28

 私と友人と彼女はテスト前最後の根を詰めるため、図書室に訪れていた。もう夏休み前にもなると空調のきいている部屋を求めてなのか特進、進学組の生徒の証である青と白のチェックのネクタイをつけている人がちらほらと見える。ううん、塾通いが多いからあまり利用しているところを見たことなかったけど、なぜ今日に限ってこんなにいるんだろうか。

 自分の秘密基地を荒らされているような、そんな感覚でちょっと居心地が悪く感じるが図書室は学校の生徒全員が平等に使える施設だし、しょうがないといえばしょうがない……。みんな塾の自習室使えばいいのに、と思ってしまう身勝手はお許し頂きたい。

 いつもより少しピリピリとした空気で友人と並んで勉強をする。わからないところを懇切丁寧に解説頂き、理解を深めていく。感謝感謝です、本当に頭があがらない。

 いつもとは違い、真面目モードの友人。様子を伺ってみれば、テスト範囲とは違うところを勉強していた。


「ほまちゃんテスト勉強じゃないの?」


「んー? テストの範囲はもうパーペキだから、先の範囲をちょっとまとめてる」


 なんて私と話しながらでもペンは止まらない。さすが余念がない。

 それとは逆に彼女のほうはどうだろう。普通科のほうでも期末テストだったと思うんだけど、将棋部の彼とお話していて、勉強には手を付けていないようだ。部活動はないようだが、今日の彼は個人的にきているらしい。

 だがそれでも時間は過ぎていくもので、あっという間に下校間近になった。


「ヒロ、テストいけそう?」


「うん、ほまちゃんのおかげで大丈夫そう! 今回は二位取れるといいんだけど」


「なんで一位じゃないの?」


「さすがに師匠は越せません」


 ペコリと頭を下げる。


「師匠にとって弟子が自分を超えてくれることこそが一番の恩返しなんだけどなぁ」


 なんていいつつ、意地悪な笑みを浮かべているということはそう簡単に抜かされるつもりはないということだろう。

 身体をぐーっと伸ばし、気持ちを切り替え勉強道具を片付けはじめる。


「そういえばヒロは学校の夏期講習は参加するの?」


「うん、行こうと思ってるよ。家での勉強より、捗ると思って」


「そうなんだ……うーん、やっぱりあたしも参加しようかなー」


「え? 部活は大丈夫なの? 弓道部は夏休みは休み?」


「そうなんだよねー、弓道部バリバリ活動するんだよ……だから悩んでる」


 うーん、と難しそうな表情を浮かべつつ友人も勉強道具を片していく。勉学を取るか、青春を取るか……といったところだろうか。

 勉強道具をしまう数秒、悩んでいたかと思えばぱっと表情を明るくさせる。


「ま、でもそんなことは明日の私に任せてっと。ねえ、ヒロ!」


 勉強道具をしまい終わった友人は目を輝かせて、私の顔をじっと見る。この顔、友人が変なことを言い出すときの顔だ。

 嫌な予感しかしなかったが、どうにもこういうときの予感は当たるものでやるせない。


「夏休みさープール行こうよ!」


「えーいかないよぉ」


「スライダーで滑りたいよー流れるプールもあるよー行こうよー」


 それは私じゃなくて、中学の同級生とか誘った方が確実に楽しいのでは。


「水着とかないし……」


「それは一緒に買いに行けば……あーでもなーヒロにはサプライズで見せたいなー」


 なんてもう行くことが確定しているかのように、あーでもないこーでもないとくねくねしながら一人の世界に没入していってしまった。

 どう断ろう、なんて考えていると奥から彼女と将棋部の彼がやってくる。


「ヒロム、誉さん、勉強お疲れ様。ねぇ、なんの話してたの?」


「……絶対アンタには教えない」


「えー! なによそれー! ヒロム、なんかあった?」


「ほまちゃんが夏休みにプール行きたいんだって。二人で一緒にいってきたら?」


 隠すことでもないので、あっさりとばらすと友人はほっぺを膨らませて不満そうな表情でじっと見てくる。

 幼児体型が一緒にいるより、スタイルのいい二人が一緒にいったほうが映える……映える? 映えちゃったら……注目、されるよな。

 それはなんか面白くないなと思っていると彼女からも不満の声があがる。


「いいじゃない、ヒロムも一緒にみんなで行きましょうよ」


「……そうだね、そこでどっかの誰かさんの水着姿を妄想しているむっつり秀くんにも一緒にきてもらってね?」


 今までまったくの蚊帳の外で何かを思案している様子の彼に飛び火してった。図星だったのか友人の言葉に咳き込んでいる。


「ばっ……! そ、そんなことか、かか考えてなどいない!」


「うわーわかりやすー。まあそれはどうでもいいんだけど、くるよね?」


「む……あ、秋と梛木がいいならお願いしたい」


「私は全然いいわよ」


 なんかもういかないとか言えない雰囲気になってる。

 何もわかっていない彼女と、そんな彼女の顔を見れず赤くなっている彼。そして策士の友人。何も起きないはずもなくなメンツでかなり不安だが、行くしかないんだろう。


「そ、そうだね、じゃあみんなで行こっか……」


 友人の作戦になすすべもなく敗北し、白旗をあげた。

 こんな感じですったもんだありながらも、友人たちと別れお決まりの彼女との帰り道。


「ねえ、ヒロムってどういう水着が好き?」


「うーん、私は幼児体型だから布面積が多いものにしようかなと」


「それはいいと思うんだけど……そうじゃなくて、その、私に着て欲しいもの、とか……?」


 えっ……今まで女性の水着姿をそういう目でみたことないから、なんて答えていいかわからない……。

 そもそもプールって学校の授業くらいでしか入ったことないから、知ってる水着といえばスクール水着くらいだ。あとは中学生の時、友人たちが雑誌で見ていた水着をちらっと目にしたくらい、内容はあまり覚えていない。

 私が悩み、答えあぐねていると彼女はしょんぼりといった様子で落ち込む。


「やっぱり私、誉さんみたいに魅力ないからかな……」


 さりげなくなんてとんでもないことを言うんだ。


「あの、さ。何か誤解してない?」


「なにが?」


「私、ほまちゃんのことは大事な幼馴染としか思ってないよ? そりゃ色々できて自慢の幼馴染だとは思うけど」


「でも誉さんって美人だし、可愛いし頭もいいしスタイルもいいし運動もできるし……」


 わぁ、こうやって聞くと私の幼馴染って超高スペックだ。


「ほまちゃんが色々優れているのと秋ちゃんにほまちゃんみたいな魅力がないことって、なにか関係あるの?」


「身近にそういう人がいるから、あまり私に興味ないのかなって」


 うーん、まいったな。こういうのは伝え方を間違えるとこじれてしまいそうだけど、私が素直に思っていることを伝えるしかなさそうだ。

 不安そうな彼女にできるだけ優しく声をかける。


「私が特進科なのはわかるよね?」


「……うん」


「正直にいうけど恋愛と勉強、どっちが大切かって聞かれたら私は勉強なんだ」


「う、……うん……」


 ぐすっと涙をこらえているような声が聞こえる。それでも今は大丈夫かと声をかけるよりも、素直に自分の心を話そう。


「勉強は絶対、続けなきゃならないから。それでもさ、勉強の合間を縫ってでも秋ちゃんと一緒にいたいって……今は、思う、よ……?」


「え……」


「なんていえばいいんだろう……難しいね。なんかごめんね、あはは……」


 恥ずかしくて顔が見れない。なんか偉そうなことをいってしまったような、傲慢じゃないかと途中で思ってしまって言葉が尻すぼみになってしまった。

 そもそも自分に魅力が――って悩んでいる人間にかける言葉ではなかったような……。


「嬉しい……」


 想像もしてなかった言葉が返ってきた。

 驚いて思わず、彼女のほうを向くと頬を赤らめて少し目を細めて前を見据えている。そんな表情に彼女に触れてもいないのになぜか胸が熱くなって。きっと夏のせいではないだろう。


「ヒロムが勉強をずっと頑張ってたのは、知ってるわ。……見てたから。だから、その大事な時間の中にいれてもらえたことがすごく……嬉しい」


「あ、う……うん」


 こんなむずがゆい思いをするくらいなら、適当に好みの水着をスクール水着とでも答えておけばよかったか……とでも思ったけど、彼女がスクール水着をきてプールにいくより私が今こうして茹蛸になっている方がマシだろうと無理やり納得させる。

 彼女と家の前で別れても尚、中々鎮まらない熱に冷水のシャワーを浴びて頭を冷やした。勉強は捗らなかった。

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