったのだろう。


「特佐殿、是非とも、梟の夜作戦の時のことを教えてください! 」

「脱出のコツを! 」

「空戦でファルコンに勝つ方法を聞かせてください! 」


「待て、待て、落ち着け」


 思わず、群衆に気圧されそうになる。

 その時、人波の間から、見覚えのある顔が見えた。

 何時だったか、俺を尋問した正規兵だった。そいつは俺を見ると、苦虫を潰したような顔をしてそそくさと去って行った。

 まるで以前までの傭兵たちの振る舞いのようだ。


「一体全体、この形勢逆転は何があったんだ? 」


「それは全て特佐のお陰です」


 一人のそばかすの青年が説明してくれた。

 俺が王様に選ばれ、その任務を成し遂げたことで軍全体として傭兵を認めざる負えなくなり、傭兵たちの立場は向上した。

 逆に、後に『梟の英雄』となる男を、不当に差別し、軽視していた正規兵達は白い眼で見られるようになった。

 と、説明してくれた。


「ですが、やはり我々は十分な訓練を受けていないというのが現状です。

 ですので、特佐さえよろしければ、我々に稽古をつけて頂ければと! 」


「あ、ああ。わかった。いつかな。

 それより、一つ聞きたいことがあるんだが」


「はっ、なんなりと! 」


 俺は外に見える乗って来たDIG-29を指さす。


「腕のいい整備士は居ないか?

 あの機体、不具合もあるし、改造が出来るならそうしたい」


「あー……それでしたら、腕の良い二人組の整備士がいます。

 ただ、性格に難があって」


 ◇


 あの空の制空権を確保するには、不良品では駄目だ。


 優秀な整備士がいると教えられた場所は、基地の格納庫の一番奥だった。

 解体された戦闘機のパーツや、よくわからないガラクタが並んでいて、一人の褐色の18ぐらいの少年がいた。

 彼は俺の話をめんどくさそうにうんうんと聞くと、格納庫の奥、スクラップの山へと連れて行った。


「姉貴、お客さんだよ」


「なんだい、ベル、おねーちゃんは忙しい。

 ん? アンタは有名人の……」


 ガラクタの山から見下ろしたそいつは、褐色の肌で、真っ赤な髪は男と見間違える程、短く切りそろえていた。

 俺を見てニヤリと口角を上げる表情は可愛らしいというより、近所のクソガキと言う感じのボーイッシュな女だった。


「よぉ、英雄様。

 私はベッキー、どんな機体でも、整備していてやるし、改造してやるよ。

 金さえ払えばな」


「実力が分からなきゃ、金は払えない」


 ベッキーは待ってましたとばかりに、着ているツナギの胸ポケットから古びたICカードを投げ渡してきた。それは、合衆国の拠点を置く戦闘機・軍需製造企業の社員証だった。

 日付を見る限り、彼女は昔そこで勤めていたらしいということなのだが……。


「顔が違う。

 写真は眼鏡をかけてるし、髪だって茶髪の、大人しくて、真面目そうな頭のよさそうな奴だ。

 全く別人じゃないか」


「そ、それは私だ!

 コンタクトに変えて、髪を染めたんだ!」


「なんで? 」


「おしゃれだよ、悪いか! そもそもあの会社は名ばかりの企業で、古臭い考えの老人共が蔓延る村社会だった! 頭髪も評価対象に入るし、服装だって、社員服をきっちり着こなさないと査定に響くし、上司は……」


「……」


 どうやら、何か触れてはいけないことに触れてしまったようだ。

 ベッキーの愚痴が止まることは無く、様子を見かねたベルからこれは長くなるから、現金を用意してきた方が良いと助言を受けた。


 かくして、現金を用意して戻ってくると、丁度、ベッキーの愚痴が終わった所の様だった。

 

「ふぅ……ともあれ、これで信じただろう? 」


 こいつ、俺が席を外していたことに気づいていなかったのか?

 ある意味、大した集中力だ。


「まぁ、信じるよ。

 それで頼みたいのは、DIG-29の整備と改修だ」


「ああ、アンタがこの基地に来たときにチラっと見た。

 NO3パイロンのミサイル、あれ発射できなかっただろ? 」


「見ただけで分かるのか?

 だったら、とりあえず発射機構の再調整、それから、ミサイルの搭載量を増やしたい。それをこの額でどうだ」


 俺は札束を差し出す。額は一般的な整備士の2か月分の給料だ。

 だが、ベッキーは首を横にかぶり振り、興味なしとばかりにコーラに手を伸ばした。


「どうもインパクトに欠ける、もう一声欲しいね」


「どのぐらい欲しいんだ? 」


「アンタのお気持ち次第さ。

 1.5倍なら、調整程度ならやってやってもいい。

 2倍なら、アンタの言うこと全部やってやらないこともない」


「ぼったくる奴だ。

 本当は出来ないから、無茶な金額を提示してるだけなんじゃないか?」


「は? いい仕事にはいい給料が必要だ。

 ケチな奴だ。

 あーあ、もしアンタが三倍の額を出せば、 ミサイル搭載量を倍にしてやって、燃料搭載量も増やしてやるし、ミッションコンピューターだって弄る魔改造をしてやろうと思ったのに」


「言ったな? 」


 俺は追加で三倍の額を投げ渡した。

 流石にこれは痛いが、賭け事は嫌いじゃない。

 目をまん丸くしたベッキーに、俺は高らかと告げる。


「ミサイル搭載量を倍、燃料搭載量10パーセント増量、ミッションコンピューターを西側戦闘機並みに、出来るな? 」


「い、いや、今のは言葉の綾で」


「お前が言ったんだろう、やれ。

 話は録音させてもらった。

 やらなきゃ、詐欺罪で訴えるぞ。

 合衆国人なら、訴訟の怖さは知っているだろう? 」


 ベッキーが何も言えず、頭をぐしゃぐしゃとかきむしった所を見て、俺は勝利を確信した。

 見せてもらおうか、魔改造とやらを。




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