第27話 桑名との思い出
オレは翌日、一人でカフェにいた。
少し休んだほうがいいとミライコに言われたためだ。
チェーンの喫茶店は、コーヒーの香りが漂っていた。
甘いものが欲しかったので、カフェオレを頼み砂糖を三本入れる。
ただぼーっとしながらパソコンを広げていた。
気が向いたらプログラムのコードを書いたり、思い付きをメモしたりしている。
イヤホンでBGMを流しながら、ただゆったりとした時間を過ごす。
特に誰と会うこともない。
話すこともない。
考えることもない。
非常に気が楽な時間だった。
カフェでノートパソコンの画面を眺めながら、オレはふと、桑名との思い出を心によみがえらせた。
あれは昨年の夏、桑名と一緒に大学の図書館で勉強していた時のことだ。
彼は心理学の論文を読み込んでおり、オレはプログラミングのコードに没頭していた。
「おい、網代。これ、ちょっと見てくれないか?」
このときはまだ呼び方は『網代』だった。
桑名はいつものように、心理学の謎めいた理論について質問してきた。
彼は理論を深く掘り下げるのが得意で、時にはオレにもその複雑な世界を分かりやすく説明してくれた。
「桑名。お前の説明だと、すごくシンプルに聞こえるな。でも、実際はもっと複雑なんだろ?」
桑名は笑って言った。
「まあね。でも、網代がコードを書くようにさ。心理学もパターンがあるんだ。いろんな要素を組み合わせて、人の心を読み解くんだよ。結構楽しいよ」
オレはその時、彼の言葉の奥にある深い理解と情熱を感じた。
桑名は心理学に真剣で、常に新しい発見に興奮していた。
そして、彼のその姿勢をオレは好ましいと感じていた。
コーヒーを一口飲みながら、オレは思った。
あの時の彼は、亡くなる直前とは全く違う人だった。明るく、好奇心旺盛で、常に前向きだった。
「そんな桑名も、あんなにことに……」
桑名が追い詰められていった理由、そして彼がどんな苦しみを抱えていたのか、オレは今でも全てを理解できていない。
しかし、彼との思い出は、オレにとって大切な宝物であり、その記憶はいつまでも心の中に残っている。
カフェの窓から外を眺めながら、街を行く人たちを見る。
「なぁ、桑名。お前、いったい何があったんだよ……」
「あっちゃんは気にしなくても大丈夫だよ。俺のことは忘れて、自分の人生を生きてくれ」
「ああ……。でも、そういうわけにはいかないよ」
オレはそう言った後、目を見張った。
イヤホンを外して周りを見回す。
そんなオレの様子を、近くの席の人が怪訝そうに見ていた。
桑名は、いなかった。
たしかに桑名の声が聞こえた気がしたのに。
「やっぱりオレ、疲れてるのかな……」
オレはノートパソコンを閉じる。
そしてコップの乗ったトレイを片づけると、カフェを後にする。
オレは夕暮れの街を歩き、家へと向かった。
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あとがき
ここは読み飛ばしてくださって結構です。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
カクヨムコンというコンテストに出させていただいております。
よろしければ、★やフォローでの応援をよろしくお願いいたします。
この作品はフィクションであり、実在の人物・団体などには何の関係もありません。
なお作中で行われている行為は現実で行うと犯罪として処罰されるものがあります。
絶対に真似しないでください。
もちぱん太朗。
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