6.味噌

誰なのか。

でも、誰かに見られたくないのは、間違いない。

年格好から、村井副市長では、無いらしい。


扶川刑事が、今、注視しているのは、長江副市長のようだ。


弘君が、あの交差点から、自動車整備工場へ抜けている農道を往復した話しをした。


農道の途中で、年配の男と、三十歳代半ばくらいの女性が、待避所で、畑の方を向いて立っていた。


弘君が、その待避所で、年配の男と立っていたのは「いずみ」の三村ママだった。と云った。


「ええ!」

扶川刑事が驚いた。

そりゃ、驚くだろう。

扶川刑事は、三村ママの証言を確認していたのだ。

三村ママに、誰も張り付いて居ない方が不思議だ。


ずっと、田畑の広がった所だ。

あれだけ、見晴らしの良い場所で、近くに人が居れば、すぐに分かる。


誰も、見えなかったという事は、扶川刑事が、三村ママに張り付いて居なかった。

と。いう事だ。


扶川刑事と坂東刑事も「肉一」の事件現場に、来ていなかった。

連絡を受けて、あれ程、慌てていたのに。


それでは、何故、慌てていたのか。

おそらく、村井副市長の実家、「村井屋」と「肉一」の絡みからだろう。


一旦、容疑者から消えていた。

もしかすると、「肉」繋がりで、再度、浮上する可能性がある。


しかし「肉一」に扶川刑事は、来ていない。

いや、厳密には、見付けられなかった。

もし、来て居なかったとすると。

理由は、分からない。


来ていないとすると、事故現場の交差点付近か、剣山だろう。


それで、弘君が、千景を連れて、あの交差点へ行った。

でも、扶川刑事と坂東刑事は、来ていかった。

それで、アーケード通りへ来た。


待避所に居た女性が「いずみ」のオーナー、三村依里江だと、何故分かったのか。

理由を説明した。


待避所に居た、女性の服装と似ていた。

顔を確認したが、似ていると思った。


その時、扶川刑事が、口を挟んだ。

「まじまじと見たん、ですか」

少し驚いている。


弘君は、その女性が運転する車が、後ろから近付いて来るのを確認した。


その女性も、その道で、弘君と千景を見ている。

そして、また、アーケード通りの、店の前で会ったのだから。


もし、三村ママが、事件に関わっていたとすると。

周囲に、注意をしている筈だ。


同じ二人連れと、別の場所で会えば、不審に思われるとは、思わなかったのか。

と、詰るように云った。


弘君が説明した。

だから、三村さんと、顔を合わせない様にした。


「いずみ」の向いの店の商品棚を見ている体で、女性の顔を確認した。

その女性が、あの道で会った女性だと確認した。

と説明した。


「成程」

と云って、扶川刑事は、安心したようだ。

そして、また、尋ねた。


「店の向い、何の店か、覚えてるかな」

扶川刑事が、皮肉っぽく尋ねた。


千景は、覚えていない。

弘君が「味噌屋やったと、思う」

と答えた。


扶川刑事が、皮肉っぽく、しかし、今度は口角を上げて笑った。

味噌を一生懸命、見定める父娘。

「どんな風に、写ったんやろなぁ」

扶川刑事が今度は、嘲る様に笑った。


しかし、味噌を選ぶ、父娘だって、世間には居るだろう。

似合うか、似合わないか、だけだ。


皮肉られても、弘君の表情は、変わらない。

更に、説明を続けた。


問題は、三村さんと一緒に居た、年配の男性だ。


三村さんの運転する車と、弘君も、すれ違っている。

三村さんが運転する車は、あの待避所に停めていた車だ。


弘君は、車を運転する三村さんを見ている。

しかし、助手席の人物を見えてなかったようだ。


千景は、すれ違う車の、助手席側に立っていた。

助手席側のドアに阻まれて、助手席の下部は、見えにくい。


それでも、助手席に、人が屈んで座っているのを見ている。

グローブボードに隠れるように、頭を下げている人物を見ている。


千景は、扶川刑事に話した。

すると、扶川刑事が尋ねた。

その男の容姿、身形を記憶しているか、

と云う。


顔は、見えなかった。

だから、メガネや、髭といった特徴は、確認できなかった。

髪は白髪混じり。


白の長袖のカッターシャツ。

ネクタイは絞めていなかった。

シャツの袖を捲っていた。

ライトグレーで無地のスラックス。

靴は見えなかったので、分からない。


しかし、スーツ姿の上着を脱いで、ネクタイを外したスタイルが想像出来た。

もしかすると、クールビズの期間なのかもしれない。


だから、靴は、革靴だと思う。

それが、普段着のような、着こなしだった。


つまり、普段、スーツを着て仕事をしている。

仕事の途中に、抜け出した。

と、思う。

千景は、一気に説明した。


坂東刑事が目を見張って、扶川刑事を見て、驚いている。

扶川刑事が、坂東刑事に苦笑いして頷いた。

しかし、すぐに、弘君の方へ目を向けた。


誰か助手席に居たとすれば、当然、三村さんと一緒に居た、年配の男に間違いない。


車をやり過ごしてから、三村さんと男が居た待避所を見た。

その待避所には、誰も居なかった。


「それで、何で、肉一へ、行かんかったんやろかなぁ?」

弘君が、扶川刑事に尋ねた。


「それは、捜査上の秘密や」

ど云った。


「そしたら、儂の想像した事が、合っているか、どうか、だけ」

教えてくれと、弘君が食い下がった。


扶川刑事が、折れたようだ。

弘君を見て、首を縦に振った。


つまり、扶川刑事が、三村ママに注視していないということだ。

そして、弘君は、その点を確認した。


扶川刑事が答えた。

県警本部が関与すれば、捜査員を増員出来る。

しかし、森北の事件は光宗署に捜査本部がある。


とても、三村ママ一人に、刑事を張り付ける余裕はない。

それでも、注視はしている。


本当に、森北が行方不明になった日に、「いずみ」に来ていなかったのか。

店に、来ていたという客、全員に、確認はしている。

来ていた客の証言も、三村ママの証言と一致している。


しかし、その日、客が帰った後のことは、当然だが、帰って行った客には分からない。

三村ママしか、知らない事だ。

森北が、店を訪れていないという、確証は無い。


森北が行方不明になった状況については、今、別の班で捜査進んでいる。

捜査状況に付いては、明かせない。


扶川刑事と坂東刑事が、村井副市長に付いて、別の事件で、名前が浮上している。

と漏らした。

しかし、こちらは県警本部が捜査している。


それで、扶川刑事と坂東刑事は、長江副市長に注視していた。

しかし、今日一日、ずっと市役所に詰めていた。

そして、自宅へ帰った。

今、現在も、自宅から外出はしていない。


「えっ」

今度は、弘君が驚いた。

意外だったようだ。


「長江副市長やないんかぁ」

弘君は、あの待避所にいた男を長江副市長だと思っていたようだ。


交差点の事故も、今回の待避所でも、助手席の男の顔が、見えていない。

と云っても、弘君と千景は、顔をみても、誰だか分からないのだが。


助手席の男の顔が見えない。

と云うのが、そこが、味噌なんだがなぁ。

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