【第一章完結】ミッシングリンク・ディテクティブ!

おぎゃバブ天馬

プロローグ

Case 0.プロローグ

「──過激なSMプレイによる事故死、これが事件の真相だ!」


 私はそう、一幕の推理を告げた。


「SMプレイ……って?」


 容疑者ダミアン氏がそう言う。無理もない。ここは”異世界”であるのだから、そういった名称が、そこまで浸透していないのかもしれない。


「あんた、急にしゃしゃり出てきて、訳分からないこと言って、なんなのよ!」


 容疑者アンジェラ婦人は烈火の如く、怒りを表す。


「私は──探偵だ」


 咄嗟に、自然に、言葉が躍り出る。

 私は、新たな自分を、迎合する。


「異世界の、シャーロック──いや」


 過去のなまえを、放棄する。


「シャーロット・ホームズだ!」


 そして……声を張り上げて、言い放った。

 この瞬間。

 探偵が存在しないこの異世界で──私は、産声を上げた。



 意識がハッキリしている。

 地に足をつけ、立っている。

 そして、景色が高い……背が伸びた? 気がする。さらに見慣れないピンク色の髪がチラチラと視界に映る。手を見てみると、長年連れ添った、摘まめるほどの皮もない手ではなく、か細いが、肉付きがある。


 自分が自分じゃないみたいだ──。


 それが、何もない白い空間で目を醒まして、最初に思ったことだった。


「ふむ……病院みたいな場所だ」


 よもや、我が家と形容していい病室。不治の病を課せられ、生まれてから死ぬまで──そこで過ごすはずだった。

 最近では、宣告された余命が近づき、もはや虫の息であったが。

 どうしてか、五体満足、思考はクリア。


「プイキュアが助けてくれたのか!?」


 そう思った、そんな時。

 壁と思しき──それくらい真っ白な空間だったから曖昧だが──正面に筆が走るように、何かが描かれていく。乱雑な動きだが、しっかりと、それは形を成していく。

 そして、立体化し。具現化し。


「君には、に参加して欲しいんだウホ!」


 それは、そう言った。甲高い声だった。


「ゴリラ──いや、オランウータン?」


 見たままの感想を口に出す。私と背丈は同じくらいだが、全身が毛に纏われている。

 が、顔はピエロのように、アルカイックに笑っていた。


「そう。だって、オランウータンも、殺人を犯すウホ! だからゴリラじゃないウホ!」


「なるほど」


 よく分からないけど、納得した。オランウータンも殺人を犯すのを本で見たときあったからだ。


「え、どうしてデスゲームの主催者がオランウータンだってウホ?」


「私は何も言ってないぞ」


「それはね……デスゲームといえば、マスコットキャラ。マスコットキャラと言えば、デスゲームだからだよ! あ、ウホ!」


「微妙に噛み合ってなくないか、会話」


 だから、自分で噛み砕くことにした。

 デスゲーム──漫画や映画などのテーマで扱われる──参加者同士が、殺し合いをさせられる、という……それに巻き込まれたらしい。


 ──デスゲームといえば、マスコットキャラ 。だからオランウータン、か。


 創作物オタクの私としては、なんとなく分かる。確かに、デスゲームモノにマスコット的なキャラはよく出てくる。


「いやマスコットと言えばデスゲーム、ではないだろ」


 だけど冷静に、そう思った。


「これから、君には異世界に転移してもらって、他の参加者──転移者と殺し合いをして欲しいんだウキ」


「統一しないな語尾」


 そして、異世界転移というのも、創作物でよくあるジャンルだ。全く文化の異なる世界に、転移させられるという。

 剽軽ひょうきんなオランウータンは、私の言葉を気に留める様子はなく、続ける。


「ルールその1、他の参加者について、自分で探らなければならないウホ」


「本当に人の話を聞かないな君は!」


 それはいっぱい悲しかった。


「ルールその2、参加者はそれぞれAエース~Kキング、そしてJOKERジョーカー──トランプを模しているウホ」


 そして、とオランウータンは続けて。


「君こそが選ばれし──JOKERウホ」


「JOKER……凄そうだが、ババ抜きなら除け者にされそうだ!」


「そういうことウホ。つまり──君だけ、何も能力を持たずして、戦わなければならないウホ」


「不利だな私! そんな能力格差のあるデスゲームモノ見たときないぞ!」


「ルールその3──」


「おい無視するな!! 無視をするというのはな、無視をされた人が寂しがるということなんだぞ!」


 それでも、オランウータンは私を無視して続けた。


「デスゲームが開始されたのなら、最後の一人になるまで終わらないウホ」


「そこらへんは定型なんだな……なのに私は無能力者……」


 というか、さっきから変な言い回しに聞こえる説明だが……気のせいか?


「ルールその4、デスゲームには期日がある。開始から1年経過して参加者が2人以上いる場合、全員──元の世界に戻るウホ!」


「…………」


 それは。

 デスゲームモノとして、破綻しているようにうかがえるが……。


「つまり君は──あの生活に戻る、ということウキ」


 私が黙っていると、オランウータンは言った。

 言葉からして、私の境遇を知っているのだろう。


「別に、それでよかったのだがな」


 一生、ベッドの上でも。孤独でも。病魔の痛苦に蝕まれ、大人になる前に死んでしまっても。

 同室のサムさんは優しくしてくれたし、沢山の本に触れられてきたし、プイキュアを沢山見れたのだから。


「君の頭脳は、若くしてうしなわれるものじゃないのにウホね。だからぼかぁねぇ、君に期待しているんだウホ」


「ぼかぁっていう一人称、現実で聞いたときないな」


 いや、僕はの派生みたいなものだから、一人称ではないか。


「ルールその5、異世界では、参加者は本来の姿──言い換えれば、今まで生きてきた姿とは違う姿で参加してもらうウホ。年齢や性別、性格は考慮せずに、ぼかぁの方でランダムに指定するウホよ」


 ぼかぁは一人称だった。

 それにしても、自分の顔は見えないが、そのルールは既に機能しているようで。だから自分の体に違和感があったのか。


 しかしこの奇妙なルール……私のためにあるようなものに思える。

 病魔に侵され──やせ細ったゾンビのような容貌の私のための。

 それとも、他の参加者も、私のような境遇なのだろうか。

 もしくは──元の世界で、参加者同士が知り合いである可能性があるのか。


「ルールその6、転移されるタイミングは、参加者によって異なる。つまり、転移してから長い時間経っている者も居れば、すぐの者もいるウホ」


「ほう。それは、ハンディキャップになりそうなものだが」


「うん、そうウホね。そこで、ルール7──参加者に事前に与えられる異世界の知識は、異なる。異世界はその名の通り、異なる世界。君達が生きてきた世界とは違った文明を歩んできている。転移の遅い参加者には、ぼかぁが与える異世界の事前情報が多いウホ」


 そこで、とオランウータンは言って、右腕を天に向けた。

 すると、みるみる粒子が集まっていく。少しして粒子が解き放たれると……紙の束がそこにあった。


「これは異世界のことが書かれたレジュメ」


「大学生みたいだな」


「で、このレジュメの内容を、転移する際にぼかぁの力で、参加者の脳内にインプットするウホなんだけど……情報量が異なる。それでハンデを埋めるウホ」


 私はその言葉に、一つ思った。


「それ一回レジュメにする意味あるのか…!?」


 森林環境的にもよくなさそうだ。


「ルール8、このデスゲームには、他にも様々な隠されたルールがあるウホ。それは、時間経過もしくはある条件を満たすと知らされるウホ」


「隠されたルール……」


「最後にルール9──己の信念を貫き、清く正しく、ゲームを楽しむウホ」


 表情一つ、声色一つ変えずに、オランウータンは飄々ひょうひょうと言った。

 私は、逡巡しゅんじゅんして。


「──いいだろう」


 そう、淡々と返す。

 結局このデスゲームは……現状のルールならば、私にとって、特しかない。

 期限は1年──最悪、そこまで生きられるのだ。しかも、この健康体で。


「私は、清く正しく、真相究明しよう」


「……ウホ?」


 依然、声に抑揚はないが、オランウータンに困惑の色が帯びた気がした。


「デスゲームの根底。私がJOKERの理由。未曽有な異世界──これらを探求するのは、さぞかし楽しそうじゃないか。こういう役回りも──デスゲームには必要な存在だろ?」


 自然と、口角が上がる。

 ミステリー小説──特にホームズシリーズ信者の私が、そんな奇怪な世界を実体験できるという高揚感があった。

 本や同室のサムさんに教わった知識が、実践できるかもしれない!

 しかし、それ以前に……。


「人を傷つけちゃいけないって、病院の先生や、同室のサムさんに教わったからな」


 プイキュアからも聞いたときある。勧善懲悪、善因善果というやつだ!


「他の参加者は君を殺しにくるかもウホよ?」


「構わないさ。どうせもうすぐ朽ちるはずの命だったのだからな」


 私の命を侵食するのが、病気でも、人間でも、関係ない。


「……君、やっぱり面白いウホ。JOKERに選んでよかったウホ」


 そう言って、オランウータンは私に毛むくじゃらの手を翳す。

 みるみると、蛍の光のような粒子が集約し、私の体を纏っていく。


「──君が世界の命運を分けるかもしれないね」


 その言葉が届いた時には、粒子によって視界が遮られ、オランウータンの姿は見えなくなっていった。

 そして──。


「うぷぷ」


 オランウータンが小さく、笑った。


「それなんか聞いたときある!」


 私の声も掻き消すように、粒子が全身を覆う。

 意識が徐々に遠のいていく。


「レジュメ──インシテミル?」


 そんな声が聞こえたときには……視界は揺らぎ、思考回路は遮断寸前だった。

 そして……。


「──────!」


 例のインプットだろう。異世界の情報が、書き込まれた。脳味噌をかき回されるような感覚に支配される。

 その時、私は思った。


 ──異世界転移モノ……もっと読んでおけばよかったな。


 大した情報が与えられなかったから。

 だけど……。


 ──自分で探ってこそ、意義があるというものか。


 胸中は、たかぶっていた。

 天涯孤独の罹患りかん娘、本の虫。それだけの、余生短し私に、一抹の自由が与えられたのだから。


 かくして──私の余命1年の異世界生活は、とばりを上げた。

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