熱を感じて

湯尾

終わりの始まり

 中学校卒業式。小学校からの友人も中学からの友人も、大抵の人とはここで一時期の別れを実感させられる行事ではないだろうか。今生の別れでもないが、それぞれの未来へと一歩踏み出すため、だけどそれを惜しむかのようにたくさんの人達が涙を流している。

 式も終わり、しばらくはくることがないであろう学校の玄関で私はそんな感動の涙を流している友人の横でまた会えるじゃんとポジティブな言葉をかけ続けていた。


「そうだよね……ヒロとは高校も同じだもんね」


「そうそう。有咲ちゃんたちと離れるのは寂しいけど、いつでも会えるじゃん!」


 それを言わないでよぉと火に油を注いだような勢いでまた泣き出してしまった。私の制服は彼女の涙と鼻水で汚れてしまったが、今日限り一生着ることもないだろうし別にいいかと心の隅に留めておく。

 ごめんごめん、と友人を宥める私のところに一人の長い黒髪の女の子が近づいてきた。面識はないが、卒業証書を持っているところをみると私たちと同じく本日卒業した卒業生なのだろう。真剣な面持ちで私の方を睨みつけるかのように見てくる。


「梛木さん。ちょっとお話があるのだけど……お時間いただけるかしら?」


「う、うん? いいよ」


 同級生に話しかけるには少々独特な話し方をする彼女と困惑する私。

 その場から早く立ち去りたいのか、ただついてきてと一言付け加えて早足で私を置いていってしまった。

 突然の出来事に驚いたのか泣きやんだ友人にいってくるね、と伝え慌てて彼女の後を追った。どんどん人気のないところに向かっていっている。恐らく中学生になってから、一言も話したことがない彼女からなんの話しがあるのだろうと少し考えを巡らせてみたが、なにも思い浮かばない。

 やがて完全に人気ないところにつく。彼女も周りをキョロキョロと見渡して人がいないのを確認すると、私と向き合う。心無しか、先程とは違い瞳が揺れている。


「え、と……卒業おめでとう?」


 少しばかり訪れた沈黙に耐え切れず、彼女が口を開く前に自ら口火を切ってしまった。

 だが、困ったことにこのくらいしかかけられる言葉を思いつかなかった。

 そんな素っ頓狂な言葉しかでなかった私とは対照的に彼女の表情は真剣だ。だが彼女からの絞り出すような一言で、謝ることもできず逆に私が面を食らってしまう。


「好きです」


「……うん?」


 いや待て。


「突然で悪いと思ってる……けど……今日を逃したらもう会えないと思ったから……」


 話についていけない。

 卒業式に告白、なんていうベタなシチュエーション、彼女のベタなセリフ。相手が異性ならば、わからなくもないシチュエーションだ。だが、自分も彼女もスカートを履いているということは一応は女同士だ。ここにくるまでにさすがにそこまでは想定できなかった。


「一応聞くんだけど、何かの罰ゲームとか?」


「私がそんなことするわけないでしょう?!こ、告白なんて人生で初めてよ……!」


 いやそれは知らんけど。

 どうやら罰ゲームとかそういう類ではなく、告白らしい。


「そ、そうなんだ」


「え、ええ……」


 気まずい雰囲気が流れる。何秒とか、何分とか、きっとそういう単位でしか時間は流れてないはずなのに何時間にも感じられた。

 どうすればいいんだろう。

 彼女も困惑しているのかもじもじと私の方をチラと見る。


「えっと……それじゃあ」


「え?!待ってよ!」


 いたたまれなくて、この場を去る、もとい逃げようとしたが慌てた彼女に腕を掴まれる。その手は小さく震えていた。


「ご、ごめん」


 その手はすぐ離されたが、その部分が少し熱く感じるのは気のせいだろうか。


「返事が、欲しい……です」


「返事って好きって言葉の?」


「う、うん……」


「ほぼ初対面みたいなものだから、好きという言葉にはどう返していいかわからないけど」


 困り顔でそういうと、彼女は深く息を吸う。再び好きですという言葉と同じ、絞り出すような声で言葉を紡いでいく。

 その目は私をとらえて離そうとしない。そんな彼女に思わず釘付けになってしまう。


「付き合ってください」


 そういって彼女は頭を下げた。わずかに見える彼女の表情はとても強張っている。

 風が吹く。桜の花びらが舞う。春を感じさせるには十分だ。卒業式に告白というベタだけど特別なシチュエーションが、少しだけ私の熱をあげているのかもしれない。

 そんないつもと違う熱が、普段の私だったら考えられないような返答をだした。


「うん、いいよ」


「え?!」


「よろしくね」


「本当に……言ってる?」


「うん。さっきも言ったけど、ほぼ初対面だから好きとかはハッキリ言えないけど」


 じゃあなんで付き合うのか? とか無粋なことをいってきたらそのまま終わりにしようかとも終わったけど、彼女は出会ってから想像もした事の無い笑顔で、


「ありがとう」


 と、ただ一言だけいって私の手を握った。彼女の手はとても熱かった。私の氷のように冷たい手が溶かされていくみたいだ。

 反射的に握ってしまったらしくごめん、と私の手をすぐ離す。


「そ、それじゃあまたね」


 そういうと彼女は早足に去っていった。去り際に見えた表情はとても嬉しそうで、緩んでいるような表情だった。

 またね、とは次いつになるのだろうか。私は彼女の連絡先は愚か、名前すらわからないのだが。

 まぁ名前は帰って卒業アルバムで調べればいっかと呑気に考え、私も友人のところに戻ることにする。足取りは来るときより軽いような気がした。


「なんの話しだったの?」


「卒業式なんで遅刻したの? って聞かれただけ」


「そうなんだ。そういえばなんで遅刻したの?」


「また寝坊しちゃってさー」


「えー! 最後までヒロらしいね」


 あははは、と笑い合う私たち。

 そういえば、と友人は何かを思い出したようだ。


「さっきの子、私たちと同じ高校なのかな?」


「んん? そうなの?」


「合格発表の時にいた気がする。普通科だったけど」


「そうなんだ」


「一緒に見に行こうって誘ったのにヒロがこないから」


「ネットで見れる時代にわざわざ行かなくても」


「相変わらず情緒がないなもう!」


「あはは!」


 むーっと頬を膨らませる友人に対して、笑って誤魔化すことしかできなかった。

 こんな感じでごく普通に終わるはずだった中学の卒業式はほんの少しのアクシデントがありつつも、無事終了した。

 家に帰った私はもらったばかりの卒業アルバムで彼女の名前だけ確認する。それにしても卒業アルバムって、あとはただ埃をかぶるのみだと思ってたけどこんな使い道もあったんだね。

 今だにほんのり手に残る彼女の熱に違和感を感じつつも、眠りについた。

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