第28話 平成の阿部定の終わり
「古田門那珂! ソレを捨てて気を引くんだ! その間にボクたちがなんとかする! 破片を5Qで吸えば――」
「その必要はありません」
だが、委員長は冷静だった。
大人一人が寝れるサイズのベッドを滑走路とし、そのまま飛んだ。
そう、跳ぶ、というより、飛ぶとしか言えないほど、美しい動きだった。
暗闇の中、俺の白いパーカーを着た委員長が宙を舞う姿は、白鳥のようですらある。
腕をすぼめての回転は、包丁の範囲に入るのを防ぐだけでなく、震えるほど流麗さだった。
遠心力で裾がめくれあがって尻がまる出しなことと、握っているのがブツでさえなければ、俺は感動で泣いていたかもしれない。
そんな美と最低を両立させた白鳥は、ガラス片を軽やかに飛び越し、すたんと入り口付近に舞い降りた。
空間に焼き付いた思考回路では理解できなかったのか平定はまともに反応できず、ほとんど素通しと言ってよかった。
『ア……ア?』
わけもわからず振り返った平定に、委員長と場所を入れ替わった俺は担いだ5Qの照準を合わせる。
「南無三!」
別に決めセリフなわけじゃないが、思わず前と同じ言葉を口にして、引き金を引いた。
瞬間、強烈な吸引力と爆音が発生し、平定を引き込み始めた。
『キィイィィィ!』
怒りとも悲鳴ともつかぬ叫びを上げる平定。
だが、この吸引力の前では無意味。霧の仲間が抵抗できるレベルなんかでは、全然ないのだ。
その体が崩れ、吸い込まれていく。
包丁も形を失って霧となり、金属ではないのがはっきりした。
悲鳴すら飲み込まれ、平定の姿は5Qの中へ消えた。
あれほどまでに、恐ろしかった怨霊も、こうなってしまえばパックに溜まった水に過ぎない。
「おお~」
委員長が感嘆の声を漏らしたが、こちらとしてはあまり気持ちのいいものじゃなかった。
これが、幽霊退治の漫画とか映画なら、幽霊の怨念が晴れ成仏して気持ち良く終わる……そんな筋書きだろう。
だが、俺たちがやったのは、ただ掃除機で幽霊を吸い込んだようなものだ。
そこにすっきりするようなものはなく、後味の悪さと虚しさを覚えるだけだった。
「どうしたんだい? 浮かない顔だが」
「……そりゃそうだろ。俺はお前と違って、幽霊をただの残像だと割り切れない」
首なしライダーは言葉を発しなかったからまだマシだったが、意志疎通は出来ないとは言え、ああまではっきり喋る相手を捕まえたのは、やはり気が滅入る。
「例え喋ったとしても、それはフィルムとテープによる映写と同じ……と言っても納得できないのだろうね」
「そりゃそうだろ。別に平定の怨念がこれで晴れたわけじゃない。何かを解決したって実感もない」
「いいえ。それは違うでしょう」
「へ?」
霊子からではなく、委員長の方から否定の言葉が出たので、思わず間抜けな声を漏らしてしまった。
「平定の物語はもう終わっています。生きていれば殺人罪で裁かれていたでしょうが、自ら命を絶ったのでそれもありません。終わらせたのは彼女なのです。だからこそ、我々がすべきなのは過去の悲劇に心を痛めるのではなく、奇麗に終わらせてあげることだけです」
「……」
言っていることは、正しい。
だがやってることが、びっスパの人に言われも釈然とはしない。
「少なくとも、平定に襲われる人は今後出ません。そう考えてはどうでしょうか」
「……確かにな」
局部をもぐため包丁を振り回す奴なんて危険すぎる。
それを止めたというのは、事実だ。
そう考えると、少し納得出来た気がする。
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