第18話 解明

 それからユディが話してくれた内容はこうだ。


 王立の図書館には、絵本をはじめ、小説や学術書など、多岐にわたる蔵書を国民に向けて解放しているだけではなく、行政に関わる資料の保管庫としての役割も担っているため、文官たちもよく利用する施設となっている。


 そこで司書として働いていたのがユディの妻であるラナだった。


 ほとんどの蔵書の位置を覚えているだけではなく、どの文官がだいたいいつ頃来るのか、今の内政の状況からしてこの分野の資料が求められるだろうという予測を立てることが得意で、文官たちは受付に寄るだけですぐに仕事場に戻ることが出来るほど、優秀な女性だった。


 それに加えて人当たりの良さもあり、市民や文官たちから絶大な人気を得ていたのだが、もちろんユディの妻であることを皆知っているため、手を出そうとする命知らずな者など居なかった。


 ところが、それだけの女性ともなれば、左大臣レイフルールの耳にも入ってしまう。そして、当然その情報をが逃すことはなく、ラナはレイフルールに目をつけられてしまった。


 何度も何度も図書館に立ち寄っては、仕事に関係の無い話をする左大臣をうまくかわしていたラナだったが、そんなラナの態度が気に入らなかったのか、レイフルールはラナの仕事に対してありもしないミスをでっちあげ、その罰としてラナを投獄した。


 レイフルールはその時からユディを自分の駒とすることも計画していたのだろう。


 妻の解放を求め、邸宅を尋ねてきたユディを前に、ユディを完全に服従させるため、ラスタが通りがかったタイミングで飾ってあった壺が倒れるよう細工を施し、計画通り壺を割った罰として娘のラスタまで拘束してしまった。


 それが王宮の管理する牢獄ではなく、レイフルール邸にある個人的な牢獄であるという横暴ぶりに、なんとか最後の抵抗として、ユディはレイフルールに対して異議を申し立てるが、「捕らえている二人をキズモノにしてもいいのか」と脅され、妻と娘を守ることを選び、以来レイフルールの傀儡となってしまっていたのだという。



「うん。嘘をつかずに全て話してくれたね。ありがとう」



 一夜はユディの意識を強制的に奪った際に、一度真実を聞き出しているため、今の話に偽りがなかったことが分かる。


 その話を聞いたから、左大臣の執務室に向かう前に、一度王城を離れてラナとラスタの救出に向かうことが出来たのだ。



「ユディの弱みを握ったお前は、国王殺しを命じた。違うか?」


「……っ」


「もうお前は詰んでいるんだよレイフルール。覚悟を決めなよ。どうして国王を殺害しようとした」


「ふっ、ふははは……!!」


「……?」



 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたことから、ついに諦めて真相を話し出すかと思いきや、レイフルールは汗だくの顔のまま、開き直ったかのように笑い声を上げた。



「私は何も知らん!国王殺しもその女たちのことも、お前とユディが勝手に言っているだけではないか!!お前たちがどうせ口裏合わせをしていたんだろ!!」


「ここまできて何を言うかと思えば……」


「だってそうだろう!!何の証拠もないじゃないか!!ははっ!!どうだ、出せるのか?この私が首謀者だという証拠を!!!!」



 余程見つからない自信でもあったのだろうか。一夜はそんなレイフルールを見て、どこまでも往生際が悪く、醜い奴だと見下し、ため息をついた。



「はぁ……ならば望み通り出してやろう。僕がお前の邸宅に向かった目的が、二人の救出だけだと思ったのか?」


「な、何を言っている……」


「僕はハナからお前を疑っていたんだよ?のさ。それがこの手紙なんだけど……差出人がレッドネイル皇国第136代エリュシオンってなってるんだけど。この手紙に覚えはある?」



 一夜がその手紙の入った封筒を、レイフルールの眼前で揺らしてみせると、彼は一瞬目を見開いたものの、すぐに目を逸らして鼻を鳴らした。



「ふん、それがどうした。私は左大臣だぞ。他国の要人とのやり取りくらいするわ。それが一つや二つあったところで、おかしいことは何もないだろう」



 その返答を聞いて、一夜はニヤリと笑みを零した。



「確かにそうだね。でも、この手紙はに入ってたんだよねぇ……他の手紙は棚にしまわれているのに、どうしてわざわざ金庫に入っていたんだろう。余程重要な手紙だったんだろうね?」



 途端、レイフルールの顔色が変わった。焦りの色を浮かべ、唾を飛ばしながら話し始めた。



「なっ……金庫だと!?どうして貴様が開けられる!?誰だ!?誰が裏切った!!屋敷の中でもこの金庫を開けられるのは数人しかおらぬはず!!!!」



 これまでに何度か能力を見せたというのに、それでも一夜が能力を使って取り出したのだろうという考えに至らず、第一声から周囲の者を疑い始める彼を見て、一夜はより一層大きなため息を吐いた。



(道理で実力では左大臣まで登り詰められなかったわけだ。まぁいい、話を続けよう)


「それにこの手紙がレイフルール邸に着いた日付は一昨日みたいだよ。戦時中に敵の総大将と手紙のやり取りねぇ……このことはスノウさんたちは知っていたのかい?」


「……いいえ。どういうことですか、レイフルール」



 スノウの冷たい音がレイフルールを突き刺す。レイフルールはスノウの顔を一度も見ることが出来ず、黙りこくっている。



「中身を読んでみようか」





 ――さて、レイフルール殿よ。後は貴様が王国の敗北、そして皇国への帰順を宣言するのみだ。


 先日、王国にも神の住まう社が王国内にも現れたと情報があったが、斥候に確認させたところ確かなようだな。こちらからゴッドスレイヤーへ情報を流した。


 その者らが事前に討伐するだろうから、王国転覆の邪魔にはなるまい。


 王国姫将おうこくきしょうを投降させることもゆめゆめ忘れぬようにな。


 我はアレらが欲しくてこの戦いを始めたのだ。ついでに我が国の神獣の息抜きにもなる。


 これまでの働き、大義であったぞ。


 約束通り、貴様には皇国宰相の地位を用意してある。


 ではまた三日後に―――





 王国姫将とは、戦いの際に各城門を守護していた殲滅隊をはじめとする少女たちだ。


 皇帝エリュシオンは、彼女らを自らのコレクションの一つにしたかったらしい。


 そんなくだらない理由のために、あれだけの戦を起こしたということに、より強い怒りを覚える。



「これが裏切りの証拠でないというのなら、弁明を聞かせてみろ。戦は形勢逆転で王国が防衛を果たした。約束通りに事が運んでいないのだから、皇帝はお前に心底落胆しているだろう。それにここまで明らかになれば、王国にもお前の居場所は無い。もう諦めろ」



 レイフルールは項垂れ、ぽつり、ぽつりと呟き始め、次第に狂ったように笑い始めた。



「……りだ……わりだ……もう終わりだ!!がはははっ!!そうだ、その通りさ!!!私が皇国に提案したのだ!!王国を陥れ、この国の姫将たちを捧げる代わりに皇国の宰相として登用してくれとなぁ!!」



 レイフルールの唾が顔に飛び散ったことで、一度顔を背け、袖で顔を擦る一夜を他所に、勢いのままレイフルールは話を続ける。



「姫将たちは、戦闘力以上にそのルックスの良さが大陸中に知れ渡っている。各国の王族は神を飼い慣らすことの次に姫将を囲うことを望みとして口にしている。そんな姫将全てを手中に収めている王国を羨望の目で見ている国は多い!!」



 レイフルールは舌なめずりしてスノウやクロカ、ランのことを見やった。



「もちろんそのトップにいる姫やクロカ嬢たちは筆頭格の人気を誇る……貴様らは私にとってただの交渉材料に過ぎないんだよ!!」


「……最低ですね」



 完全に蔑んだ目でレイフルールを見つめるスノウ。その後ろに居るクロカは鋭い爪をもう出してしまっている。



「知ったことか。私が欲するものはいつだって権力と女だ。これまで私は醜い醜いと罵られてきた。いくら努力をして成果を出しても、この見た目だけで周りの者は判断し、遠ざけた。だから、そいつらから奪ってやったのさ……」



 過去を思い出しながら、下卑た笑みを浮かべるレイフルール。



「それまでは近寄りもしなかったくせに、私が権力を持った途端、今まで散々バカにしてきた女どもは、手のひらを返したように擦り寄ってきた。奴らは金と地位しか見ていない。今まで嫌な顔を向けてきた女どもが、金や名誉だけは拒めずに屈服した。その悦びを知ったのだ。私を嫌う美しい女たちを屈服させることがこんなにも心地よいものだとな!!!」


「馬鹿だなぁ、まだ気づけないのか」


「なんだと……?」



 開き直るどころか、むしろ自慢話のように話し始めたレイフルールの話を、一夜がバッサリと切り捨てた。



「お前が醜いと言われていたのは、外見のことだけじゃない。その心の中のこともだよ」



 それがレイフルールの琴線に触れた。


 ただレイフルールは未だに一夜の力によって身体を動かすことが出来ないから、唯一動く顔だけでもと、必死に一夜のことを睨みつけ、顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。



「黙れ!!容姿も整っていてなんでも出来るお前に何が分かる!!!!神もそう、王族もそう、姫将も何もかも!!!!持っている者たちには持たない者のことなど分からないだろう!!!!」


「全てとは言わないけど、僕はお前の気持ちは分かるよ。僕もに女子たちから酷い言葉を浴びせられてきた経験はあるからね」



“気持ち悪い”


“うざい”


“近寄らないで”


“こっち見んなよ”


“臭い”


“キモイ”


“早く死ねばいいのに”




「堂々とは言わずに、あくまでも独り言のように、すれ違い際に言われるんだよね。あれ、結構辛いよね」



(一夜様……)



 きっと同じ経験があったのだろう。


 悲しげな顔でそう言う一夜の顔を、レイフルールはぽかんとした顔で見つめていた。



「貴様も……そうだったのか……?」



 そう。


 死んでこの世界に来る前の世界の出来事。


 それも死ぬ何年も前のこと。


 大学に入ってから、当時悪口を言ってきた女子が話しかけてきたことがあった。


 また何か言われるのかと身構えたが、相手は何事も無かったかのように、元々友人だったかのように世間話を始めた。


 もう悪口を言われないんだ、という安心感よりも、ああ、こいつにとってはあの出来事はなんでもない、記憶にも残らないことだったんだと失望した気持ちの方が強かったことを覚えている。


 やった側は覚えてないけど、やられた側はずっと覚えている。



「では、貴様も復讐を……!!」


「しようとは思わないよ」



 一夜のその答えを聞いて、それまでどこかソワソワとした様子でレイフルールと一夜の会話を聞いていたスノウたちだったが、一夜のその答えを聞いて安心した。


 スノウたちも一夜と出会った時に、彼の過去の話は聞いている。


 だから、一夜もいつか同じように復讐の道に進んでしまうのではないか、このままレイフルールの思いに同情してしまったら……なんて思っていたのは杞憂だった。



「な、何故だ!!そのような仕打ちを受けて、貴様はなんとも思わなかったというのか!?」


「思ったよ。それは当然ね。けど、それでなにかやり返してみなよ。そいつらと同類に成り下がっちゃうじゃん。どんな言葉を言われたら傷つくか。言われてきた僕が一番分かってる。その痛みが分かるからこそ、自分が相手にかける言葉は大切にしたいんだ」



「まだまだ上手くできてないけどね」と付け加えて、一夜は小さく笑った。



「それに、レイフルール。お前がやっているのは復讐じゃないよ。お前に悪口を言ってきた人とは関係の無い人まで巻き込んでるそれは、ただの暴力だよ」



 一夜の言葉がレイフルールに響いたのかは分からない。


 けれど、レイフルールはその言葉に言い返しはしなかった。


 ただ力無く、また項垂れた。



「ふっ……お前の言うことも……まぁ分からなくは無い。だが、いずれにせよこの国はもう終わりだ。私からの返事が無ければ、即座に皇国の大群が王国に攻め込む手筈となっている」


「それは起こりえないから大丈夫だ。僕が皇国軍を撤退させる時に、権能を使って王国に入らないよう術を掛けているからね」


「ふっ、対策済みか。用意周到だな……だが、これはどうやっても防げまい」



 レイフルールの言葉からどんどん覇気が無くなっていく。


 もう嘘をついたり、意地を張ったりする気力も無くしたのだろう。恐らく今レイフルールが話してくれている内容に嘘は無さそうだ。


 そして最後の最後、レイフルールは寝台の上で眠る国王をチラリと見やった。



良いことを教えてやろう。国王に掛けられているのは病では無い。だ。それも高濃度の呪い」


「呪いだと……!?」


「ああ……呪いには国王の死だけではなく、王国の滅亡という念が込められてある。ふはは……これでもまだ足掻くか?覚悟を決めるのはお前たちの方だ。もうこの国は終わりなのだよ……!!」



 レイフルールが放った爆弾発言に、一夜も思わず思考を止めてしまった。



「ガフッ!……ゴボッ!!……ゲホゲホ……」


「レイフルール!?」



 すると次の瞬間には、レイフルールの鼻や口から勢いよく血が吹き出した。そして目からも血の涙を流し始める。


 レイフルールの身に起きた突然の異変に、スノウたちは怯えた様子で互いに抱き合った。



「ゴボッ……ガハッ……はぁ……はぁ……ははははっ……この呪いのことを口にした時、私の命が奪われるという契約でなぁ……!!ふはは……ゲボッ……誰が、貴様らに……私の人生に幕を引くのは……私自身だぁ!!!」



 そう叫んだ直後、最後の力を振り絞ったと言わんばかりに、レイフルールの顔はガクンと力を失って項垂れた状態になってしまった。



 レイフルールは最後まで一夜たちへの恨み節を吐いて、身体中から血を吹き出して絶命してしまった。



「なんだか、可哀想な奴っすね……」


「けど……この人は犯してはいけない罪を犯したんだよ」


「生きて償うことからも逃げたのですね……」



 レイフルールが亡くなってしまったことを受けて、一夜も彼にかけていた権能を解き、静かに寝所の床に横たわらせた。


 横になったレイフルールは、ずっと苦悶の表情を浮かべたままだった。

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