第10話 デボラの瀬戸際

 そんな、と何かギャーギャーと喚いている連中を押し切ってフラヴィウス殿下は俺を抱きかかえてマグヌスに案内させて、デボラの部屋に向かう。


そして厳重に閉じられている扉は放置し、俺を抱きかかえたまま雨どいを伝って窓から入ったのだった。


「デボラ!」


「来ないで!」


部屋の隅にいるデボラの髪の毛はボッサボサだし、目は血走っている。


何なら魔法の詠唱もしている。


これってヤバくないか、カインこと俺も巻き込まれるんじゃないか!?


そうなったら破滅と狂気の物語が始まっちまう!


俺が慌てた時だった。




 「あの時、君を手放さなければ良かった」


フラヴィウスが俺を床に下ろして囲むように光魔法で結界を張った。俺の安全を確保した後で泣きながらデボラに近付いていく。


「愛しているのに、今でも愛しているのに、どうして俺は君を手放してしまったんだ」


「……フラヴィウス」


「君が地獄に堕ちると言うのなら、俺をも連れていけ!」


冗談じゃない、無理心中は止めてくれ!


「おかあさま!」


光の結界を壊そうと俺は暴れたけれど、ポヨンポヨンと俺の手足を弾くきりで何も出来ない!


「私はカインを……私の産んだ子供に……手を上げたのよ!」


「知っている。それでもあの子は俺に言った、君を助けて欲しいと」


「!」


デボラが俺を見つめて、一瞬だけ迷った。




「おかあさま、おかあさま!」


「カイン……」


「にげようよ、こんなところ!みんなでしあわせになろうよ!」




 しあわせ、とデボラが声もなく呟いた瞬間、魔法の詠唱が止まった。


すぐさまフラヴィウスがデボラを抱きしめた。


「君はまだ間に合う、間に合う所であの子が俺に助けを求めてくれた。あの子の分も、早く荷造りをさせるんだ!」


「ええ……」


泣き出そうとしたデボラの肩を掴んで、フラヴィウスはきっぱりと告げる。


「泣くのは馬車の中だ!こんな場所には一秒だって長居するべきじゃない!」

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