君は私にとっては特別だ

 私たちは店の前で別れると、ガーメイルは組合に、私は宿に戻った。ただ、木枯らし亭の前に来たところで思いなおして、来た道を引き返した。


 フローレスは方角ごとに区画が分けられているけど、それらすべての区画に属している中央広場が存在する。大きく広い公園が広がっていて、恋人たちの逢瀬のひとときと、町人たちの日々の献身を憩う場として重宝され、冒険者もまた例外ではなく、暇を持て余した者たちが集っている。


 その中にはエリクセンの姿が見えた。巨大な噴水の縁に座りながら、ボンヤリ空を眺めている。心ここに在らずというような状態だった。


「やあ、エリクセン。気分は如何かな」


 私はなるべく陽気に話しかけた。


「……君か。俺は今、少し考え事をしている」


「そうだろうね」


「君の所為だ」


「そうだろうね」


「仲間たちが酷く怯えてしまってね」


「アラ」


「これも君の思惑通りか」


「ある意味そうと言えるかもね。ただ、想像以上に軟弱だということ以外は」


「酷いことを言う女だ。容赦がない」


「容赦はしないさ。私は魔術士だからね」


「ふざけるなよ」


「それで仲間たちは?」


「さあな。兎に角数日は休みになった」


「回復薬は足りた?」


「ああ。あれは君が作ったのか?」


「私にそんな技術はないよ。簡単な薬草の見分けた方くらいかな」


「そうか。傷がみるみる癒えたよ。魔術が使われているね」


「さあね。私も門外漢だ」


 確かに似た系統の技術だとは思うけど、錬金術に関しては、秘密主義の魔術士よりも更に秘匿性が高いのだ。だからウロの存在は幸運だった。とはいえ、歴史の分岐点を生み出すような地域には、必ずといって良いほどその影が存在していた。そうでなければ説明がつかない事象が歴史に刻まれているからだ。その観点からすると、彼は必然的運命か、あるいはそれを装っているかのどちらかである。


「助かったよ。ありがとう」


「お礼を言うんだね」


「屈辱だが、俺は道徳的な人間だ」


「気にしなくていいよ。私の中であれは出来レースだった。ああなる結果が分かっていたのだから、事前に準備された当然の処置だよ。残念ながら心の傷は癒せないからね。私の愛すべき植物たちが恐ろしく感じられたのであれば、申し訳ないとは思っている。ただ、君が聞き分けなかった」


「分かっているさ。君は本気なんだ」


「嬉しいよ。私は誰よりも本気さ。ずっとね」


「ただ悪魔だ。あまりにも強引過ぎる」


「時には必要な処置だよ。私たち人間に悠久の時は与えられていないから」


「それはそうだ」


「私の意図を理解してくれる人間が必要なんだ」


「しかし、段階と言うものがある」


「そんなものはないんだよ。あるとしたら、あれが正しい段階の踏み方だ。私ははなからそのつもりだった」


「君はどこかに所属するつもりはなかったんだな」


「そんなことはない。必要な事を必要なだけするんだ。不必要なら、私は大人しくそこに属するよ。これは本心だ」


「だが、そんな素振りがない」


「必要がある、ということだろうね」


「他のパーティーも?」


「他のパーティーもだよ。必要があれば、君たちと同じことをする」


「そうすることでどうなるんだ」


「自分の胸に聞いたら?」


 私は挑発的に笑みを浮かべた。彼は当事者だった。


「結局のところ、君の目的は何なんだ」


「君が欲しいだけさ。才能がある。もっと奥に行ける。ただ、そこに君の仲間は必要なかったというだけなんだよ」


「人を取捨選択する奴を信頼出来ると思うのか?」


「それは君次第さ。ただ、私は信頼に値する女だよ」


「仮に君の手を取ったとして、今度は俺が捨てられるかもしれない」


「何度も言うけれど、必要なことをするだけだよ。君が仮に捨てられたとして、それは本当に私の所為なの?」


「じゃあ誰の所為なんだ」


「君の所為だよ」


 私は肩を竦めた。


「仲間を思う気持ちがないわけじゃないよ。黄昏の荒野で日銭を稼いでいるくらいなら、そうして同じところでヌクヌクとやっていればいいとは思うけど、君はそうじゃないだろ。そして私もそうじゃない。そうすると、私たちは冒険者だ。より危険を冒すために先を進む。その場所で仲間が死んでしまうとは考えないの? あの人たちを連れていくことで悲しい結末があるとは思わないの? どこまでも一緒にいてあげるのが優しさとは限らないよ。足手まといを足手まといと告げてあげるのは、一つの優しさなんだ。結局のところ、君は逃げているだけだ。大きな目標を抱えながら、本気で達成する気がない。悪役を買って出ても別れを告げる度胸もない。私はずっと君を攻めているんだよ。ふざけんなって。澄ました顔をしている奴が気に入らない。そんな奴は私だけで十分だ」


 意気消沈するエリクセンの横に座ると、そっと背中を撫でた。私はただ、嗜虐的な感覚に導かれて言っているわけではない。まあ、ないとは言わないけど、私が伝え続けている言葉は本心だし、そうなるべきだと思っている。エリクセンは私を見た。出来るだけ優しい笑顔を浮かべ、逆の手で頬を包んだ。


「君は私に取っては特別だ。一緒に来ておくれ。もちろん、ゆっくり考えてほしい。君の意見は尊重するよ。ただ、私の意見も尊重してほしいんだ。酔狂で言っているわけじゃない。私は本気だよ。君が欲しい」



「……分かった。分かったよ」


「フフ。良い子だね」


 私は余韻を残して手を離した。


 そのままエリクセンと別れ、今度こそ宿に戻った。


 私は役者ではなく脚本家であるから、ある種のファム・ファタルを演じることに、些かの抵抗感を覚えるのだけど、適役かどうかで言えば適役なのだから如何ともし難くある。


 ただ有利になることがあるのであれば、私のこの容姿も利用していくべきなのだ。物語を生み出すためならば、その分岐点になろう。私は確かな手ごたえとともに、筆を握りしめた。

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