ふふん

 店内の雑貨も色々見て回った。


 そのあとは冒険者組合に立ち寄った。一番最初の時に言われていたマニュアルを確認しておく必要があったからだ。


 なんやかんやと書庫に行っていなかった。中に入ると色々な方向から視線が突き刺さる。私は元々衆目しゅうもくを集めるたちではあるけど、今日は二割増しだ。恐らく恰好の所為だろう。


 汚れてもいいような服や皮鎧、はては金属の全身鎧の者までいるような場所では浮いて当然だった。マリーは今日も無表情で受付業務に励んでいた。ふと視線があったけど何を考えているのかよく分からなかった。


 冒険者証を見せ、書庫へと入る。確かに本がいっぱい並んであった。しかし、あるのは資料がほとんどだ。魔物の生態を事細かに書いたもの、周辺の地図や構造、魔境について、魔宮について、天恵について、あるいは武術の心得が記されたものまである。


 冒険者たちの生存率が少しでも上がるようにと、涙ぐましい組合の努力の一つだろう。ただ、荒くれ者の多い冒険者は、こういうのを読まない方が多いらしい。私を欲して知り合った者たちは、どちらかというと周到な部類だった。もちろん中には粗野そやな者もいたわけだけど。


 私はフローレス周辺の地図を取り出した。東門の先に広がる群狼の森を始めとする大森林群は、先に進めば進むほど未開の地である。森という閉鎖的で見通しの悪い環境であるため、それほど開拓が進んでいないのだ。


 一方で西門の方は『黄昏の荒野』という岩壁地帯が広がっている。そして北や南もまたそうした魔境があるわけだ。冒険者たちはこの魔境の開拓と、そして魔境の中に存在している魔宮の踏破を主な目的としている。もちろん、住人や組合の依頼を受けるのも本題ではあるのだけど、冒険者には夢があるとされる理由は主に前述の方だ。魔宮には金銀財宝が眠っている。


 その内魔宮も見てみたいものだ。資料によると、果てしなく地下へと進んでいくらしい。どういう原理で存在しているのかも分かっていない。そんなもの、浪漫がありすぎるにもほどがある。そこにはきっと、私の追い求める物語がたくさんころがっているのだ。


 マニュアルには様々な項目が書かれてあった。


 読むことに慣れた私は問題ないけど、こんなものをただの力自慢が読むわけがなかった。冒険者生命にかかわることも書いてあるわけだけど、ただ度が過ぎなければ起こりえないことでもある。読まないを前提として、冒険者にふさわしくない人物をふるいにかけているのかもしれない。その結果人が死んだあとなら、本末転倒な気もするけど。


 冒険者組合を出る頃には空が茜色になっていた。


 カウンターにマリーの姿がなかったから仕事が終わったのだろうと思っていると、組合を出てから少し進んだところでマリーの後ろ姿を見つけた。声をかけようとしたところで、一人ではないことに気が付いた。


 冒険者の男だ。剣を持つから戦士だろう。浅黒い肌と無造作なひげがある。少し奇妙に思って近づいてみると、何やら口論をしているようだった。いや、男の方が一方的にまくしたてるような感じだ。


 知り合い同士なのだろうか。ある意味冒険者と組合職員だから、知り合いではあるだろうけど、この場合はプライベートでも関わり合う間柄なのだろうか、ということだ。とてもそうには見えなかった。


「ねえ。どうしたの」


 兎に角、道の往来は邪魔になる。私が歩み寄って声を掛けると、二人はハッとしたようにこっちを向いた。


「なんだあ、おまえ」


 言い募っていた冒険者の男が言った。


「キキョウ様」


 マリーも少し驚いているようだった。


「今日は組合の書庫を使わせて貰っててさ。マリーにちゃんとマニュアルを読むようにって言われたから読んできたんだ」


「左様ですか。それは良い心がけですね」


「でもあれは読まないよ。冒険者は読まない」


「そうですね。そこは問題になっているらしく、今改訂版が作られているそうです。もっと分かりやすくするために、差し絵なども入れるそうですよ」


「そりゃいいね。もし改訂版が出来たら教えてよ。この私が直々に採点してあげる」


「分かりました。多分そんな簡単には出来ませんけど」


「それじゃあ気長に待つとするさ」


 私は肩を竦めた。


「ところで、このうるさい男は誰かしら?」



 私たちが話している間も喚いていた男を指さした。


「第七級冒険者のレッケルです。交際を申し込まれたのでお断りしました」


「そうなんだ。断られたなら潔く身を引いた方が良いと思うけど」


「うるせえ」


 レッケルは吠えるように言った。


「まだ終わってねえ。マリーは俺のことが好きなはずだ。道の真ん中で話をしたから、恥ずかしがっただけだよな。俺が悪かったから、人が来ない場所でもう一度伝えさせてくれ。そうしたらお前も受け入れてくれるはずだ。ずっと俺にだけ優しかったんだ。表情の変わらないお前が、俺にだけ笑いかけてくれただろ」


「記憶にありません」


「いいや、そのはずだ。お前は笑っていた」


「私は笑えませんから」


「と、兎に角、一度俺の宿に来いよ。そこで話そうぜ」


 レッケルが腕を伸ばすと、マリーは身体を引いてそれを躱した。私はやれやれと心の中で思った。大の男がこの体たらくではラヴ・ロマンスにも成りはしない。女ごころが分かっていない上に、余裕もなく、引き際も心得ていない。この私になんてつまらないものを見せてくれるんだ。


「これ以上付き合う必要はないよ。帰ろう、マリー」


 私はマリーの手を掴むと、さっさと歩き始めた。「待ってくれ」とレッケルは叫んだ。「これ以上は大事になるよ」と軽く脅迫きょうはくすると、その場でたたらを踏んでいた。


 彼は周囲の視線に晒されていることに気が付く。追ってくる度胸もないようだった。すべてが中途半端。登場人物としては及第点もあげられなかった。私たちはレッケルが見えなくなるところまで無言で歩き続けた。レッケルの背中には、が張り付いている。


「災難だったね」


「いえ、ありがとうございます」


「レッケルだっけ。彼とは仲が良いの?」


「特には。私の所に必ず来るので名前は憶えている、くらいの」


「要するに店員と客の関係を逸脱している訳じゃないんだね。一方的な妄想で両想いと勘違いしたって感じかな。釣り合いが取れていないのが分からないんだろうね。私はああいう手合いが結構嫌いだよ。別に容姿の優劣を付けたい訳じゃないんだ。ただ歩んでいる人生に差が在りすぎる。君に彼は相応しくない」


「私にそういうのは、よく分からないので」


「恋愛したことないの?」


「ありません」


「まあ、それもいいね。恋愛は煩わしいから」


 私だってそれなりの苦労を重ねている。好意はありがたいけど、同時に腹立たしい気持ちになる。何故了承してもらえると思えるのだろう。恋愛とはもっと衝撃的なものでなくてはならないのだ。私がそれを切り捨ててしまうと、それこそ思い描いている世界が損なわれてしまうような気がするのである。


「ただ、気を付けた方がいいよ。少し危ない目をしていたから」


「そうですね。気を付けます」


 良い休日に、少し水を差された気分になった。


 マリーの背中には、が張り付いている。


「あの」


 別れ際にマリーが言った。


「そのお洋服、すごくかわいいですね」


「ふふん。そうだろうとも」

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