第58話 恋い焦がれる(※sideトラヴィス)
王太子の座に即位し、メレディアと婚約してから約二年──────
長い長い卒業までの残り二年間がようやく過ぎ去った。ようやくだ。これで俺はメレディアと晴れて夫婦になれるわけだ。
俺がどれほどこの日を待ち望んだか。兄の婚約者であることは子どもの頃から分かっていた。それでも俺はメレディアのことが好きでたまらなかったんだ。自分でもおかしいんじゃないかと思うくらい、どうしようもなくメレディアのことが好きだった。この気持ちを表に出してしまわないようにと、俺がどれほど苦心してきたか。
幼い頃からメレディアは抜きん出て可愛らしく、美しく、そして誰よりも努力家だった。筆頭公爵家の令嬢という自身の立場を鼻にかけるようなことは一切なく、常に謙虚で、周囲の者たちを優しく思いやり、自分を磨き続けることを怠らないその姿は、昔から俺の心を捉えて離さなかった。
どうやら自分の兄が精神的に非常に弱く、それ故に人望もなく、人を率いる立場には全く向いていない人物であるということを悟りはじめてからは、俺もひそかに王太子教育に精を出していた。
自分が立派な王太子になればメレディアを得る望みもあるのではないかと、その時から俺はすでに思っていた。
あの阿呆がしょうもない女にだまくらかされてメレディアとの婚約をあっさり解消した後、自由を謳歌してますます輝きはじめたメレディアを見ながら、俺は激しい焦燥にかられていた。一緒に街に出れば誰もがメレディアを見る。学園では男どもが今まで以上にメレディアのことを褒めそやし、ますます綺麗になったと噂しはじめた。
畜生。彼女をジロジロ見るな。メレディアは俺のものだ。誰にも渡すものか。
そんな身勝手な想いを口にできるはずもなく、何よりこの激しい独占欲と執着心をメレディア本人に悟られて距離を置かれでもしたらと思うと、とても打ち明ける勇気などなかった。
焦りは禁物だ。まずは俺自身がメレディアに相応しい男になり、彼女を得られる立場にならなければ。それまでゆっくりと彼女の心を開いていけばいい。
……などと言いつつも、自分の気持ちが時折だだ漏れになっている自覚はあったのだが。
俺に言い寄ってくるしょうもない女を振り払ったり、メレディアを毒牙にかけようとする身の程知らずの不届き者を処罰したりと様々なトラブルを乗り越えながら、どうにか俺は望み通りメレディアを妻にできる立場を得た。国王陛下から彼女が婚約者に内定したと聞かされた時、俺は思わず天を仰いで拳を握りしめた。
「どうした、トラヴィスよ」
「……いえ。何でもありません、陛下。たしかに拝命いたしました。セレゼラント王国の末永い安寧とさらなる繁栄のため、ヘイディ公爵令嬢とともに全力で邁進していく所存にございます」
油断すればだらしなくニヤけそうになる顔を引き締めながら、俺は神妙な顔でそう返事をしたのだった。
そして、今日。
学園を卒業し、晴れて俺たちは結婚式の日を迎えた。
一足早く婚儀のための衣装に着替えた俺は愛する女性が現れるのを、今か今かと浮ついた気持ちで、式場となる大聖堂の扉の前で待っていた。
メレディアとの婚約が決まった時から、長い時間をかけて彼女のウェディングドレスを選び、作らせてきた。あの要領の悪い阿呆な兄は彼女のためのウェディングドレスの仕立てにまだ一切取りかかっていなかった。実に信じがたい。メレディアにとって人生で特別な一日となるであろうその日の衣装を、数年かけてじっくり考えようとは全く思わなかったのだろうか。俺は詳細に、念入りに考え続けた。メレディアとの婚約が決まった時から。彼女の
「殿下、お待たせいたしました。妃殿下の準備が整いましてございます」
「っ!……そうか」
控室から一足先にやって来た侍女の一人が、俺にそう声をかける。俺は少年のようにときめく胸をひそかに押さえながら、メレディアが来るのを待った。
少しして、通路の奥から歩いてくる彼女の姿が視界に飛び込んできた。
「──────……っ!」
俺の視線は、純白のドレスをまとったメレディアに釘付けになった。
ウエストから大きく広がった真っ白なサテンの上に、幾重にも重なった繊細なレース。細やかな銀糸の刺繍に、真珠の飾りたち。この世でたった一つの、彼女のためだけの至高のドレスを身にまとい、俯き加減で一歩ずつ慎重にこちらに歩いてくるメレディアは、俺の姿を認めた途端、花が開くように美しい笑みを浮かべた。
「……っ、」
クラリ、とめまいがし、心臓が激しく脈打ちはじめた。胸がいっぱいになり、呼吸が乱れる。……ああ……、なんて綺麗なんだ、メレディア……。
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