第74話 メロメロと現実と

 「皆様、初めてお目にかかります。私はデルフィア侯爵家のオリンピア・レアギ・ドーリーヌと申します。リュケイオン学園の先達である皆様からのご指導ご鞭撻、どうぞよろしくお願いしますね」


あれからまた色々とありましたが、最大の事件はオリンピア嬢がリュケイオン学園に入学してきた事だと思うのです。何でも彼女たっての希望で通いたいと言ったそうで、あのゲンコツ親父が泣く泣く折れたそうです。

『いい加減にしろ!気持ちの悪い言葉遣いをするな、ジン!』

『カイン君、済まないね。俺は胸が苦しくて、一時的にタメ口を利けなくなっているのですよ』

『お、怖気が……!』

俺はすっかりオリンピア嬢から視線が外せなくなってしまって、いつも胸が締められるように苦しいし、彼女にはいつも、どうか幸せで楽しいと思っていて欲しいのです。

『いっ、いい加減にしろバカ!このバカ!色恋などにうつつを抜かすな!』

『ああ、これが恋なのでしょうか。こんなにも苦くて切なくて甘いものが……』

『うがあああああああああああああっ!誰でも良い!こうなったらいっそディーンでも構わない!誰かジンの目が覚めるまで殴り飛ばしてくれえええええええっ!!!』


「おい!カイン!……おい!」

彼女は何て美しい人なのでしょうか。彼女の周りだけ光が輝いているようです。

青い髪の毛と瞳が光を浴びてまるで清流の水しぶきのように清らかなのです。

本当に彼女は人間でしょうか。

こんなにも美しい人、もしかしたら女神なのでは……。

「……これは相当に駄目になっているのである」

そうです。女神なのです。俺にとってはまごうことなく女神なのです。

「跡形も無いのですの……溶けたバターのようになっているのですの……」

あの微笑みを思うだけで俺の頭がフワフワとしてしまうのだから……。

「酷いですわねえ……」

「うん、母上がいくら兄上を叱ってもずっとこうなんだよ……ヴァリアンナ嬢……」

「まあ!それは……もう……。

いいえ、あたくしは今、とても良い事を思いつきましたわ!

皆様、…………ゴニョゴニョ…………ええ、これで参りましょう。


――カインのお兄様!」


あっ!何をするんですか!

オリンピア嬢への俺の視線をいきなりみんなの体で遮るなんて!


「兄上、このままではオリンピア様に思いっきり嫌われてしまうよ!!!」


 その瞬間に我に返った。

 確かに恋に溺れて学業や領地経営を蔑ろにする男なんて思いっきり嫌われても仕方ない。

いずれ愛想を尽かされて――ろくでもない結末になってしまう。



ろくでもない結末……。


そうだ!

そうだった!

俺はこれから来る鬱イベントの大波小波を何とかして、ウルトラハッピーエンドを迎える必要があるのだ。

油断していた。

天国のその上まで浮かれてぼやけていた頭が、急に冷えていく。


『ハァ……やっとか、ジン』

『ごめん、カインと……みんな』


「ありがとう、みんなのおかげで助かったよ。このままじゃ僕は貴族としても人間としても駄目になる所だった」

「全く兄上ってば!」

ディーンが笑うと――確かにサリナの面影がちらついた。

この頃、ディーンはサリナにいよいよ似てきた。

ちょっとした目つきとか、雰囲気が……そっくりなんだ。


大丈夫だからな、サリナ。

ディーンは俺の大事で可愛い弟なんだ。

デボラも俺も、一度だって虐めたり憎んだりなんかしていない。

これからも、ずっと仲良くやっていくから。


「家に帰ったら母上にもちゃんと謝らないとね!」

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