Case.22 素人の僕が1年で小説家になれた理由

 光がフェードアウトする。夢幻世界が呼吸を始める。

 そこは、シンプルな場所だった。天井は人工的な空。地面は人工的な荒野。

 私は丸い台の上に乗り、少しばかし浮いており、斜め下にはワトソン君とマキナが立っていた。


「君、そう言えば名前はなんていうの?」


 そう言う彼女も、丸い台に乗り、同じ高さまで浮いていた。直線状の、少し声を張らなければいけない位置にいる。


「シャーロット・ホームズだ!」


「名前にまで使うってかなりのオタク君じゃん。あたしは、メイシア」


 そう彼女が名乗って、すぐのこと。

 長方形のウィンドウが、私と彼女の中間に浮かび上がる。

 そして……”1000:1000”と表示された。


「その数字は、あたしらの体力。先に0になった方が負け。エロ漫画でよくある、経験人数や自分に対する好感度を表した数字じゃない」


「ふむふむ、ライフか」


「で、どうやってダメージを与えるかなんだけど──クリエイティブさを競う」


「……どういうことだ?」


「画面見てて」


 私は、視線をウィンドウに持っていった。

 すると……ライフの上に、『ジャンル:自己啓発本』と表示された。


「この表示されているジャンルに応じて、自分がいいと思うタイトルを即興で考えてコールする。すると人工知能が、オリジナリティ、話題性、流行性を即座に分析して、点数を付けてくれる。その点数が、相手のダメージになる」


 彼女がそう言うと、ウィンドウに子供のような影が浮かび上がって。


『ボクが判定するのら!』


 そう声が聞こえた。


「人工知能って、君、そんなものまで作れるのか?」


「物語の中でならね。あぁ、この人工知能の分析は、あっちの世界基準ね。あたし、転移してきたばっかで、まだこっちの文化いまいち体に馴染んでないからさ」


 とにかく私以外の参加者の魔法はやっぱり凄いようだ。


「まぁ、やってみたら分かるか。作品のタイトルを考えればいいのだろう?」


「そそ。あっちの世界で、独自性あって売れそうなタイトルを考える。すると人工知能が判定してくれて、良ければ沢山相手にダメージを与えてくれる」


「それなら私は自信があるぞ! いっぱい本を読んだときあるからな!」


「あははっ、あたしはあっちの世界でweb小説家だったんだけどね。死ぬまで百合好きユニコーン@確定申告から逃げるな舐めんなよっ!」


「だからそのなんとかユニコーンってやつは一体なんなんだ!?」


 作家──すなわち、ペンネームにしては、独特すぎる。それにしても……相手は私の人生を豊かにしてくれた作家か。これは、厳しい戦いになるかもしれない……!


「シャロちゃん、頑張るでヤンス!」


「ギリギリまで苦しめられて勝つのが理想。愛してる、シャロ」


 だけど、私には見守ってくれる仲間がいる! ディアストーカー帽のツバをあげて、二人の方を向いて大きく頷いた。

 そして……。


「それじゃあ、ゲームスタートだ。あたしが編み出した世界だし、先行はあたしでいこう」


 私達の勝負は始まった。デスゲームよろしく、頭脳戦であることは間違いないだろう。


「自己啓発本か──……ひらめいた。『スキマ時間で出来る、人生に彩りを与える習慣』!」


 少し考える仕草を見せた後、目を見開いたメイシアがタイトルコールする。

 すると──。


『50ポイントなのら!』


 子供らしい機械音声──サムさんと動画投稿サイトで見たときある、文章読み上げソフトのような声が判定して……。


「ぐっ……!!」


 私の全身に激痛が走った。全神経を無理矢理引っ張られたような感覚だ。


「あ、ちょっと待って、言い忘れてたけど、ポイントに応じて痛みを感じるようにしてるから。もちろん、あたしもね」


 なるほど。しかし、それは。

 私の、仁義に反するものだ。


「……私だけでいいぞ」


「え?」


「君は、痛みを感じなくていい……私は、人を傷つけるのは嫌だ」


「……そう。うーん……それで、君が全力出せないの嫌だし、分かった」


 彼女はウィンドウに手をかざす。すると白く輝く粒子が吸い込まれる。


「はい、設定変えたよ。次、君の番」


「あぁ」


 私は、考える。

 自己啓発本のタイトルか……あまり自己啓発本は読んだときない。メイシアの『スキマ時間で出来る、人生に彩りを与える習慣』は、確かに読みたくなった。凄い……これが作家のセンスなのか……!

 だが、私も負けてられない。本は、私の人生の集大成なのだ……!

 そう──私の中にあるものを切り取って、作品にすればいいのだ!


「決めたぞ──『シャーロック・ホームズから学ぶ推理術』!」


 そう、声を張り上げる。


『15ポイントなのら!』


 しかし……あまり点数は高くない!


「ちょっとマイナーすぎるかなー」


 そうか……自分が読みたいだけのものは駄目──私は一人よがりになりすぎていたのか。なるほど、学んだぞ。

 そしてライフは、私が950ポイント、メイシアが985ポイントとなり──ジャンルが”web小説”となる。


「web小説、これはあたしの独壇場となりそうだ」


 卑しく笑うメイシア。

 そして。


「アグロで決めるよ──『レスバで《東大行け》とバカにされたので勉強ガチって実際に東大理三に合格してみた結果、SSS級大手企業に入社できて毎日モテモテハーレムな件』!」


 考える間もなく高らかに、言い放った。


『87ポイントなのら!』


「ぐぅッッ!!」


 すぐさま、痛撃が襲い掛かる。確かに、独創性あふれるタイトルだ……。

 そんな中……私は、気づいた。


「おい! 今思ったが、このルールだと先行有利すぎるだろ!」


「こういうルールなら仕方ないよ。カードゲームと同じ。どうバランス調整したって先行有利になっちゃうんもんだ。な?」


『ミラーは特にそうなのら』


 人工知能も納得していた。


「いや、このゲームは頑張ればやりようないか!?」


 いくら高性能だろうと、私は人工知能に反駁はんばくした。


『…………』


「無視!? 人工知能が!?」


「ほら、君のターンだぞ」


 そう言うメイシア。

 確かに、こういう追い込まれた状況で、真価を発揮するのが名探偵か。

 web小説……サムさんのパソコンでちょっと読んだ程度なので、それほど知識がある訳ではない。

 だからここは、焦らず守りに入った方が良さそうだ。あまりてらわず、流行性と、私の色を少しスパイスして、安牌にいこう。


「……よし。『笑顔が不気味だというだけでパーティを追放された私…え? この笑顔を向けるだけで治癒できる最強ヒーラー!? ~スキル《良薬は口に苦し》のせいで不細工に見えていたなんて知りませんでした!~』!」


 これは、さっきよりも自信があった。

 しかし……。


『18ポイントなのら』


「なぜだ!?」


 評価は低かった。

 そう、それは……次のメイシアの言葉で、明らかになる。


「追放モノは──ちょっと流行遅れかな」


 そういうことか……!

 インターネットの海に広がる創作物は、流行の波が激しいという。

 あっちで──余命が近づき、体が大きく蝕まれてから、私は死を待つのみとなっていた。その間に……変化していたのだ。

 それを考慮できていなかった。くっ……やはり、作品に触れても、創作能力が養われるという訳ではないのか……!


 そして……ジャンルが切り替わる。

 ウィンドウには、”官能小説”と表示されていた。

 それは、私が一度も触れたことのないものだ。何故なら、大人じゃなかったから、読んじゃダメだったからだ。


 しかし、メイシアは容赦しない。


「──『秘書×秘所×ビショビショ』!」


『67ポイントなのら!』


「ぐうぅううぅっ!」


 膝をついてしまうほどの、痛苦が押し寄せる。

 情けない……息巻いておいて、全然いいタイトルが思いつかない自分が……。

 ワトソン君とマキナに視線をやる。このような姿を、仲間に見せたくなかった。


「シャロちゃん、まだまだこっからでヤンス!」


 目に希望を宿し、応援してくれるワトソン君。


「シャロぎゃく最高の瞬間#1」


 またもや発情しているマキナ。

 二人の友情を……愛情を……私は、受け取る。

 ゆっくりと、立ち上がる。

 官能小説は知識にない。それでも、前に進むしかない。

 大人になった自分を想像する。そこに、性的だと思う要素を組み合わせる。


「私のターン──『チューのシャボン玉』!」


 シャボン玉のように緩慢に宙を舞い、それなのに、急に弾けてしまうようなチュー。これなら……どうだ! 詩的だと私は思う。


『4ポイントなのら』


 しかし──現実は非情だった。


「え、ちょっと待って、チューって小学生じゃないんだから。ユニコーン極めすぎか? ユニコーン完全体か?」


「だからユニコーンってなんなんだ!? 一角獣という認識で合ってるよな!?」


「この時点で、もう君の勝ち目はなさそうだ。だから言ったじゃないか、死ぬまで百合好きユニコーン@ファンボ開設しました!を舐めるなっ! ってな!」


「さっきからなんで無視するんだ!!」


 眼中にない……そういうことなのか!? 実際、このままでは勝てる見込みは無いに等しい。発想力が……完全に負けている。

 せめて、ジャンルがミステリー小説なら、善戦できるかもしれないが……。

 ウィンドウの文字が切り替わる。


 表示されたジャンルは──”R-18指定音声作品”。

 またもや……知識のないジャンルだった。もちろん、私は18歳じゃなかったからだ。

 メイシアは悠々と、タイトルを紡ぐ。


「『どぴゅ教ヘンタイ聖女のオホ声絶頂ドスケベエッチ♥』」


 そして、私は絶句した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る