孤高の地
落ちた地で(1)
頭が重い。
酒に酔いつぶれた次の日のような、もしくは寝過ぎた休日の朝のような気だるさ。
そんな感覚を味わいながら目を覚ました。
違和感を感じ腕に目をやると、俺の腕は包帯でグルグル巻きになっていた。
誰かが俺を手当をした。どうやら、あれは夢ではなく現実だったようだ。
「目が覚めた? どう、身体の具合は? 」
扉を開けて女が入って来た。
そいつは、慣れた手つきで俺の脈を測ると静かに頷いた。
やはりアイカに似ている、何者だ?
此処は何処だ?
何日経った?
色んな疑問が浮かんだが、それを声を出そうとすると激しく咽こんでしまった。
「ちょっとちょっと、本当に瀕死だったんだから、無理しないで!
飲み物を取らないと。
はい、これ飲んで」
手渡されたのは、珈琲に見えた。
だが、それを一口飲んだ俺は失礼ながらも、顔を顰めてしまった。
茶色の水、そう思えるぐらいに殆ど珈琲の味がしなかった。
「ごめん、美味しくないよね」
「いや、そんなことは……ない」
俺の返事に、その女は何か驚いたように目を丸くした。
「私はライラ。
此処は孤高の地の村。
貴方、此処にが辿り着いて、三日経った。
これでいい?
ジョン・クーパー様」
「孤高の地に集落があることは知っていたが、もう全員が疎開したんじゃなかったのか。上から見るだけじゃわからないもんだ。
……いや、待て。どうして俺の事を知っている? 」
「アイカは私の妹」
似ているとは思ったが、まさか、姉妹だったとは。
確かにアイカからおどおどした側面をなくして、もっと成長したら、このライラのようになるかもしれない。
「アイカだけじゃない、私達の村から大勢の若者が王都から呼ばれた。
今までは忘れ去られていたようなところだったのに、この土地の下に地下資源が見つかったころにね」
恵まれない同志達にも、王都で豊かな暮らしを!
その甘い言葉と提示された収入にそそのかされた若者たちは、機体を胸に膨らませ、この村を離れた。ただし、アイカを含めた数名は、この村に仕送りをする為に働きに出たそうだ。
だが、甘い言葉には裏があった。
王都の特権階級の人々は、王都以外の出身者に差別意識を持っていた――傭兵の俺がそれは良く知っているように。
村を出たある者は危険な鉱山採掘に飛ばされ、ある者は半強制的に軍に入れられ、そしてある者は特権階級に奉仕する為のメイドとなることを許容された。
「皆から届く手紙は、段々と悲痛な内容になっていった。
こんなはずじゃなかった、村に帰りたいって。
でも、私にできることはなくて、次第に手紙は来なくなった」
ライラは自分の胸に手を当てながら、俺から顔を背けた。
彼女の肩は小さく震えていた。
「どうして、俺を助けた? 」
「アイカも最初は怖がっていた。
よりにもよって、軍の人の専属になっちゃったって。
ただ、この前、届いた手紙にね、貴方の事が書いてあった。
無茶をしようとした私を止めてくれて、昔話をして、毛布をかけてくれたって」
「……その日のことはよく覚えていな。
酔っていたからな」
「私も正直、信用してなかったんだけど。
でも、話してみて分かった。
貴方は信用できそう」
孤高の地で脱出した者は、大体は雪に埋もれて死ぬ。
だが、数は少ないが、幸運なことにこの小さな村に降り立った者もいるようだ。
しかし、どれもこれも傍若無人で過剰な量の痛み止めを要求したり、お前達の為に戦ってきたのだからともてなしを要求する者さえいた。
碌な大人はライラと年老いた村長ぐらいしかおらず拒むことも出来ず、その度に、この小さな村の少ない備蓄は食い散らかされてきた。
それこそ、珈琲一杯を用意できないぐらいに。
「話が長かった、ごめんね。
顔色が悪くなってきたね、痛み止めを」
「いい、我慢できる」
「さっきの話は貴方を痩せ我慢させるためにしたわけじゃなくて」
「いいから」「でも」「何ともない」「痛そうにしてるじゃん」「痛くない」
暫しらくの押し問答の後、ライラははにかんだ笑みを浮かべた。
アイカと比べて大人びた印象があったが、こういう笑みは姉妹でよく似ていた。
その時、上の方くぐもった爆発音が聞こえた後、地震のような揺れが走った。
「また、戦闘が始まったみたい。
ごめん。
皆は地下にいるから大丈夫だと思うけど、私、皆の様子を見て来る」
ライラはそう言うと、部屋の外へと駆けて行った。
何故、この部屋が薄暗いのか、俺はようやく理解した。
此処は地下だ。
戦闘に巻き込まれないため、彼女らは空を見ることすらできない。
俺はさっきの話を、この村が騙され、搾取されてきた話を思い出す。
この国は、いや、共和国もそれだけでは飽き足らず、この土地の地下にある資源を食い散らかそうとしている。
そして、俺はその国の英雄なのだ。
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