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 恋人としての時間を過ごしてきた。恋人とは、なんて検索してトップにでてきたサイトを見てみる。スキンシップの記事だ。

 手は……繋いだ? 握られた。これはクリアしたといえるだろう。ハグをする。これも私の家でした。クリア。一緒に出掛ける、いわゆるデートもした。次は――キスを、する。これまたいきなり難易度が高いな。

 キスか……。別に恥ずかしがってるとか嫌とかそういうわけではないんだが。ただ、粘膜の接触っていうのか、そういうのが少し苦手というか。というか、そもそも彼女はそういうことしたいのかな?

 なんて考えていたのは私だけではなかったらしい。

 

「キスしてもいい?」


「ほっぺならいいよ」


 むー、とほっぺを膨らませる彼女。

 恋人としての時間も過ごしてみたいと恥ずかしそうにいう彼女の提案を受け、誰もいない我が家に招きいれる。だが、触るのはいいけど触られるのはまだ受け入れるのが難しいことに受けてから気づいた。正直、一人の人間とここまで密な時間を過ごしたことは初めてだが、まだ粘膜の接触には抵抗がある。


「恋人としての時間って……そういうことなんだけど……」


「えっちしたいってことでしょ?」


「は、はっきりいわないで!」


 それに、ともにょもにょ言い出す。


「まだそんなに深いっていうか……えっちとかじゃなくて、キスとかハグとかそういうことでいいんだけど」


「ハグはもうしたじゃん。それにキスとかハグはえっちの前戯じゃないの?」


「だからそんなにはっきり言わないでよ!」


「粘膜じゃなかったら、いいんだけど。でもごめん、まだ排泄器官を口に含むのは抵抗がある。でも仮にその行為をクリアした後、その排泄器官を舐めた口でキスもすると思うから――」


「もういいわ! わかった、今日はそういう行為はやめましょう」


 彼女はぷりぷりしつつ、遠くにあるカバンを取ろうと四つん這いになる。おしりがこっちにむいており、なにか邪な感情が湧いて思わず触ってしまった。


「ひゃっ……え?」


「あー、ごめん」


 謝り私は立ち上がり、四つん這いになってる彼女を後ろから抱きしめる。そしてそのまま私の前に座らせる。今はバックハグをしているような状況。


「あったかいね、秋ちゃん」


「う、うん……」


 彼女の黒くてサラサラした髪の毛を掻き分け、首筋を露にする。青い血管がうっすら見える彼女の首筋はとても綺麗でなんだか甘い蜜のようで、吸い付きたくなる。吸血鬼はこういう気分になるのかな、と思いつつ優しく唇を這わせた。


「ひゃんっ?!」


 特別なことは何もしていない。ただ唇を首筋につけただけ。ここからどうすればいいか、とりあえず何ヶ所かに同様のことをする。ちゅ、と時折いやらしい音が出てる。相手からの抵抗はない。もっとしてもいいのだろうか? それとももうちょっと深いことをしてもいいのだろうか?

 手をこまねいていると彼女の左手が私の手に触れる。誘導するように、私の右手は彼女の左胸に辿り着りた。

 服越しだけど、確かに伝わる熱に心臓の鼓動。耳をすませばその音が聞こえるんじゃないかってくらい、激しく波を打っている。私も彼女につられてか、心臓の鼓動が早くなる。

 もっとこのまま彼女を感じていたい、触れたい、知りたい――

 そんな自分の欲望に気づかないほど私は興奮を覚えていた。彼女の心臓の鼓動を感じていた手を、もっと直接感じたい、と欲望のまま彼女の服の中に手を滑らせ――


「すすすストーップ!!たんまたんま!!」


 私の片手は彼女の両手に封じ込まれていた。


「どうしたの?」


「ここから先に進んでしまったら……私戻って来れなくなりそう……そうなったら、ヒロムの嫌なことしちゃうかもしれない……ごめんなさい」


「……いいんじゃない?」


「……え?」


 私は彼女の頬に触れるだけのキスをした。それが合図かのように、彼女はこちらを向く。目をつぶっている。初めて行う行為に、私の心臓も高鳴る。不思議と先ほど言っていた自分の発言が嘘かのように、彼女に吸い寄せられていく。

 このまま初の口づけとなるか……と思いきや、タイミング悪く彼女の携帯が鳴った。


「あっ……ご、ごめん」


「うん、大丈夫だよ。何かあったら困るから、早く出たら?」


 自分でも大人気ない対応をしてしまったと思う。

 彼女は電話に出るとうん、うん、と最初はなんともなさそうに電話をしていたが突然えっと驚くと私のほうを見た。大体察した。この流れはもう――

 わかった、としょぼくれた様子で電話を切る。


「ごめんなさい、ちょっと急いで帰らなきゃ」


「そっか。わかった」


「この埋め合わせは必ずするから!」


 埋め合わせ……おあずけの言葉に思わず唾をごくりと飲み込む。

 ごめん、と何度も謝る彼女を見送り一人部屋に帰る。途端、急激に熱が引いていくのがわかる。ちょっと急ぎすぎたかもしれない。

 雰囲気と勢いに任せて彼女を傷つけてしまうところだった。まさか自分があそこまで熱に侵されたみたいになるなんて。私が感じた熱の正体って――これ、じゃないよな……?

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