1.展開
結局、扶川刑事の、この捜査協力の依頼とは、何の事だろう。
始めっから、勢い込んで「スーパー村井屋」と、村井副市長の経歴を話し始めた。
ただ、万引の疑いがある中学生と会話をしていたのが、村井副市長だったからなのだけど。
それから、光宗市役所に関連する人物の経歴を聞かされた。
森北の殺人事件と、何か関係があるのか。
それにしても、説明が長い。
確かに、県外の弘にとっては、知り得るのに時間が掛かる。内容だろうが。
その内容についても、光宗市民にとって、ある程度、認知されている事柄だろう。
だから、人物の品定め、くらいの内容だ。
勿論、捜査内容や状況を喋る筈も無いのだが。
また、期待もしていなかったが、もう少し、突っ込んだ、情報が得られると思っていた。
全くの期待外れ。
どうにも、釈然としない。
扶川刑事は、つまり、まだ、なにも掴んで居ないという事かもしれない。
何となく、市役所関連の人物に付いて、話しをしていた。
弘に話しながら、扶川刑事は、事件を整理していたのかもしれない。
もしかすると、捜査協力という名目だけなのか。
弘の行動を制限する事が、目的かもしれない。
更に、少し怖い事も云った。
弘に、いくら事件に関わるな。と云っても、関わるのだろう。
どんなに、事件現場に立ち入るな、と警告しても、聞き入れないだろう。
だから、黙認する。
ただし、毎日、十二時から十三時くらいまでに、弘が得た情報を扶川刑事に、伝えるように云われた。
その代り、弘の知りたい情報に付いては、扶川刑事が、答えられる範囲で教える。
と云う事だ。
どうも、不公平なような気がする。
これだと、やはり、従来と何等、変わる事が、無いように思う。
まあ、公然と事件現場をうろちょろ出来る。
それと、扶川刑事に、軟禁状態にされる事がなくなる。
ただ、そうなると、危険な事に、遭遇する可能性もある。
勿論、自己責任と云えば、それまでだ。
しかし、少しでも、危険を回避しなければ、警察官としての使命を果たせない。
だから、万一、危険な状況に遭遇した場合は、この緊急連絡先に一報入れる事を約束しろ、との事だった。
そして、弘に、その連絡先を教えた。
ワンプッシュで繋がるようにする。
と云って、弘のスマホに連絡先の登録を始めた。
が、どうやら、登録の仕方が、分からないようだ。
千景が、弘のスマホを横取りして、登録した。
「分かっているやろけど、絶対に娘さん。いや、千景さんを危険な目に、合わしたらいかんで」
扶川刑事が念押しした。
なんだか、説教されているみたいだ。
その時。
スマホの着信音。
扶川刑事が電話に出た。
「えっ!ニクイチ?」
慌てた様子だ。
すぐに、電話を切った。
そして、坂東刑事に囁く様な小声で云った。
「肉一の社長が殺された」
ええっ!
どういう事?
坂東刑事も慌てた。
どうせ、すぐにニュースて報道されるからと、扶川刑事が弘に教えた。
「肉一」という、食肉卸の社長が殺されたようだ。
駆けるように、扶川刑事と坂東刑事は、店から出て行った。
ネットを検索しても、まだニュースは流れていない。
千景もスマホと、にらめっこしている。
そして、弘の方を見ると、首を横に振った。
まだ、ニュースは、流れていないという仕草だ。
弘は、それでも、ネット情報に目を通した。
すると「肉一」に付いての、概要が確認出来た。
地元の業者で、ブランド牛を扱っている。
と云っても、地元では、どこでも扱っているようだ。
「村井精肉」Vs「肉一」との見出しが目立つ。
昔は、同じ業態の「村井精肉」と「肉一」の二者は張り合って来た。
しかし「村井精肉」が、スーパーに転換した。
スーパー「村井屋」は、精肉店だった。その強味を活かして、業績を伸ばした。
店舗で、地元ブランド牛を手頃な価格で提供していた。
「肉一」は「村井屋」と棲み分けると、業績を伸ばす事に成功した。
その後、地元の食肉業界で、一人勝ちの状態だった。
ところが、大阪の同業者「みなみミート」が地元に進出して来た。
栄枯盛衰を絵に描いたようだ。。
「肉一」の栄華は、永く続かなかった。
「肉一」は「みなみミート」に、価格で太刀打ち出来なかった。
更に、各市町村の学校給食入札でも、ことごとく、惨敗している。
おっと。
中央の報道機関で、全国ネットニュースに速報が流れたようだ。
「眉山市で殺人事件」
僅か一行だけ、事件を伝えるだけだ。
千景が、何かに気付いたようだ。
地元新聞社のニュースサイトらしい。
ワンタッチで、サイトが表示されるリストに登録しているらしい。
千景に教えてもらって、弘も登録した。
そのニュースサイトに、速報が流れている。
全国ネットのサイトより、地元だけに、情報が少し多い。
ちょっと、驚いた。
地元のニュースに付いては、ある程度情報量が多い。
「みなみミート」中橋店の元従業員が、重要参考人として、事情聴取されている。
中橋店は、北阿町から眉山市内へ入ってすぐの道縁にある。
少し大きな店舗だ。
どうやら、その店舗の元店長らしい。
眉山東署へ「肉一」本店の従業員から通報があった。
「肉一」の本店は、眉山市鉢須賀通りにある。
通報を受けて、警察官が、現場へ駆け付けた。
「肉一」の従業員が遠巻きに、囲んでいる場所だ。
そこで「肉一」の社長の遺体を発見した。
「みなみミート」の元店長が「肉一」の社長の遺体の側に居た。
放心状態で佇んでいた。
元店長は、犯行を否認している。
と、ネットニュースの速報はここまでだ。
これも、あってはならない事だが、やられっぱなしの「肉一」が「みなみミート」へ怒鳴り込むのなら、構図として、何となく理解出来る。
しかし、逆の構図だ。
「みなみミート」の従業員が「肉一」に怒鳴り込んだのか?
「この元店長って、肉一に就職するつもりやったんかなぁ」
千景が弘に云った。
ああ。成程なぁ。
そうかもしれない。
「けど、扶川刑事さんは、光宗署の刑事さんやのに」
千景が、疑問に思った事は分かる。
事件が起こったのは、眉山市。
だから、管轄は、眉山市の警察署の筈。
扶川刑事は、光宗署。
扶川刑事と坂東刑事は、何故、慌てて、出て行ったのか。
おそらく、警察署へ戻ったのは分かるのだが。
成程ねぇ。
警察組織に付いての理解が、進んでいるようだ。
これくらい、勉強の理解も、進んでほしいものだ。
千景の目が、輝いている。
「それにしても、今度は、剣山のシーンが無いんやなぁ」
千景が不思議そうに呟いた。
成程。
推理する着眼点、発想力も身に付いて来たようだ。
日頃、弘は、事件ウォッチャーとしての、背中を千景に見せて来た。
これも、弘が懸命に指導して来た賜物だと、自身を慰めた。
千景の目が、益々、輝いて来た。
異常なくらいだ。
弘は、ちょっと嬉しいような、かなり不安なような、複雑な気持ちになった。
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