7話『魔法の授業』

 翌日。

 目が覚めたら日が変わっていた。


 そして今、俺は庭でレナードと対面して、魔法の授業とやらに受けている。


「今日の授業は付与術に関してです! また一からの授業になりますけど大丈夫ですか?」


「あ、うん。それでお願いします」


 しかしレナードは俺の専属と言えど、家庭教師の範疇を超えているのでは、と時々思うことがある。


 今朝も俺のためだけに朝食を作ってくれたし、昨夜も夕食時に呼びに来たらしいが、疲れて寝ていた俺を気遣ったのか起こさずにいてくれた。



 おかげで他の家族に会わなくて済むということは俺にとってメリットしかない。

 実際この三日間で、初日にアルトの父親、シグルに会ってから他の兄弟にも会っていない――、



「そういえば、兄さんたちいないね?」


「あ、そうですね。アルト様が行方不明になってしまった翌日に、ネクア様とメノ様は魔法学校での外せない用事があると、王都へ向かわれました。そろそろ帰ってこられると思いますが?」


 別に帰ってきてほしいとは特に思わないですけどね。


 色んな人から色んな話を聞いた結果、俺は落ちこぼれっぽいから周りからの風当たりは多分強そうだし。落ちこぼれの弟なんて目の敵にされる要素ばっかりだ


 父親の話し方や話の内容的にも、少なくともこの家で俺の味方をしてくれるのはレナードだけかもしれない。


 だからこうしてレナードと常にいるのは安心するというのは本音である。


「アルト様! 授業を続けますよ! まず、付与術の基礎でもある――『魔力付与(エンチャント)』、その詠唱まで忘れてしまいました?」


「いや、それは覚えてるよ。確かあれだよね、『来たれよ神の御加護、森羅万象を無に帰す魔力の根源、その真価を我が目に映したまえ!』みたいな?」


「一応正解です! さすが私の夫、アルト様です! ですが、あくまでそれは基礎中の基礎。そんな無駄に長い詠唱をする魔法士のランクなんて下の下の下です!」


 顔すら見たことないが、エラファスの知り合いの酷い言われように俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。


「詠唱はあくまで想像の具現化をさせ易くするためのものです! 例えば人が歩く時にわざわざ歩く、と言ってから行動しないのと同じことです」


「ほう」


 言われてみれば死霊術師の能力を使う時も、慣れてからは口に出すことなくそれをできていた気がする。


 死霊術師の能力自体想像しやすいということでもあるんだろうか。


「一流は無詠唱で魔法を想像し、すぐにそれを放ちます。アルト様が先程言った無駄に長い詠唱は四流以下のゴミ付与術士です!」


「そんな言う?」


「言います!」


「えぇ……」


「とりあえず私が付与術に近い魔法を使います、見ておいてください」


 淡い水色の光が空気中から現れると、それは静かにレナードの全身を覆った。


 レナード曰く、レナードはこの国でもそこそこ最強の魔法士らしい。

 森の中の動きを見ていなかったら嘘だと簡単に否定できたが、あれを見てしまうとあながち本当なのではないかと思ってしまう。


 とはいえ、仮に最強の魔法士が本当だとして、何故こんな落ちこぼれと言われる《付与術師》の家庭教師を、しかも朝昼晩のご飯まで作って世話を焼いてくれるのだろうか。


 ――アルトがレナードに可愛がられていたことだけは、会話からなんとなく汲み取れるけど。



「これは身体強化の魔法です。アルト様のような付与術師の能力は私にはないので、私自身のみと限定的な魔法ではありますが、このように慣れれば一瞬で魔法が使えるようになります」


「身体強化? 昨日森に来た時はそれ使ってた?」


「んー、昨日は使ってないですね? 必要なかったので!」


 ――木の枝から枝へとジャンプするのに身体強化なしで可能なもんなのだろうか。


 ――あじさいと並走するのに身体強化なしで可能なもんなのだろうか。



 果たして身体強化をしたレナードの運動神経は如何程になるのか、不本意ながらも少し興味が湧いてしまった。


 最強と自称する所以が垣間見えた気はしたが、それと同時に魔法士なのに身体能力高いのって意味あるのだろうか、なんて野暮な疑問も浮かんだ。


「そういえば、ネアも詠唱してた気がするんだけど? 確か、サーズとかなんとか」


「それは《起源魔法》と呼ばれるものですね。それに関して短いですが詠唱は絶対に必要になります! 先程私が一流は無詠唱と言いましたが、《起源魔法》に関しては使える者すらごく僅か。使えるだけで超一流と言ってもいいくらいです!」


「そうなのか、ネアはすごかったんだね」


「その《起源魔法》を使える私でも『第三魔法サーズ』までの高等魔法は残念ながら使えません。まぁ、そこまでの魔法が使用できる人間もそう居ません。なのでネアさんは流石と言うべきですねっ!」


 ……なんでちゃっかりごく僅かの魔法士しか使えない《起源魔法》をこいつは使えるんだろう。


「まぁ魔法士の話は一旦置いておきましょう! アルト様は付与術士です! まずは無詠唱で人に『魔力付与エンチャント』できるようになるところからです!」


 レナードの授業は思っていたよりもスパルタだった。


 朝から始まった授業も気付けば夕方になっていた。

 間に昼食は取ったものの、休憩はそれっきり。ずっと付与術についての授業を受けていた。


 ――まずはできることから。


 そう意気込んで始めたものの、時間が経つにつれて疲れと共にモチベーションとやらも落ちてきた。


 ――難しい。


 とにかく難しい。

 無詠唱って言ったって、あくまでそれが可能となるのは想像できてから、の先の話である。

 付与術はネアが使っていたような派手な魔法よりも少し想像しにくいらしい。それはそうだろうと、初心者の俺も思ったが。


 要するに、だ。

 必要なのは集中力と、それを持続させるための体力だった。

 前世は引きこもりの俺にとって、十五歳の子供の体を扱うこと自体かなり難しかった。


「まぁまだ一日目です! 明日も頑張りましょう!」


 転生直後は自由な異世界を想像していた。

 魔法が使えて、モンスターも倒して。

 栄光も権力も財力も。全てを得るなんて、そんな妄想をしていた。


 俺の頭は幼かったようだ。


 蓋を開けてみれば、アルトの人生のレールの上を進んでいるに過ぎない。


 ――俺はアルトの代わりでしかない。


「あのさ、レナード」


「はい、どうかされましたか?」


「魔法学校に行けば、自由になれる?」


「何を言うんですか、アルト様はもう自由ですよ!? 可愛い可愛い許嫁の私もいるじゃないですか!」


「可愛いのは否定しないけどさ……なんていうか、楽しくない」


 失礼なんだろうな、って自覚している。

 こうして授業を受けること自体、どこか懐かしくて楽しい気分ではあった。


 実際に無詠唱とまでは行かないが、エラファスの から聞いた詠唱の半分くらいの短さで発動できるくらいにはなった。

 たった半日で。


 楽しくなかったらこんなにも成長を感じることもないと思う。


 だけど――、


「アルト様自身は魔法学校に入りたいわけではないですか? 確かに魔法学校への入学はエンリア家では一つの習わしのようなもので、そこに子供の意思など介入する余地はないかもしれないです」


「……まぁ、そうだよね」


「ですが、あくまで私は! アルト様のしたいように、生きたいように生きてもいいと思います! ネアさんがアルト様を褒めていたように、私もアルト様には才能があると思っています!」


「レナード……」


「魔法学校の入学をするにしても、ネアさんの元で働くにしても! 付与術士の第一歩を刻むには、まず無詠唱での発動が最低条件です! それができないと生きて行けません! 死にます!」


 本当にこの人は勢いで喋っているな、と思う。


 でも、こんなに俺の味方をして話してくれるのは、あっちの世界でも誰一人いなかった。



「とりあえず頑張りましょう! 何をするにしても勉強しておいて損はありませんよ!」


「う、うん! よろしくお願いします、先生!」


 そうして、今日の授業はとりあえず終わった。

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