第19話 槍の警護


 少し前の話になるけど。私——アキはさらわれた國柊こくしゅうくんを探す手伝いをしたことで、とおるくんにおごってもらう約束をしていて——それで今日はお洒落なパンケーキの店に、泰くんと二人で来ていた。


「……結局、由宇ゆう来なかったね」


「あ……うん」


 泰くんと向かいあって座った私は、ちょっとだけ残念な気持ちでため息を吐く。


 泰くんには申し訳ないけど、やっぱり由宇がいないと推しの話で盛り上がれないんだよね。


 決して泰くんが嫌いなわけじゃないんだけど、泰くんと二人きりっていうのもなんだか落ち着かないし……。


 私がそんなことを思う中、泰くんは私よりもずっと落ち着かない様子だった。


 泰くんだって、きっと由宇がいた方が良かったよね。

 

 推しの話しかしない私といても、きっとつまらないだろうし。


 ——なんかごめん!


「泰くんは何食べたい?」


 私がメニューを広げて見せると、泰くんは慌ててメニューに視線をやった。


「僕はよくわからないから……普通のやつでいいよ」


「えー、どうせなら、このマスカット乗せたやつとかにしなよ」


「じゃあ、それで」


「それじゃあ、違うの二つ頼んで半分こしよっか」


「は、半分こ?」


「どうしたの?」


「い、いいのかな? 半分こだなんて」


「もしかして泰くん、イヤだった?」


「そそそ、そんなことはないよ!」


「じゃ、オーダーするね」


 それから店員さんを呼んだ私は、マスカットのやつと、イチゴのやつをそれぞれ一つずつ頼んだのだった。


「それで、アキさんはどんなバイトをしたの?」


「えっと……話せば長くなるけど……」


 それから私は、バイトの経緯を泰くんに話した。


 ジンくんを攫ったお爺ちゃんからメイさん捜索の依頼を受けたこと。


 そしたら不思議なお婆ちゃんの屋敷に捕まって、脱出したこと。


 そんな風に全てを話し終えた頃には、泰くんの顔はすっかり青くなっていた。


「アキさん」


「うん、どうしたの?」


「危ないことは……しないで」


 泣きそうな顔で言う泰くんに、私はへらへら笑って答える。


「このくらい、大丈夫だよ」


 けど、泰くんはいつになく怒った顔をして声を荒げた。


「全然、大丈夫なんかじゃないよ!」


「え?」


「ジンくんもアキさんもどうして危機感がないの?」


「泰くんは心配症だなぁ……たもるお兄ちゃんといい勝負だね」


「相手が人間じゃなかったら、どうするつもりなの? 中には、人間を糧とする妖怪だって……」


「人間をかてとする妖怪? 泰くんは妖怪に詳しいんだね。私はジンくんしか知らないけど……」


「と、とにかくアキさん。もしまたそういうバイトをするなら、僕にも教えてほしい」


「え? 泰くんに? なんで?」


「アキさんが心配だから……」


「うーん……そうだね。泰くんがいれば、お兄ちゃんも怒らないかもしれないしね」


 お爺ちゃんから次のバイトの話は出ていないけど、泰くんを巻き込む気満々で考え込んでいると——。


 そんな時だった。


「あら、あなた」


「え?」


 ふいに肩を叩かれたと思えば。


 振り返るとそこには——お婆ちゃんの牢屋にいた、美人の術師さん——璃空りくうさんがいた。


「この間、御楯みたてのお婆さんのところにいた女の子じゃない」


「えっと……あなたは璃空りくうさん?」


「名前、覚えていてくれたのね……それにしても奇遇ね。あなた、このカフェにはよく来るの?」


「いえ、初めてです」


「そう。ここのココアは絶品だから、一度試してみるといいわ」


「……はあ」


 璃空さんって、キツそうな雰囲気だけど、意外と気さくなんだなぁ。


 なんて思っていると、泰くんがちょっと硬い表情で訊ねてくる。


「アキさん、この人は?」


「バイト中に知らないお婆ちゃんに捕まったって言ったじゃない? その時、同じ牢屋にいた人だよ」


「一人で逃げたって人?」


「ちょ、ちょっと泰くん!」


 ズバリ言う泰くんに、私が慌てていると、璃空さんは気分を害した風もなく穏やかに笑った。


「あの時はごめんなさい。私だけ逃げてしまって」


 あの時はジンくんが璃空さんについて行っちゃダメだって言ったんだよね。


「いえ、ジンくんが人見知りなので……」


「ジンくん? ああ、あなたのいとこの男の子ね。その子は……今日はいないのね」


「はい。ジンくんは小学校です」


「ふうん……そうなの? まあいいわ。デート中にお邪魔したわね」


 そして璃空さんは、「じゃあ」と言って去っていった。


 ……ああ、緊張した。


 あんまり面識のない大人と喋るのって気を遣うんだよね。


 なんとなくホッとした私は、泰くんの方を向くけど——。


「泰くん?」


「アキさん……」


「どうしたの? すごい汗だよ」


「なんて威圧感だ……ただ目が合っただけなのに……何者なんだ」


「泰くん?」


「うん、大丈夫だよ……それより、アキさん」


「なあに?」


「さっきの人は……人間、なんだよね?」


「もちろん、そうだよ。璃空さんは術師なんだって」


「術師……? そんな風には見えなかったけど……どちらかと言えば僕と同じ……いや、僕以上の妖怪みたいな……」


「妖怪?」


「いや、なんでもない」


「変な泰くん……——あ、お爺ちゃんからメッセージだ」


 ちょうどその時、スマホが震えたので確認したら——御剣みつるぎのお爺ちゃんからメッセージが入っていた。

 

「お爺ちゃんって、アキさんのお爺さん?」


「ううん、この間バイトを引き受けたお爺ちゃん」


「はあ!?」




 ***




「こんばんは、お爺ちゃん」


 呼ばれてすぐに御剣みつるぎのお爺ちゃんのお屋敷に飛んで行った私は、ナディアさんの案内で応接室に通してもらった。


「よく来たな。まあ、座れ」


 アンティーク調のソファに座った私は、早速目を光らせる。


 これでまた、推し活が潤いそうな予感。


「で、今回はどんなバイトなんですか?」


「その前に、隣の学生は何者だ?」


 私の隣に立っているとおるくんを見て、お爺ちゃんは不思議そうな顔をしていた。


 そうだった。今日は泰くんがいるんだよね。


「友達の泰くんです。泰くんも座りなよ」


「あ、う、うん」


 泰くんが座ると、お爺ちゃんはさらに訊ねた。


「座敷わらしはいないようだが?」


「ジンくんは三者面談です」


「人間のふりをするのも大変だな……」


「それで話って?」


「実は予告状が届いてな。わしの大切な槍を奪うというものだが……」


「予告状! すごい、今度は怪盗ですか?」


「おそらく人外だ」


「人外?」


 私が目を丸くしていると、なぜかちょっと怒った顔をしている泰くんが口を挟む。


「だったら、人外に仕事を依頼してはどうですか? アキさんは普通の女子高生ですよ?」


 その言葉を、お爺ちゃんは鼻で笑う。 


「下手な術師よりも力を持つ娘だ」


「でも、アキさんに何かあったら……」


「大丈夫だよ、泰くん。今回は泰くんも手伝ってくれるんでしょ? 泰くん強いから、心強いよ」


「え、そうかな……」


 推し活のため、私が泰くんを利用する気満々でいると——見ていたお爺ちゃんが、大声で笑った。


「なんだお前、このじゃじゃ馬に惚れているのか?」


「な、ななななななな」


「あはは、お爺ちゃんそれは勘違いだよ」


「まあいい、そっちの学生も普通じゃなさそうだからな。……槍を守り切れたら、二人にそれ相応の駄賃をやろう」


「今度はお兄ちゃんには内緒で頑張ろう」


 お爺ちゃんのお駄賃という言葉を聞いて、一人意気込んでいると、泰くんが慌てたように私の肩を押さえる。


「あ、アキさん、ダメだよ。ちゃんとたもるさんに報告しなきゃ」


「えー、だってうちのお兄ちゃん、バイト代取り上げるもん」


「チケットなら僕が用意するからさ」


「そんなの悪いよ」


「いいよ。どうせタダだし」


「そうなの? 泰くんすごい」


「だから、ちゃんとジンくんや賜さんには報告したほうがいいよ」


「それとこれとは別の話だから」


「……」


「将来尻に敷かれそうだな」


「え? なんの話?」


「……」




 ***




「それで、今回の依頼ってあの槍を守ればいいの?」


「うん。予告状には、『槍をいただきます』って書いてたんだって」 


 お屋敷のダンスホールに移動した私と泰くんは、おじさん人形が守っている槍のところにやってきていた。


 広いダンスホールの端っこに配置されてるおじさんたち……相変わらず本物の人間みたいで不気味なんだよね。みんな同じ顔してるし。


「このおじさん人形がいれば、大丈夫そうだよね。今回は簡単に推し活資金ゲットできそう」


「アキさん……もしかしたら、相手は複数人いるかもしれないし、気をつけたほうがいいよ」


「わかってるって」


 私が泰くんの言葉を聞き流して推し活のことばかり考えていると、泰くんはそんな私を見て、何やら一人でぶつぶつとこぼしていた。


「……推し活資金って……僕のせいでアキさんが……」




 それからジンくんも合流して、槍を見守っていた私たちだけど。


 あんまり遅くなるとお兄ちゃんに怒られるなぁ——なんて思いながら待っていると、そのうち屋敷の中が騒がしくなる。


『——侵入者だ! 侵入者が現れたぞ!』


 不気味な低い声は、おじさん人形のものだった。


 あちこちで同じ声が騒ぎ立てる中、私が目を白黒させていると——。 


「アキさんはここにいて、僕ちょっと見てくるよ」


「う……うん」


 泰くんがダンスホールを出て行った。


 残された私は、ジンくんと一緒にしばらく待っていたけれど。


「泰くん……帰って来ないね。大丈夫なのかな?」


「……気になるね。俺、ちょっと見てくる。アキはここにいて」


「え、ちょっと!」


 ジンくんまでいなくなって、さすがに心細くなった私はおじさん人形の後ろに隠れる。


「誰もいなくなっちゃった……おじさん人形と私だけってなんか嫌だな」


 静まり返ったダンスホールで泰くんたちの帰りを待つ私だったけど、そのうちカツカツと軽いヒールの音が聞こえた。


 ——と思えば、


「あら、あなた一人なの?」


 長い髪を一つにゆわえた綺麗な女の人がやってくる。


 女の人は槍の前に立つなり、おじさん人形の後ろにいる私を見て微笑む。


「こんなところで会うなんて、本当に奇遇ね」


「……璃空りくうさん?」





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