梟隊
「では、2時間後に。
言っておくが、私は遅刻者には容赦しないぞ」
「ガキ扱いするなよ。
仮にも軍人だぞ、遅刻なんてするわけないだろ」
俺たち特務隊三人は、各々の身支度を整えるために解散した。
今まで見てきた戦闘機パイロット達は出撃前にさまざまなことをしていた。例えば、神に祈りを捧げる者、家族に電話する者、こっそりアルコールを飲む者。
じゃあ、今日の俺は出撃前に何をするのか。
俺は人気のないところで携帯を開き、連絡帳に登録しておいたある番号にかけた。
「こちら、メイド・ギルドで御座います。
クーパー様、ご用件は何でしょうか? 」
「ああ、そちらから派遣してもらっているアイカの事なんだが、必要ないから引き取って貰えないか? 」
「申し訳ありません、何かあの娘むすめが何か粗相を? 」
「いや、そういうわけじゃないが……」
とにかく、と続けようとしたところで通路の向こう側からこちらに向かってくる人影に気づいた。
そいつと目があい、反射的に背中を向ける。
「悪い、掛け直す」
「いいえ、こちらの方から担当の者がかけ直させていただきます」
「どうも、じゃ」
早口で電話を切り、俺は振り返る。
そいつは俺のことを親の仇のように、睨みつけていた。
こいつの顔はよく覚えている、名前は覚えないが、俺が勝手につけた渾名はよく覚えている。
「やぁ、お元気ですか、お坊ちゃん殿」
「口の聞き方に気をつけろ、傭兵風情が!」
「それはそっちの方だ、今の俺は特務隊の佐官待遇だ」
「嫌だね、お前に払う敬意などない!
何が英雄だ、梟だ! ステルス機があればあんな任務誰でもできる!」
「なら、やればいい」
ちなみに俺はあんな不安定な機体に乗るのは2度と御免だ。
「言われなくても!
次のナイトアウルの任務、私が出る。
作戦成功の暁には、貴様の立場を奪ってやろうではないか! 」
坊ちゃんは俺に肩をぶつけてクールに去ろうとしたが、体幹が弱すぎて、逆に吹き飛んで悲鳴を上げていた。
全く、何から何まで恥ずかしい奴だ。
成り上がるのに誰かの後追いなんて。
俺なら、しない。
「離陸する 」
スロットルを全開にすると、それに応えるように二基のエンジンがアフターバーナーを焚いて強烈な加速を生み出す。ナイトアウルとは大違いだ。
滑走路横の距離表示板が視界を流れる、200、300、400m。
風を捉えたように、機首がふわりと浮く。
その直後、俺は機体を最大限加速させて先に離陸した2機を追い抜いた。
「全く傲慢な! 傭兵にはチームワークという考えがないのか! 」
「いいね、やる気に満ち溢れているように見える」
2人とも言いたいことはあるようだが、直ぐに俺を隊長機として後ろに従って飛び始める。
成程、編隊の先頭の景色は悪くないな。
本日のお品書きは俺とジャッジが、DIG-35先行量産型。
この戦闘機は以前までの愛機(落ちるたびに別個体となっていたが)の発展型で、エンジンの換装などをはじめとした様々の能力を向上した上位互換機と言える。
先行量産型という訳あって新型ミサイル運用能力などのいくつかの要素はまだ未実装だが、実績のあるDIG-29がベースとなっている為信頼できる機体だ。
そして、クリスチーナの機体はKU-27大型制空戦闘機。
通常の戦闘機の一回り、二回りも大きなその機体には10発もの空対空ミサイルを搭載できる。
それだけ巨大な機体でありながら、鶴を思わせる優雅な機体形状は空力的に優れており、世界最高峰の戦闘機と言っても過言ではない。
ただし、運用コストと整備性に難がある為、王国の中でも重要な地区にしか配備されていない。
どちらとも最前線ではお目にかかれない戦闘機だ。
「僕が思うに待ち構えて迎撃するっていうのは、陸軍の高射砲隊の仕事だと思うのだけどね」
「どうだかな……。
注意。東側より友軍機が接近、北部防空隊だ」
左からやってきた友軍機を見て、俺は懐かしく感じた。
DIG-29、21すでに旧式の機体ばかりで、しかも塗装は所々禿げていてるオンボロばかりの寄せ集め……孤高の地の空もそんな感じだった。
じゃあ、その使い込まれた機体には超がつくほどのベテランパイロットが乗っているかというとそうでもない。
訓練教官を務めていたクリスチーナは、彼らの編隊を見ただけでその程度を理解した。
「速度も、間隔もバラバラだ。
情けない、北部方面隊の練度はこんなものなのか」
それを聞いて、俺は思い切り鼻を鳴らした。
「……何か言いたいことでもあるのか、傭兵?
離陸直後の身勝手な行動も、彼らと同じく練度の低さからものではないだろうな?」
「練度の高いも低いもあるものか、こんな最前線の兵士なんてろくな教育も受けずに飛ぶことが精一杯の連中ばかりだ」
「しかし、志があれば生き延びて」
「精神論でミサイルを避けられたら、チャフもフレアも要らないんだよ」
「……じゃあ、お前はなぜ生き残っている?」
「それが俺がエースだという証明だ」
言い負かしてやったのはいいが、長い沈黙が訪れてしまった。沈黙を破ったのはレーダーの探知音だった。一瞬だけ何かの反応を拾った後、沈黙してしまった。
「説明にあった通り、敵は低空で峡谷を飛行して近づいているようだね。で、どうする? 指揮は鬼教官殿が執ってくれるのかい? 」
「いいや、傭兵のやる通りにやってみよう。
私の機は後ろからの援護に徹する」
出撃する前には信用できないと言ってたのに、次は後ろから見とくというなんて。
「怖気付いた訳じゃないだろうな? 」
「断じて違う。
ただ、そこまで言うなら見せて欲しい。
傭兵の飛び方というものを」
「……ああ、いいさ。
全機、俺の指揮下に入れ。
部隊のコールサインはアウルだ」
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