Case 7.あなたの怨嗟晴らします前兆
『──人を呪わば穴二つ。ミコちゃん、決して、人を恨んではいけないぞ。忌み恨む人に対して復讐の努力をするよりも、その人を許す努力をすべきじゃ。それが、ワシが今日、いっぺん引いてみるモードの赤保留を外して思ったことじゃ』
まだ、喋る力があった在りし日の記憶。不治の神経症を患っていた私は、ここから急激に体のほとんどを侵食されていき、話せなくなっていったな。
『私が、サムさんや看護師さん、先生を恨むハズないぞ。これまで、ずっとよくしてもらってるからな』
私に気兼ねなく接してくる人は少なかった。喋り方も変だし、口も悪いし。私は、人との話し方がいまいち分からなかった。先生は、頭がとてもいいからだと言ってくれたけど、それもよく分からなかった。でも、そのままの私でいいと言ってくれた。
『ミコちゃんはしっかりしてるのぉ。じゃが、もっと外界に触れたい気持ちもあるじゃろう?』
『ないな。私は、毎日本を読んで、サムさんと話しているだけで、サムさんのパソコンでネットできるだけで幸せだ』
『嬉しい事を言ってくれるのぉ。じゃが、どうじゃ、たとえば海とかは』
『海か。広くて冷たそう、という印象しかないな』
テレビで何度も見たときあるが、行きたいとか泳ぎたいとか思ったことはない。
『海はいいぞ。ワシみたいな老齢には、あぁいうシンプルなのがいい。結局、魚群を見たときが一番、興奮するんじゃ』
『魚群、か。私はそれより、サメとか、大きい魚のが見てみたさはあるな』
『サメはいいな、確変じゃ。分かっとるのぉ、ミコちゃんは。偉いぞ』
『ぶへへへっ、今日も褒められたぞ』
『笑顔も独特で本当に面白いのぉ。海の6図柄に似ておるぞ』
私は親もおらず、本で一般常識を得るしかなかった。しかしそれではやっぱり、普通の子とは違くて。病院の人のほとんどが私に気を遣っているようだった。
同室のサムさんはそんな私に優しくしてくれて、色々なことを教えてくれた。
私は──本当に幸せだった。
◆
がこんっと、体を揺さぶられ、私は目を醒ました。寝ぼけ眼を擦りながら、頭を回転させる。昔の夢を見ていたからか、現状を把握するのに少し時間がかかった。
──馬車の中か……。
ジョーカーを捕まえるため、ローランド家のパーティに参加するんだった。
やっと頭がクリアになると、御者に声をかけられる。どうやら、到着したらしい。
私は外に出て、礼を告げると、御者は小さく会釈し、そのまま馬に乗って去っていった。
「──ここが、ローランド家か」
門の奥に立つ、まさしく屋敷。視界に入り切らないほどの大きさで、外観から豪華さが伝わってくる。
そう、屋敷を見ていると、私が乗ってきたような馬車がこちらに走ってくる。駿馬がごとき勢いだった。
「おや? 見ナーイ顔デースねー」
馬車から降りた若い金髪の男は、私を見て癖のある口調でそう言った。
「貴方も、パーティの参加者なのか?」
「イエース。ミーはクリスと申しマース」
「私はシャーロットだ。パーティは初参加になる」
「そうなのデスねー、よろしくデース! ミーは常連デースから、何でも聞いてくだサーイ!」
差し伸べられた手を取って、握手をする。とても明朗快活で、気前のいい男性に見えた。言い換えれば、殺人を犯すような──ましてや殺人の依頼をしそうな雰囲気は見られない。
──参加者に
招待客の中に、ジョーカーが居るのだろうか。もしくは物語のように、招待客に変装でもしてタイミングを伺うのか。全くの外部から侵入して殺そうとしているのか。何にせよ、参加者に目を光らせなければいけないだろう。しかし、それに関してはそこまでリソースを割かなくてもいい。私は一度見ただけで、忘れないのだから。
「それじゃ、中に入りマースかー!」
「あぁ、そうだな」
男にしては長い前髪をさっと指で横に流して、彼は歩き始める。私も続いて、隣についた。
門に入ると、透徹した水音の奏が耳を撫でる。その音の主──庭の中央に位置する噴水を囲うようにして、様々な花が植えられている。
歩いていき、もうすぐ、入口が近づこうとしていたとき──。
「お待ちしておりました、クリス様、それと──あなたは……お初お目にかかります?」
屋敷の扉が開いて、メイド服姿の少女が現れた。私を見て目をぱちくりさせている。
口調は柔らかく、瞳はクリっとしており、爛漫な性格が表情から伝わってくる。左右に流れたブラウンのミディアムヘアーは、ウェーブがかっている。とにもかくにも可愛いかった。
──メイド……。
私は、思い出す。馬車を手配してくれたレオンさんと、別れ際にした会話。
ローランド家に知り合いがいると言っていたが──それはメイドだと聞いていた。
「私はシャーロットだ。聖麗会のレオン氏に話を付けて貰っているのだが」
「あ、そうなのですねっ! はい、聞いてます聞いてます! わたしがそのレオンの知り合いの……リーゼロッテです!」
彼女は、パッと笑顔の花を咲かせて。その表情に似合う明るい声音で言った。そして、「お入りください」と続けて、手を扉の方に向ける。私達は、肩を並べて入っていった。
中は外観から想像した通り、豪華絢爛だった。天井には眩い光を放つシャンデリアが存在証明している。それだけで別世界に来たような錯覚に陥った。
「──お、クリスじゃん、おひさー」
入口付近に居た赤色の長髪の若い女性が近づいてくる。ケバイという部類に入る印象を受けた。
「やぁエリザベス、久しぶりデースねー」
エリザベスと呼ばれたその女性は、クリスさんとは知り合いのようで、気が置けないといった様子が挨拶だけで伝わってくる。
「いつぶり?」
「うーん、1年ぶりくらいデースかねー」
「うわマジ? 実質歴史じゃん」
──実質歴史?
彼女も癖が強そうな感じだった。
「そっちの君は、初めましてだよね」
「あぁ、シャーロットと申すですわ」
「口調がさっきと変わってマースね」
豪奢な雰囲気に感化されて貴族っぽい喋り方を試みたら、クリスさんに指摘されてしまった。それに、私の口にもいまいち馴染む感じがしない。
「私はあまりこういった場で喋り慣れてなくてな。もしかしたら、不快にさせてしまうかもしれないが、容赦願いたい」
「いや、別に気負わなくて大丈夫よ。クリス見てみなさいよ。実質未来預言書でしょ、コイツの喋り方」
「なるほど確かに」
そう言われると、この二人の話し方に比べればマシに思えてきた。
「そんな訳で、アタシはエリザベス。このパーティの常連だから、不安なことあったら何でも聞いて」
「常連……エリザベスさんもそうなのか。実質人類の叡智じゃないでスーカ」
「は? アンタ何言ってんの?」
「えぇ、意味不明デース」
二人に合わせようとしてみたが、彼女らの中で基準があるらしい。私は非礼を詫びた。
「ところでシャーロット、アンタ、不思議な格好してるわね。名前も聞いたことないし、普段何してる人なの?」
「そうデースね。基本、名声を得ている人しか、招待されませんカーラ、気になりマース」
私は、レオンさんが強みになると言っていた、昨日のベル書店の事件を伝えた。もし仮に、二人のどちらかがジョーカーの場合、警戒される可能性はあるが……嘘をつくのはよくないので、正直に。
「あー、それ噂で聞いたデース、聖麗会が調査するまでもなく、一人の少女が解決したデースね。まさかユーだったのデースか!」
「え、ちょーすごいじゃん、アンタ! 実質文明じゃん」
「実質文明、そうか? ぶへへへっ」
「何その笑い方ウケル。実質呪怨魔法じゃん」
「それは褒めているのか?」
と、二人のお陰で緊張感が消えたかと思っていた中……。慌てて二人のメイドがこちらに駆け寄ってくる。
「──あーもう! クズ、クズクズクズメイド共!
──ざばす?
そしてメイド二人の後ろから……中年くらいの小太りな女性が怒鳴りを散らして、やってきた。身に纏ったドレスには煌めく宝石がいくつも施されており。この屋敷の主──ローランド家の一員であることが明瞭だった。
「あんたらのような薄ノロノータリンドブメイドは、一回頭をアレキサンドライトにぶつけて磨き治す必要があるざばす。あー、それではアレキサンドライトが勿体ないざばすね。そこらへんの石にでもぶつけるざばす。あんた達の頭が空っぽじゃないかどうか、中ぶちまけるくらいぶつけて証明するざばす、おーほっほ!」
悪意悪辣に満ちた言葉を二人のメイドにぶつけて、彼女は大口を開けて笑った。
そして、私達の方に視線をくれると……。
「ごきげんよう、皆さま。初めましての方もございざばすね。ブリリアント・ローランドです。まず初めに、お待たせして申し訳ございませんざばす。塵芥ゴミカスメイドの非礼を、深くお詫びいたすざばすわ」
そう名乗りながら、
──物語だったらめっちゃ殺されそうなタイプ!!
失礼ながら、ターゲットは一目瞭然に思えてしまった。
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