宇宙ケモノ
坡畳
chmod744_白炎_サラマンドラ
第1話 到達者
背景に闇と小粒の光が広がり、辺りに石や星の浮く空間。
宇宙と呼ばれるここの第8区画、H区をボクは任されていた。
『定時報告。航路誤差0.2度修正。巡回軌道上に異物なし。修理必要箇所なし』
アナウンス音声が、静かな宇宙船内に響く。
太陽系惑星のように巡航する、カッコいいボクの宇宙船。
進行方向から左手が他の区で、右手がH区。
この中にいるボクのやるべきコトは宇宙船の修理と、H区の外に異物を出さないようにするだけ。
ボクは船外へと繋がるハッチに置いた、シャボン玉機を自動回転させる。
ハッチを開くと、無数のシャボン玉がH区内へと飛び、消えていった。
『H区内へと向かう異物を確認。ロスト。H区内へと向かう異物を確認。ロスト。H区内へと向かう異物を確認。ロスト。……』
暇な時はこうして遊んだり、備え付けの生体センサーで、H区内の様々な生命体を観察したり、宇宙船の外に出て散歩したり。
分身体で生命体のいる星に降りて、現地の生命体に身体構造を寄せ過ごしてみたりもするようになった。
こういうことをするようになったのは、95兆年の間に一度だけ、そして初めてのヒトという生き物に出会ってからのことだ。
☆
ある日、ボクが宇宙船の修理に手間取っていると、644と書かれている分厚い服に全身を隠した何かが宇宙船の右手側から流れてきた。
H区の外に異物を出してはいけないので、ボクはそれを宇宙船の中へと入れる。
データベースに接続して生体情報をスキャンすると、この中身はヒト属であることが分かった。
その服の外側には、酸素を溜めておく機械がついていて、なくなりかけている。
ボクは服の解析データを元にし、手順に従い慎重に、酸素を補充した。
元の状態に戻せば、この場所から元の場所へと返してあげられる。
そう思い、手を加えた。
「あなたは? ワタシを助けてくれたのですか?」
ヘルメットの中から声が聞こえる。
流暢に喋るということは、ヒト属はそれなりに発達した脳を持つ生命体なのだろう。
言葉の意味が分からないので、宇宙船に備えてある言語解析機能を試す。
数分待てば、どういう意味なのかが分かる。
さらに言語パターンのデータがインストールされ、ボクも彼と同じ言語を話せるようになる。
ボクは黙って、彼がどう動くのかを待つことにした。
彼も黙っていたが、しばらくしてボクが動き出すと、付いてきながら船を見て回り始める。
彼は、ボクの動きを真似るかのように付いてきた。
妙な感覚だ、色々やって見せたくなる。
——と、先ほどの言語解析が終わった。
「ボクはエイチ。この船と一緒に過ごして、この船に永遠を与えてる修理士だよ」
振り向いて笑顔を見せ、知的で完璧な返事を行う。
なのに、彼はどうしてか笑った。
尋ねられたことに、的確な情報を伝えたつもりだったんだけど。
笑うというのは色々な意味を含む。
さて、ボクは次に何と言うべきなのだろう。
慎重にいかなければ、敵意があると思われてしまうかもしれない。
また待つしかなさそうだ。
「素晴らしい修理士さんだね。オレはヒトでゼフという名前だ、助けてくれてありがとう」
名前を言ったようだ。
ボクも名前を言って、自己紹介しておいた方がいいかな。
ただ文化的な箇所が分からないので、検索に掛ける。
ありがとう? というのは、群れの間で行う交流の一種で、相手の行動を認め感謝することらしい。
どういたしまして、と返すのが標準のやり取りみたいだ。
「どういたしまして。ボクはね、宇宙ケモノ。この宇宙区、H区を担当している。H区の生命体がこの宇宙区から出ると、みんなが困る。だからそうならないようにするのも、ボクの役目」
「そうか。……おっと、ここは壊れているのかい?」
ゼフの頭が向く方を見ると、火花がパチパチと出ていた。
まだ大した問題は起きていない状態で、今は後回しにしている修理必要箇所だ。
「電気接続のケーブルが劣化して、寿命が来たんだね。あとで新しいモノに取り替えよう」
「オレにやらせてもらえないか? こういうの専門でさ、助けてもらったお礼もしたい」
お礼? お礼というのは、感謝の意を表す行動らしい。
例で言うと、相手にとって価値のある働きをしたり、物品を渡したり、様々なようだ。
服に感電の危険はなさそうだし、ヒト属の風習を少し見てみたくなった。
その間に、ボクは翌日までに点検が必要と警告されている箇所を見ておこう。
「じゃあ、このケーブルと取り替えてくれるかい?」
「お任せあれ」
——彼はこの宇宙船の構造を知らないはずなのに、修理を上手く終わらせてしまった。
「よく修理できたね」
「この宇宙船の図面を参考に船を作って、オレはここまで来たからな」
そういえば、うっかりなくしていたんだった。
ヒト属の生息域に落ちていたのか。
ボクのせいで宇宙船まで完成させているとすると、ちょっと困る。
「ほら、これが図面だ。コピーは取ってないから安心してくれ」
「ありがとう。ついでに君の宇宙船を破壊させてもらえないだろうか? ここまで来られるのは困るんだ」
「ハハハ。構わないけど、もう壊れてるだろうね。オレ以外の人類はもう……まあ、これを返しておくよ」
ゼフは言葉を途中で止めると、1枚の小さな図面をボクに手渡す。
ボクはそれを口の中にいれて飲み込んだ。
これで、ゼフのようにヒトがここまで流れ着いてくることはなくなるだろう。
「ハハハ……確実な処分方法だね。ちなみに、H区から外に出るとどうなるんだ?」
「H区の外は他次元なんだ。他次元に入って上手くやられると、君らは世界の寿命や時間に縛られず技術力を積むことができるようになる。つまり、僕らの想定を超えた技術力になりかねない。非情な歴史を繰り返さないよう、そこまで欲張らないで欲しいって話。ボクらのような存在が増えていくと、困るのは君たちだから」
「エイチは宇宙を知り尽くしてる、そういうことか」
ゼフは肩を落としてそう言った。
少し、その言葉の意味が分かる。
宇宙の果てのその先に、何か別のものを期待していたのだろう。
「そうだね、言うなればヒト属にとってのゴールはここかも。ほら、ヒト属専用のゴールテープ、作ってあるよ。ボクらの次に来たから、全生命体の中では2着だけどね」
「何だか嫌味だな。1着が良かったよ」
ボクは宇宙船の出入り口から銀色のゴールテープを手に取り、両手一杯に広げた。
向かってきたゼフの宇宙服は、切れなかったゴールテープを傍へと漂わせる。
ふと、ボクを造った誰かさんは、ゼフのように2着となった生命体と会えてたら何をしただろうかと考えた。
何だか急に、抱き寄せたくなる気持ちでいっぱいになって。
寝る時いつも掴まっている枕のようにして、ゼフに抱きついた。
☆
それからゼフはボクと過ごし、色々な話をしてくれた。
使わない機能ばかりで何もないのと同じだったボクの宇宙船が、少しずつ賑やかに感じられていく。
2つの役割以上のことを、ボクはやらなくてもいい。
でも、ゼフの話が本当なのか確かめたり、試したりしてみたくなっていった。
やがて、そんな日々に終わりが来る。
ゼフは動かなくなった。
ゼフの体から魂が抜け出て、またボクに話しかける。
「おお。魂ってホントにあるんだな」
「ボクは君に、一度たりとも嘘を言っていないよ」
「ハハハ、疑って悪かった」
ホントは嘘なんだ。
本来なら魂なんてない。
死ぬと生物の意識は消える、それをボクがこうした形で留めているだけだよ。
ゼフは何か、物言いたげに辺りをフラフラと動き回る。
こんな様子を見たボクが、どうしたんだい? と声を掛けるのがいつもの会話の切り出しだった。
「どうしたんだい?」
「エイチ。オレはこのまま消えようと思う。提案してくれたように、エイチたちの仲間に加わろうとも、何かに転生してみようとも考えたが。そうするとオレが好きに過ごせても、エイチのためにはならない気がしてな」
「そうかもね。君と永遠と暮らすのも疲れるだろうし、君の魂が悪くなるまで転生させてやるのも疲れる」
消えると言うのは、ゼフは細かくなって。
このH区に溶け込んでいくことだ。
H区が消滅するまでは、ゼフが完全に消えるということはない。
と言っても、もう会えないのは寂しい。
こういう時にヒトは、涙を流すのだろう。
「照れ隠しか? 嬉しいジョークだ。……それじゃあな。エイチも生きてるんだから、宇宙船の修理ばっかやらずにな。暇な時は息抜きぐらいしろよ」
「うん。もう少しヒトのことを勉強させてもらうよ」
「そうか。……いつも気遣ってくれて、ありがとな——」
ゼフが消えていく。
僕にとって、友だちと呼べるような。
素晴らしい存在だった。
共に暮らした日々を、永遠に忘れることはないだろう。
翌日。
ゼフの死体は事前に約束していた通り、加熱処理をして、指定された星の土に埋めた。
さて、ヒト属については知りたいことが山ほどある。
ゼフと一緒に見た、彼の故郷とは違う、彼の故郷と同じヒト属のいる星。
——そこへ分身体を送れば、数千年はかけて辿り着けるはすだ。
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