俺は、フルマッピングボーナスで迷宮を無双する。

龍々山ロボとみ

第一部プロローグ

1話目・反復、継続、丁寧な毎日


 俺がダンジョン探索に求めるものは、安定だ。


 そのスタンスは、俺が15歳の時から変わっていない。


「お、ター坊じゃないか。アンタ今日も潜るのかい?」


 ダンジョン入口を警備するおっちゃん兵士が今日も俺(ター坊は、俺の名前のセリウス・タキオンをもじったものだ)に話しかけてくる。


 アンタも毎日暇だな、おっちゃん。


「はい。毎日潜っていれば食いっぱぐれることはないですから」


 俺はいつものように丁寧に返す。

 相手は年上だし、曲がりなりにもここの出入りを管理している人間だ。


 仲良くしておいて損はない。


「ははは。そんなにカツカツなら、もう少し難易度の高いダンジョンに潜ればいいのに」


 おっちゃん兵士は酒臭い息で笑う。

 危険の少ない初心者用ダンジョンの警備だからといって、少し油断が過ぎるのではないだろうか。


「俺の実力だと、難易度の高いダンジョンにチャレンジするよりここを毎日クリアするほうが割に合うんですよ。それに、ここ以外だと万が一にも死ぬかもしれないし」


「相変わらず慎重だなぁ」


 このやり取りももう何度目だか。


 しかし、たかだかこの程度のやり取りで機嫌良く通してもらえるなら、別に何ということはない。

 むやみに敵を作るなんてバカらしいことは、俺はしないのだ。


「俺は、A級ダンの最深部を目指してる人たちとは違いますからね。安全確実がモットーです」


「ははは。まぁ、今日も頑張ってこいよ」


「あざっす。行ってきます」


 赤ら顔のおっちゃんに頭を下げて、ダンジョン入口の門を潜る。


 門を潜った瞬間の、肉体が幻想体に置き換わる感覚。


 その直後眼前に広がる、先程までとは全く違う景色。


「さぁ、今日もコツコツ行くか」


 俺はひとり、ダンジョン内の平原を歩き始めた。




 ◇◇◇


 虚空街うろまちアカシアはいわゆるダンジョンタウンというやつで、ダンジョン機構の一部として地上に街が存在している。


 元々は中規模の一般的な町であったが、およそ8年前にダンジョンタウンへと変貌し、その後大陸でも有数の大都市となったという経緯がある。


 アカシアの街中には、ダンジョンに続く門がいくつもある。


 門ごとに入れるダンジョンが違っていて、階層数やエネミーの強さなど、ダンジョン攻略の難易度に応じてランクが設定されている。


 一番ヤバいダンジョンはA級だ。

 まさしく英雄的な強さを持った探索者連中が、命がけで鎬を削る魔窟である。


 そして俺が毎日挑んでいるここは、最低難易度のF級ダンジョン「白の平原ホワイトプレイン」だ。


 階層数はたったの5。


 5階層ごとに現れるフロアボスの強さも、まぁノーマルエネミーに毛が生えた程度の奴だ。

 普通に進んでいけば、2時間もあればフロアボスを倒してクリアできる。


 俺程度の実力者がソロで挑んでも、命がけの場面になることなどあり得ない難易度である。


 もちろん、ほぼノーリスクのダンジョン探索である以上、リターンもほぼ無い。


 ノーマルエネミーを倒しても換金できるような物はほぼ落とさドロップしないし、フロアボスを倒してようやくまともに売れる物が手に入る程度だ。


 普通の探索者はここでダンジョン内の歩き方や戦い方を覚えたら、とっとと次のダンジョンに進んでもっと儲けられる狩り場を目指す。


 しかし、何事もものはやりようである。

 リターンがほぼ無いのは、フロアボスを倒すことしかしなかった場合だ。


「……お、今日もあるな」


 俺は今、このダンジョンの3階層にある2つ並んだ岩山を登っている。


 次の階層を目指して進むなら遠回りになる場所だし、ちょいちょい出てくるカラス型エネミーはうっとうしいが、俺はここの頂上付近に用があるのだ。


「今日は親鳥も居ないし、さっさと卵だけ回収してしまおう」


 頂上付近まで来ると、大きな鳥の巣がある。

 この巣の中には、毎日1つ以上「下級怪鳥の卵」というアイテムが置いてあるのだ。


 これが、意外とバカにならない売値になる。

 一度に6つも拾えればフロアボスを倒して手に入る品よりも売値が高くなるぐらいだ。


 今回は1つしか置いてないが、親鳥と戦う必要が無かったと思えばいつもより楽な作業だ。


「さて、次は……」


 拾った卵を所持品枠に放り込み、俺は次の場所に向かう。


 次は小さな雑木林の中にある「踊り蜂の蜜」を回収しに行く。

 これも売値は低いが、毎日通っても必ず回収できる良いアイテムだ。


 他にも、沢に行けば「綺麗な湧水」や「丸い小石」、大きな木には「紫色の実」や「真っ直ぐな枝」、小高い丘の上の花畑には「黄色い百合の球根」や「細長い種」なんかがある。


 ひとつひとつはたいした売値じゃないけど、これらは毎日最低1つは回収できる。


 ダンジョン内をうろちょろするので時間はかかるが、朝から晩までかけて順番に巡り、最後にフロアボスを倒してダンジョンを出れば、一日分の生活費+αを安全に稼いで帰ることができるわけだ。


 俺はもう、かれこれ2年ぐらいこの生活を続けている。

 特にこの半年間ぐらいは、本当に一日も休まずにダンジョン通いの日々だ。


 ダンジョン内の湧き場所ポップポイントを無駄なく歩くルートを確立してからは、後から後からやってくる後輩探索者たちがすぐに次のダンジョンに移っていくのを尻目に、代わり映えのしない同じ道を毎日毎日歩いている。


「うむ、今日も大量だ」


 俺は、ずらりと回収品で並んだ所持品枠を確認して、誰ともなしに呟いた。


 探索を開始してから5時間と少し。

 俺は今、フロアボスの待つ部屋の前にいた。


「波風や起伏のない平坦な探索。まさに理想の探索だね」


 さて、俺の装備品枠の中で数少ない戦闘用装備品である「ミドルブレード中刃」と「ショートボウ短弓」を具現化し、いつでも使用可能な状態にする。


 ブレードは鞘に納めたまま腰に吊り、ショートボウは弦を付けていつでも矢を放てるようにした。


 あとは、部屋の扉を蹴り開けて一歩踏み込めば……。


「グゴォアアアァァァアアアッ!」


 二足歩行の人間並みにデカい兎が、やかましい鳴き声とともにこちらに歩み寄ってくる。


 相変わらずうるさい奴だ。


 「暴れ兎」という名前のフロアボスだが、所詮はF級ダンジョンのヌシ。

 たいした脅威ではない。


「大人しく骨になりやがれ」


 素早く弓の弦を引く。

 弦を引くと矢が現れるので、兎の腹に向けて矢を放つ。


 命中。しかしこんなチャチな弓と矢ではどこに当たろうがダメージに大きな差は出ない。


 よってとにかく素早くたくさん矢を打ち込むのが大事だ。


 二発、三発、四発。

 五発目を放つと同時に俺は横っ飛びして兎の爪を避けた。


 俺の立っていた地面を抉って土くれを飛ばす暴れ兎。


 ノロいがパワーだけはある。当たればわりとヤバい。


 もっとも、お前のモーションは完璧に覚えてある。そんな大振りでは当たらないな。


「ほれ、ほれ、ほれ」


 その後も間合いを取りながら矢を食らわせ続ける。

 暴れ兎が瀕死のハリネズミになるのに、そう時間はかからなかった。


「お、死んだな」


 とうとう暴れ兎は動かなくなり光の泡になって消えた。

 残ったのは「暴れ兎の肉」というそのまんまの名前のアイテムだ。


 安酒場の肉料理に使われることが多い食材で、ちゃんと調理すれば美味しくいただける。


 肉を回収して、と。


「出た出た」


 ダンジョンは、基本的にフロアボスを倒したときか、ダンジョンボス(ダンジョン最後のフロアボスだ)を倒したときに帰還することができるようになる。


 ボスを倒すとボス部屋の中に帰還用の円陣サークルが現れる(ちなみに、このダンジョンだけは例外で、各階の下り階段横に帰還用サークルが常設されている)ので、サークルを踏めばダンジョン入口門前に戻ることができるのだ。


「それじゃあな、また明日も来るぜ」


 俺はヌシの居なくなった部屋に別れを告げると、サークルを踏んで地上に戻った。

 あとは回収品を順番に売り払って、公衆浴場で湯を浴びてどこかの飯屋で晩飯を食べて寝る。


 そしてまた、朝起きたら朝飯を食ってダンジョンに向かう。


 これが、俺の一日だ。

 明日もこうだし明後日もこうだし、その後もずっとこうだろう。


 代わり映えのしない、平坦な毎日。

 まさしく俺の目指した安定したダンジョン探索だ。


「このまま死ぬまで、こんな生活ができればいいんだけどなぁ」


 俺は、わりと本気でそう思っている。

 身の丈に合った生活。贅沢ではないが貧乏でもない、それなりの生活だ。


 大きなものは望まなくていい。

 小さなことを積み重ねた先の揺るがない毎日。


 生きるか死ぬかの博打のような生活よりは、断然良いと思う。




 ◇◇◇


 しかし、世の中そう上手くはいかないみたいだ。


 この1週間後、俺の生活が一変する出来事が起こる。


『ぴんぽんぱんぽーん♪ 本ダンジョンの完全踏破フルマッピング攻略クリアを達成しました♪』


『ぴんぽんぱんぽーん♪ ダンジョン通算攻略クリア回数500回を達成しました♪』


 という、能天気なアナウンスによって。

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