許そう。殺すけどね

 自分が今どういう目をしているのかは鮮明に分かる。


 蔑んでいるし、憐れんでいる。弓の腕もなく、男の見る目もなく、友情もなく、愛情もなく、そして慈悲なく死ぬ。これほどかわいそうなのに、物語の登場人物ですらないのだ。


 往々にして、そういう存在は居る。あるいは要る。日の目の見ないところで只死ぬ存在がいる。機械仕掛けの神となった私に感情はなく、どこまでも深く冷え込んだ執行者である。これはあるところのご都合主義的な題材だ。バーバラは恐怖し、絶望し、そして無に還る。なかったことになる。


「ま、待って……」


 一歩、近づいた私にバーバラが言った。


「どうして?」


「え……」


「私たちをあの穴だらけの男に売ったのだろう。女にとって貞操を奪われるということは、しばしば命を奪われることと同一に語られることがある。生憎と私は処女ではないし、処女性を神聖視することもないけれど、あのような低俗な男に抱かれてやるくらいなら、死んだ方がマシだと思えるくらいには気位が高い。逆説的に考えると、それを招いた君のことは、恐らく殺さなければいけない、ということになる」


「い、いやよ……死にたくない……」


「私だって犯されたくない」


「ごめんなさい」


「許そう。殺すけどね」


「ごめんなさい」


「ひとつ情状酌量の余地があるとすれば、登場人物であるネネに敗北を与えてくれたことではあるのだけど、だがしかし、実のところその質もあまり良くはない。物事には順序というものがあるからね」


「ごめんなさい」


「ネネは十分に尊大だったけど、私はそれをもっと膨らませてから割りたかったんだ。これでは少し中途半端だ。今となっては今日の出来事が彼女にどれほどの影響を与えてしまうのか予測が出来ない。それもまた一興ではあるのだけど、ただそれが私の手で引き起こされたものではなく、登場人物ですらないような、よく分からない女が適当に画策した所為というのだから憤懣ふんまんやるかたない」


「ごめんなさい」


「同じ言葉ばかり呟いて、人間を辞めちゃったの?」


 私はバーバラの足元に立つと、そのまま彼女を見下ろした。バーバラは私から目を離せないでいるようだ。「ごめんなさい」とまるで魔術士の詠唱のように呟いている。彼女は弓使いなのにおかしな話だ。


「言い残すことがあるのなら、私は聴いてあげるよ」


「殺さないでください。お願いします。何でもしますから……」


 突然弾けたように起き上がると、私の足に縋りついた。懐から飛び出した一枚の紙は、細長い杭のような形に変化した。それを見たバーバラは鳥の鳴き声のような悲鳴をあげる。似たようなものが頼りだった男の身体を穴だらけにしたのだ。鮮明に見ていたバーバラにとっては恐怖そのものと言える。


「それなら、私の靴を舐めてみて」


 少し興が乗ってそう言うと、バーバラは躊躇いなく私の靴を舐めた。私はその様子をまんべんなく眺めた。酷くつまらないものを見ていることに気が付く。紙で作った杭をバーバラのつむじの真ん中に照準を定め、そっと切っ先を触れさせると、悲鳴をあげながら靴を舐めるというような一芸までみせた。


 砂だらけの靴を必死に舐める姿は、少なくとも人間のあるべき姿ではなかったけど、敗者のあるべき姿ではあった。彼女はこんなことをしてもなお、名前が刻まれることはないのである。


「飽きたから顔をあげていいよ」


 そうして上を向いたバーバラの顔をつま先で蹴飛ばした。「い、痛い……」と呟きながら鼻を抑えている。


 その指の隙間からは血が流れてきた。


 私はもう一度頬を蹴飛ばした。逆側の頬も蹴飛ばした。胸を踏みつぶし、陰部を踏みつぶした。


 バーバラは一切の反抗を見せない。


 憎しみすらそこにはなく、ただ生への執着心だけが渦巻いていた。唾を吐きかけた。口の中に砂を流し込んだ。服を脱がせ、適当に躍らせた。


 最後に目を瞑らせ、ただ立たせた。


 その上から音もなく杭が降った。頭から顔、胸、腹、陰部を進み、そのまま地面に突き刺さった。


 バーバラはほとんど即死だっただろうけど、目を開ける時間はあったらしく、それは驚愕しているようにも見えたし、諦観しているようにも見えた。恐らく、それほど苦しむことはなかった。


 ただ絶望的に可哀そうだ。

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