第11話 来訪祭①

 食事を終えた美雨に、悪樓が話し掛ける。


「ここは外界そととは異なる。貴女が使っていたものはないから、退屈だろう」

「あ、え、えと。田舎で過ごしたことがなくて、時間の使い方に慣れてないだけです」


 スマホを海に落としてしまい、テレビもなければ、パソコンもない。ラジオさえも置いていないような環境で、美雨が退屈を感じないと言えば、それは嘘になる。

 絵筆でもあれば、庭に咲く花や、赤く色づいた鬼灯の絵を描いたり好きなキャラのイラストを描いて、退屈しのぎにはなるだろう。

 さすがに、面倒を見てくれている屋敷の主人に、そんな失礼なことは言えない。まごついていると、悪樓はクスリと優しく笑って、手を差し伸べてくれた。


「書庫に案内しよう。本は数え切れぬほどあるから、一日中居ても飽きぬ。きっと貴女だけの物語も見つかるだろう」

「書庫……? 本を読んだり絵を描いたりするのは好きです」

嗚呼ああ、そうだろう。貴女のことなら私はなんでも知ってるよ。絵筆と半紙も用意しておく」


 もしかして、彼は穂香や由依から自分の話を聞いたのだろうか。時々彼は不思議な物言いをする。そんなことを思いながら、美雨は差し伸べられた手を取って、ゆっくりと立ち上がる。

 そのまま、手を離してくれると思いきや悪樓に恋人のように指を絡められ、美雨は脈が早くなるのを感じた。雨はやむ気配はなく、離れにある書庫まで相合い傘で身を寄せ合って歩く。美雨は提灯ちょうちんを片手に、背の高い彼を少し見上げた。

 離れの玄関を開けると、悪樓は唐傘からかさに流れる、雨粒を切りながら美雨を招き入れた。

 廊下を歩くと、その先にはまるで宴会場のような広い座敷が広がり、ずらりと本棚が並んでいる。

 美雨は、最近プレイしたあやかし和風乙女ゲームに出てきた、図書館貸本屋のようだと、興味深く目をキラキラと輝かせた。


「わっ、凄い!」

「美雨には、なにもかも新鮮に映るようだな。表情が面のように、くるくると変わるのが愛らしい」

「そ、そのっ。私のことを軽率に可愛いって言うのやめてください。は、恥ずかしくて。面と向かって男の人に言われたことないし。あ、あの、対応に困ります」


 悪樓の、深海のように落ち着いた綺麗な低音の声と綺麗な顔で、冗談ではなく率直ストレートに感情を表現されると、美雨は耳まで赤くなり、動揺を隠せなくなる。

 あの、積極的な大地でも『このキーホルダー可愛いな。望月さん、センス良いよね』という、仲良くなるためのきっかけ作りの褒め言葉で精一杯だったのに、彼はなんの迷いもない。


「私は嘘はつかない。貴女の側にいた男たちはみな目が節穴なのだろう。そのほうが私には都合がいいが……。無駄な殺生は面倒だからな。そんなに恥じらうならば……ふふ。睦言むつごとの時にでも囁いてやろう。それもまた良いな」

「むつ……ごと?」


 古風な言葉に不思議そうにする美雨を見て、悪樓はクスリと笑い、静かに彼女の肩を抱き部屋へと案内した。本のジャンルは様々で美雨が生まれる前の本から、一昔前のライトノベル層向けの本まで揃っている。

 かと思えば、古書と言えるほどの文献や昭和の神話などの本も、取り揃えているようだ。

 どうやって集めているのだろう。

 ここは、時代に取り残されたような島で移動手段もなけれ、ば運搬方法もわからない。それなのにまるでここだけが、異空間のように充実していた。

 美雨は、上の段にある無名の小説家の表題『水底から君に愛をこめて花束を』という小説に心惹かれた。

 爪先立ちをしても、美雨には届きそうにないと思ったのか、四十センチほど体格差のある、悪樓が軽々とそれを取る。

 パラパラとそれを捲ると懐かしむように笑い、美雨に手渡した。


「美雨の最初のともはこれか。この物書きは、異界入りをして小嶌にたどり着き、この小説を書き上げた。残念ながら寿命が尽きて海に戻ってしまったが、面白い男だったよ」


 悪樓は親しい、大事な旧友を懐かしむような口ぶりでそういった。本自体は新しいが、デザインは古めかしく、大正や昭和初期の作品のようだった。流行りのゲームの影響で昔の文豪の本も好んで読むようになった美雨にとって、胸が躍るような小説で、これを借りることにした。


「悪樓さんのお友達だったんですね。私、この本を借りようかな。それと、このイラストレーターの画集、手に入れられなかったものなので、それも見ていいですか?」

「何を読んでも構わぬ。ここは貴女の書庫でもあるから、私の許可はいらない」

「は、はい。ありがとうございます」

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