第12話 つかの間のハッピー

 帝国城の南の離宮でお風呂に入れて貰った俺は、馬車の中で羞恥プレイを強要されたのがショックで、メソメソと泣きながらサリナにあやされていた。


「坊ちゃま、そんなに泣かなくても……」


「うえええーん、サリナ、きらいー!」


何が悲しくて大人達に微笑まれながらお漏らしの瞬間を見られなきゃならねえんだよ。


「はいはい。……ねえ坊ちゃま、これで……坊ちゃまの見た不吉な夢は……」


「……たぶん、だいじょうぶ」


レーフ公爵家から離れたのだ。最悪の事態は免れたと思って良いだろう。デボラも生きているし、サリナも無事なままだ。その他の山積みの鬱イベントはこれから対処していけば良い。


「はい。……はい」


サリナはぽつりと言った。


「マグヌスは……大丈夫かしら……」


「にもつをもってきてくれたときに、あえるよ」


少なくともマグヌスだって将来的に歪んだカインに殺される予定は完璧に潰えたと思っていたので、俺はこの時……完全に油断していた。




 翌日の朝、先代レーフ公爵夫妻が帝国城に押しかけてきたのをフラヴィウス殿下が追い払った。


その次の日の朝にも先代公爵夫妻が押しかけてきたが、フラヴィウス殿下は、


「どうしてレーフ公爵本人がやって来ないのだ?」


それは女のところを転々と渡り歩いていて未だに捕まえられないからです。




 結局、レーフ公爵がデボラに逃げられたことを知って帝国城にやって来たのはそれから2週間後だった。


俺はこの時には油断しきっていて、従兄姉に当たる皇子ガイウスや皇女ルキッラに遊んで貰ったり色々と教えて貰ったりしていた。


「この帝国は12の州に分かれていてね、それぞれの州に総督がいるんだ」


「総督は皇族から選ばれるけれど、実質的な統治権は各執政官が司っているのよ。執政官に選ばれることは貴族にとって最高の名誉の一つ。けれど独裁的な権限では無くて、総督とは相互監視の関係にあるのよね」


「皇太子は皇族とはほぼ血縁関係が無いけれど、皇族の血を繋ぐために先帝の血縁者と結婚する必要がある」




 流石に来週の学園の卒業パーティ兼成人式で公的にも成人と認められるだけあって、ガイウスは大人びているなあ。


妹のルキッラも未成年とは思えないくらいに落ち着いている。


……この2人も、悪事ばかり働くカインを処刑するようフラヴィウスに迫って、魔剣の餌食になったんだけどな……。


「ぼくもしっせいかんにえらばれたい!」


「おや、どうして?」


よし、根回しておこう。


「あのね、こわいゆめをみたの。すごいききんがおきるゆめ……ヤヌシアがね、いちばんひどかったの」


ヤヌシア州とは最北端の州だ。


「まあ!もしかすればその夢は神のお告げかも知れませんわね……」


「わかんない……でも、こわいゆめだったの」




 ――その飢饉の時にカインが執政官だった所為でヤヌシア州はこの世の地獄に変わる。ディーンは人々を助けようとして、でもバッタバッタと人々が倒れていく有様に絶望する。絶望したディーンを見てカインは大喜びする、と言う非常に歪んでいて暗い鬱イベントが待っているのだ……。


これも何とかイベントごと回避するか、せめて最低限の被害で抑えなきゃならない。




 「ガイウス殿下、失礼いたします。来週に開かれるリュケイオン学園での卒業パーティについて学園長が至急のご相談があるそうです」


そこに帝国城に仕える正式な官服を着た召使いがやって来た。


「おや。すぐに向かおう」


「ご案内いたします。東の謁見室にお通ししてございます」


ガイウス殿下が去った直後、また別の召使いがやって来た。


「ルキッラ殿下、皇后陛下がカイン殿の召使いの増員についてご相談があるそうです」


「そうね、サリナ1人だけでは大変だろうと思っていたわ。すぐに向かいます」




 俺は一人ぼっちになったけれど、入れ替わりにやって来たサリナがお菓子を持ってきてくれたので有頂天になった。


「きょうのおかしはなぁに?!」


「あらあら」サリナは笑った。「坊ちゃまの大好きなフルーツのゼリーですよ」


この世界は飯が美味い。


ありがたいことに、美食が悪徳だとされていない世界なのだ。暴食は駄目だけどな。


俺は大喜びになって、サリナにゼリーをスプーンで掬って貰って、食べ始めた。




 「……坊ちゃま、ありがとうございます」


俺に食べさせながら、サリナがいきなり言い出した。


「ふぇ?」


「あのままでしたら、デボラ様も坊ちゃまも、私も、誰もかも……」


少しだけサリナは涙ぐんでいた。


「おかあさま、いまなにしているの?」


「宮廷医師の先生に言われたように、静養なさっています。何というか……お顔がやっと……昔に戻られたようで……」


「あとでぎゅーってしてくれるかなあ」


「ええ、それは勿論です!」


サリナは笑った。


俺もつられて笑った時だった。




 「やっと見つけたぞ、ここにいたのか!」


サリナが咄嗟に俺を庇って抱きしめた背中越しに、カインのクソオヤジことレーフ公爵リヴィウス・コンスタンティンの声が聞こえた。




 声を聞いたことないのに、何で分かったのかって?


それは……。

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