第43話 後遺症

 オレは半分個室のようになったカフェで、柊と会っていた。

 喫茶店に飾られている絵は、プリズムのように見る場所と時間によって色を変えている。


 何も頼んでいないのに珈琲が運ばれてくる。

「あ、すみません。頼んでないんですけど――」

 というと、柊がオレの腕を引っ張った。


「ねえ、それ見えないよ。慧くん」


「……わり。そうか」

 そう言ってオレは別の店員を呼んだ。



 オレの幻覚症状は、収まらなかった。

 まるでそこに本当にいるかのように異形が見えたり、幽霊(?)が見えたりするようになってしまっていた。


「はー……。これ、どうしようか」


 オレが困ったような声を出すと、柊が肩をすくめた。


「なるようになるんじゃない。……わたしでよければ、大丈夫になるまで付き合うけど?」


「いや……」

 オレはそんなのは悪い、と断りかけた。


 すると柊が首を横に振る。

「そうじゃないでしょ。いないと、困るでしょ? じゃあ、いうこと違うんじゃない?」


「……ぐ。たしかに」


 柊は楽しそうに笑って言った。

「そーれーでー? 慧くんはなんていうのかなー?」


「………………お願いします」


「よし。いいね。よくできました。お願いされちゃいましょう」

 柊が機嫌良さそうに言う。


 こういう時に桑名がいれば、ひと悶着あっただろうな。

 と思った。


「それでさ……柊の事情、聞いていいか?」


 オレが尋ねると、柊は少し迷ってから頷いた。


「……わかった。慧くんももうかなり元気になってきたもんね。203講義室の話、わかる?」


「203? 詳しい番号は覚えてないけど、閉鎖されているところか?」


「そ。そこで死んだのが、わたしの腹違いのお兄さんってやつ」


「……あー。それは、なんというか」


「あ、全然大丈夫だよ。わたし兄さんと仲良くはないし。まあでも、ちっちゃい頃は遊んでもらったこともあるから――なんでかなって、死んだ理由くらいは知りたかったんだよね」


 そうか。それで、不審死について調べていたのか……?


「柊のお兄さんって、どんな人だったんだ?」


 柊は少し考え込んでから話し始めた。

「お兄ちゃんね、すごく頭が良くて野心家だったんだ。大学でAIとかに興味を持っていて、いつも何か新しいことをやってた」


「AI技術に興味があったのか。具体的にはどんなことをしていたんだ?」


「ええと……詳しいことはわからないけど、お兄ちゃんはいつも研究に熱中していたの。でも、ちょっと変わったところもあって……」


「どんな変わったところが?」


「独自の研究に没頭しすぎて、周りが見えなくなることがあったの。特にAIに関するプロジェクトには本当に熱を上げていたかな。なんか、未来がどうたらって名前だった気がするよ」


「…………ミライコ」

 オレは小声でつぶやいた。


 すると柊が目を見張った。

「それかもしれない。なんか、聞き覚えがある気がする!」



 なるほど。

 ミライコがこの大学で作られたとなれば、納得することがいくつかある。


 まず、この大学の外で、そのような事件が起きたと話題にあがっていないこと。

 それは外で犠牲者があまりいないことを意味する。


 ならばこの大学でのみ、発生しているという事。


 だが、開発者がこの大学にいたのならば、この大学で広まっているのは自然な出来事だろう。


「あとは203講義室、かな」


「203講義室って、亡くなった場所の?」


「ええ、その……お兄ちゃんは、その講義室で何か実験をしていたみたいなの。でも、何をやっていたのかははっきりしなくって。ただ、一つ言えるのは、その実験が原因でお兄ちゃんは亡くなったってこと」


 原因?


「具体的に何が原因だったのかは?」


「それが、わからないの。ただ、お兄ちゃんが亡くなる少し前から、行動がおかしくなっていたって話は聞いたことがあるわ」


「それは、ミライコの影響だったのかもしれないな……」


「可能性はあるね。なんかすごく、関係ありそうな気がする」


 オレは深く考え込んだ。

 柊の兄が行っていた研究とミライコの関係性、そしてその研究が彼の死にどのように影響していたのか、その答えを見つける必要がある。


「とりあえず、調査を続けてみようか」


「慧くん一緒に、203講義室、いく?」


「……そうするか」


 203講義室への足取りは重い。

 しかし、そこには柊の兄の遺した何か、そしてミライコの謎が隠されているはずだ。

 この真実を解き明かすことが、何より大切なことに思えた。

 柊の兄の過去と現在の事件、その間に隠された真実を明らかにするのだ。

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