10
図書室を出て弓道場へと向かう。あたりは部活の生徒たちで賑わっている。だが、弓道場に近づくにつれその喧騒から別世界にあるみたいに静寂が訪れていた。
私はそんな静寂な世界になるべく水をささぬよう、そっと世界への扉をあける。薄く開かれたドアの隙間から、友人が見えた。ちょうど弓を構えているところだ。いつものおちゃらけた様子の友人とは違い、静謐な雰囲気を纏いまるでその空間を支配しているかのようなそんな様子だ。
息をするのも忘れるくらいの雰囲気の中、友人は矢を放つ。見事ド真ん中を射抜いてみせた。私は思わず扉をあけ、友人に駆け寄っていってしまった。
「すごい、ほまちゃんすごい!」
「……うぇ!? え、ヒロ?! どうしてここに?!」
途端に友人の雰囲気がいつものおちゃらけた感じへと変貌する。
「今日はちょっと勉強がはかどらなかったからついきちゃった」
てへぺろ、って感じで誤魔化してはみたが、果たして。
友人は下を向いてぷるぷるしながらうつむいている。
「それは可愛すぎるよヒロー!」
弓道衣にも構わず、友人は抱き着いてきた。アリだったらしい。
そんな私たちの様子に今までぽかんとしていた他の部員たちが寄ってくる。
「あの、すいません、部外者は……」
「わ、すみません。勝手に入っちゃって」
慌てて友人の抱擁を解く。
「いいじゃない、見学してってもらえば」
小柄な中年の女性がニコニコと近づいてくる。すべてを受け入れてくれそうな、そんなオーラを感じる。
「誉さんはどう?」
「え?」
「彼女がいて大丈夫?」
「私は全然大丈夫ですっ!」
と、意気込む友人。私は後方の離れたところから見学をすることになった。
すると先ほどのコーチ? の方が私の隣に来る。
「あなたは誉さんの友達?」
「はい、小さいころから仲が良くて」
「そうなのね。彼女がいつも話してるのはあなたのことなのね」
「え?」
「ヒロがーヒロがーっていつも話聞いてたわ。てっきり付き合ってる子のことだと思ってたんだけど……」
「ほまちゃ……誉ちゃんは私のこと大げさにいいすぎなんですよ」
「私は貴女と話してみて、そんなことはないと思ったけどね。あ、ほら誉さんの番よ」
こんな短時間の会話で私のことがわかるのだろうか――と疑問は残るが今は友人の活躍を見る方が先だ。
先ほどみたいに見事真ん中を射って、今度も凛とした雰囲気で戻ってくるのだろうか――と大層期待してみていたのだが、打って変わって的から外している。当たっていても、中心からは離れた場所で、中心を見事射抜いていたのは嘘だったのかと思うくらい。
「あれ……どうしたのかな」
「心が乱れたのでしょうね」
「ほまちゃんのことだから、晩御飯のことでも考えてたのかな……?」
「そうかもしれないわね」
恐らくコーチの方はふふっと優しく笑う。友人の練習風景を見つつ、コーチの方に部活の時の様子を教えてもらった。知っている一面、知らない一面、友人のことを知れた。
友人の番が終わったのか、慌ててかけよってくる。
「先生、ヒロに変なこといってないですよね?!」
「何もいってませんよ。貴女のありのままの姿をお話ししてただけ」
「もー! それが変なことだったらどうするんですかー!」
顔は真っ赤にして、コーチの方をぽかぽかとたたいている。随分と気を許しているようだ。友人が気を許してるところをみるのはなかなか珍しい。
それにしても、やっぱりというかなんというか。
「ほまちゃん、弓道衣やっぱり似合うね。素敵だよ」
「ふぇ……」
友人が別世界にいっている。どうしたんだろう?
「あ、あのたまに誉ちゃんの部活の様子、見に来てもいいですか?」
「かまいませんよ。またいつでもいらして」
「ありがとうございます!」
コーチにぺこりと頭を下げる。ここは静かで正直落ち着く。たまに矢が的を射る音も心地よい。
高校生活はまったく部活動に縁がないだろうなと思っていたけど、意外なところで縁ができた。将棋部はいくかわからないけど、弓道部はきてもいいかもしれない。
そろそろ日も傾いてきたころ合いで、コーチの方が声をかける。各々片付け始めた。
「私も手伝います」
「ヒロはいいよ、待ってて!」
ちゃかちゃかちゃかちゃか高速で友人は片付けをしている。うん、なんか分身して見えるのは気のせいなんだろうな。
無事片付けも終わり、解散という流れだ。外に出ると少し暗くなりかけている。
「いやーごめんね待たせちゃって」
「こちらこそ、突然いってごめんね」
「来てくれるのはいいんだけど、恥ずかしいところ見せちゃったな……」
「私がきたせいで、気が散っちゃったんならごめんね」
「いや、その……それは大丈夫、ハハ」
なんとなく、歯切れが悪い友人。
「いや、あの先生がさ。弓道は恋のようだ、的は相手、矢は自分の気持ち……なんていうから」
「へー。ほまちゃんなら一発で射抜いちゃいそうなのにね」
「そう、思う?」
「だってさー高校入ってまだ一か月くらいなのに、告白されてるじゃん? その中にいいなって思う人、いないの?」
「いるわけないよ、だって――」
何かを言いかけて、苦虫をかみつぶしたような顔をする。言いたいけど、言えない。そんな雰囲気を感じ取れた。
「まだ高校生活始まったばかりだもんねー。急ぐことはない、よね」
半ば自分に言い聞かせる。何回でも言い聞かせるんだ。結果を急ぐことはないんだ。
なんとなく、気まずくなる。友人の地雷を踏んでしまったのかな。
「とりあえず今はまだいいかなーって思うんだ。恋人とかは」
「そうなんだ?」
「興味ありそうに見える?」
「うーん。ほまちゃんってこんなに素敵なのにまったくそういう噂を聞かないから……」
「うん」
「あ、逆に興味ないのか。今は部活動が恋人ーって感じ?」
「うん、まあ、そういうことにしておこう!」
「えーなにそれー!」
あはは、とお互い屈託なく笑いあう。友人とのこの距離感がいいんだ。
「逆にヒロのほうはー?」
「私は見ての通りだよ」
さすがに彼女に関してはいえなかった。
「でも恋をする、ってどんな感覚なんだろう?」
「その人のことばっかり考えるとか、その人のためになんでもしてあげたいとか、そばにいたいとか……じゃないかな?!」
友人が食い気味に答えてくる。まるで経験したことがあるみたいだ。
私の感じた熱の正体は……やっぱり恋ではなかったのだろうか。
「なんかさ、その人にだけ沸く感情……とかは恋なの?」
「それっと憎悪とか嫌悪とかにもよると思うけど……悪い感情じゃないなら、そうかも?」
うーん。と友人は悩む。気持ちの問題については明確な答えなんて存在しない。だから人は恋とか愛には悩むんだろうけど。
でも私は彼女に悪い感情を抱いているわけではない。だけど恋をしているか、好きかと問われれば答えは出ない。この間キスしそうになった時と、告白を受けたとき。その時々の熱は違ったような気がしたから。
「人の感情って難しいよね。ま、そんなことはさておき」
嫌な予感がする。
「今夜一緒に晩御飯、食べない?」
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