第12話 奇跡
「お願い……全員無事に帰ってきて……」
本来、他国との戦となれば総司令としてその座には国王が座っているはずだったが、今はその意思を継ぐ一人の少女がその座に腰を下ろし、両手を胸の前で握って兵士たちの無事を祈っていた。
国王は王国に危機が迫っている今この瞬間も目を覚ますことはなく、寝台の上で眠ったままだ。この大戦が始まる数日前に病に倒れ、その身体の右半身はまるで墨をこぼしてしまったような深い黒に蝕まれ、その黒が身体を覆っていくほどに国王の意識は奪われ、半身を奪われた今となっては、国王が言葉を話すことも無くなってしまった。
幼い頃に母である女王を亡くし、ここまで育ててくれた父王も未知の病に倒れてしまった。
(そんな時にこんな大戦まで起きて……皆まで失ってしまったら……私は……)
「スノウ様、いらっしゃいますか?クロカでございます」
突然耳に入ってきた声に、スノウは慌てて背筋を伸ばした。
「クロカか……はい。どうぞ」
入室するなり、クロカはスノウの目元が赤くなっているのを目ざとく発見した。
「……あんた、また泣いてたの?」
幼馴染である彼女の姿を見て少しだけ気が緩んでしまったのか、その眼からはまた涙がこぼれ落ちそうになっていた。クロカはそれを優しく拭い取った。
「大丈夫。大丈夫だよ、スノウ。きっと、きっと皆生きて帰ってくるよ。戦場だけじゃない、王立病院でもリリアやクルスたちが患者を死なせないように奮闘してくれてる。皆それぞれの場所で、自分に出来ることを頑張ってる。あんただって、一夜様の協力を得るために頑張った。あんたが出来ることをちゃんとやったじゃない。……あとは、皆のことを信じて待とう?」
普段であればここにランが居て、いつもの明るさでスノウのことを励ましているのだが、今回はランも南門の救援へと出撃していたため、いつにも増して静かな時間が、スノウの不安をより強めてしまっていたのだった。
「うん……そうだよね。信じて待たなくちゃ……皆だって不安なのは同じだもんね。城に残っている私が泣いてちゃダメだ……!」
「そうそう、その意気だよスノウ。でも、あたしと居る時だけは、今みたいに泣いちゃっても大丈夫だからね」
「ふふっ、ありがとう……クロカ。クロカが居てくれて良かったよ」
「いえいえ♪」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
そしてそれから間もなく、玉座の間に一人の王国兵が息も絶え絶えになりながら駆け込んできた。
「伝令!伝令!!……姫様っ、ご報告が……!!」
スノウは、息を切らしながらそう叫ぶ伝令兵の声を聞いてびくりとしたものの、クロカが肩をポンと叩き頷いたのを見て、一度深呼吸すると、背筋を伸ばして凛とした声で兵士へ返答した。
「……報告してください」
スノウの返答を受けて、倒れ込むように跪いた兵士は、すぐには肩で息をしていて、話しだすまでに少し時間がかかった。
(この慌てよう……どっちなの……?お願い……)
やっと息が整ったのか、兵士はバッ胸に腕を掲げて声高々に報告を始めた。
「ひ、一夜様の術により、激戦となっていた北門に展開していたレッドネイル皇国軍が、ぜ、全軍撤退!!!!敵将含め、全ての敵兵が武器をその場に放棄し、皇国領へと後退していくのを確認しております!!!!」
「ちょっと、それ本当なの……?!」
最大勢力にしてこの大陸最強、敵兵に背中は見せない勇猛さを誇る皇国軍が、それも将までもが武器を捨てて撤退したという情報にクロカは身を乗り出した。
「連合軍の最大勢力が撤退したとなれば……」
スノウもその報告を受けてその後の展開を考え始めていると、兵士は情報を付け加えた。
「また、それまで北門の防衛に当たっていた殲滅隊は一夜様の到着と同時に全軍北門から撤退し、壊滅状態となっていた西門の救援へと向かっています!!」
「殲滅隊が向かってくれたのね!!」
「それなら……!!」
そしてそこにまた一人、王国兵が駆けこんできた。
「し、失礼します!!伝令です!!西門、殲滅隊の到着により形勢逆転!!アニマ共和国軍に反撃を開始し、これを壊滅状態にまで追い込みました!!!!」
「なっ……」
その王国兵へ質問する間もなく、また一人の兵士が駆けこんできては声を上げた。
「伝令!!東門、そして南門において、敵国が撤退を開始!!恐らく北部に展開していたレッドネイル皇国軍の撤退を見ての退却と思われます!!」
「これで全ての戦場が……」
「待って、南門にはランが向かっていたはず……」
どうかランが無事に帰ってくるようにという二人の願いはすぐに叶った。
「スノウ!!クロカー!!ちゃんと生きて帰ってきたっすよ♪」
「「ラン……!!」」
走ってきた勢いのままに玉座に居るスノウとクロカへ向けてピースサインを送っているランの姿を見て、スノウだけではなく、クロカの目にも涙が蓄えられていく。
そして、最後の伝令兵が飛び込んできた。
「で、伝令……!!姫……奇跡です、奇跡が起きました……!!」
その兵士の興奮した様子に、既に報告を終えた伝令兵たちも今入ってきた兵士が何を報告するのかと注目している。
「次は何が……落ち着いて、慌てずに教えてください」
兵士は一旦間を置くと、姿勢を正して声を上げた。
「一夜様が戦闘終結後に王立病院を訪問し、甚大な被害を受けた西門の防衛部隊の負傷兵に対して声をかけたところ、重傷者や危篤状態にあった全ての者の傷が塞がり……回復っ!!一夜様は戦闘に参加される前にも一度王立病院を訪問し、その御業を施されていたようで……王立病院に運び込まれていた兵士たちは……っ、これで……これで全員回復しました!!更に、各戦場で既に倒れていた者たちも再び起き上がり、王国へと続々帰還を始めている模様!!よって、今回の大戦による死者、負傷者はありませんっ!!!!皆がまた家族のもとへ帰ることが出来ますっ!!!!」
涙ながらに報告をするその兵士の言葉に、一同は言葉を失い、茫然としていたが、徐々にその兵士の言葉を噛み砕くことができ、頭に入ってきた。
「全員……無事……?皆帰ってこれたの……?よかったぁ……よかったよぉ……!!!!」
その場でへたり込んでボロボロと大粒の涙を流すスノウを見て、兵士たちも涙を流した。
この場に報告に来ていた兵士の中には、目の前で友人や仲間が倒れていくのを見てきた者たちもいた。
もう二度と会えない、もう二度と話すことが出来ない、笑い合うことが出来ない。そう思っていた相手が生きて帰ってきたことを知らされたのだ。
兵士たちも皆、互いに抱き合って喜んでいた。
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