ようこそ。私の庭へ

 その瞬間、岩壁の世界が緑に染まった。


 地面が草花で生い茂り、無数の蔦や枝が躍り出る。根が大地を割き、木が天を衝く。それらは人の背丈を優に超え、景色を覆いつくした。私は足元に出来た切り株に腰を下ろした。鉄血戦線はその足を止める。困惑の声、あるいは悲鳴が響き、私はそれを足を組みながら眺め、小さく息を吐いた。


「ようこそ。私の庭へ」


 彼らは地を這いまわる根に足を取られ、陽気な蔓が腕を取る。胃液を溢している食虫植物は誰かの頭を咥えこんだ。茨は棘をまき散らしながら気が狂っている。引っ込み思案な蕾は、思春期特有の毒を吐き、頑固者の大樹は枝を鞭のようにしならせながら、屁理屈をこねた。忠義の心を持つ草花は、鎧のように私の周りを囲んだ。


 鉄血戦線はほとんど壊滅的だ。エリクセンは迫りくる植物たちを切り裂き、今もなお私を睨んでいる。


 凄まじい気迫だ。確かにそれほど硬度のない植物は簡単に切れる。恐らくは大剣を軽くしている。そうすることで辛うじて間に合わせている。ただエリクセンはまだ分かっていない。


 このひとときは私の匙加減であることを。ここは私の世界であるということを。暫くすると、エリクセンの肩を棘が穿った。体制を崩した瞬間に足元を根が這いあがる。蔦は両腕を縛り上げ、蔓は鋭利な切っ先をその喉元に向けた。


 エリクセン以外は既に、戦闘不能になっている。私の記述詠唱は、前もって紙に記しておくことで、略式詠唱と同じ速度でより強力な魔術を行使できる。


「申し訳ないとは思ってる。ただ、これが質だよ」


 つるし上げられたエリクセンを見上げ、私は言った。


「……これが魔術だというのか」


「内緒にしておくれ。奥の手の一つだ」


「ふざけるなよ、魔術士め。だが、強すぎる」


「魔術士は想定することを是とする。多勢に無勢は考慮済みなんだ」


「そんな話ではない。お前は何かがおかしい。これは本当に魔術なのか?」


「もちろんだよ。これは魔術だし、私は魔術士だ。確かに少しだけ大掛かりかもしれないけどね。想像の範囲内さ」


「これほどの力が……」


 エリクセンは項垂れ、見るからに戦意を喪失していた。もう少し奮起すると思っていたけど目測は誤りだったようだ。しかし、それも英断である。彼はやはり敏く、優れた感覚の持ち主だった。


「私は君だけを必要としている。これを以てお互いの関係が断絶されてしまったというのであれば、それも仕方がないと思っている。ただ、君の仲間は必要ない。これは絶対だし、間違いがない事実だ。私と組みたければ、君一人で来るんだ。何度でも言うよ、一人で来たまえ。何かを失う覚悟を持ったものだけが、果てのない修羅の道を、希望のない冒険の旅を、あらゆる終幕を歩くことが出来る。私とともに見届けようとも。あらゆる物語を。輝かしき、新たな歴史を」


 私は踵を返した。


「回復薬を買い込んでおいて良かった。私からのせめてもの罪滅ぼしだ」

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