第41話 共謀(※sideエルシー)
(……あーあ……。帰りたくないなぁ、王太子宮に……)
日に日に放課後が憂鬱になる。どうせ帰ったって待ち受けているのは目を吊り上げたマナー教師と、夜まで延々と続く全く理解のできない難解な勉強。一切頼りにならない王太子は、最近は以前にもまして覇気がない。国王陛下の呼び出しから戻ってきてメソメソ泣いている姿を見た時なんか本当に血管が切れそうだった。蹴り飛ばさなかった自分を褒めたいわ。あの役立たず。
その日、やけに校門の前に生徒がたむろしていた。……どうしたのかしら。何か騒ぎがあっているみたい。
気になった私は皆が遠巻きに見ている辺りまで行ってみて、驚いた。トラヴィス殿下が身なりのいい男性の腕を捻り上げている。そのすぐそばには……またあの女。
「お、おま、お待ちください殿下……!ご容赦を……、ちょ、いたたたたた……」
「メレディア嬢に謝罪しろ。こんなところまで追いかけ回してきて、あろうことか体に触れるなど、紳士の風上にも置けぬ振る舞いだ」
「もっ……、申し訳、ない、メレディア嬢……っ!」
「二度と彼女に近づくな。もし今後万が一にも彼女が不快に思う行動をとれば、貴殿の両親に全て報告するぞ、ジェセル・ウィンズレット侯爵令息よ」
(……ウィンズレット、侯爵令息……)
思い出した。あの茶会の日、ウィンズレット侯爵家で少しだけ見た人だわ。侯爵夫人と話していたっけ。これまで会ったことないから知らなかったけど、あの人私の養家の息子なんだわ。
今のやり取りを聞いただけでなんとなく分かった。あの黒髪垂れ目の侯爵令息がヘイディ公爵令嬢にちょっかいを出して、それをトラヴィス殿下がムキになって諌めてるってわけね。……ふーん……。
そのウィンズレット侯爵令息は、トラヴィス殿下の剣幕に萎縮して、逃げるように立ち去っていく。
「…………。」
邪魔者がいなくなっていちゃついてる二人を尻目に、私は急いでその侯爵令息を追いかけた。
「……お待ちくださいませ!ウィンズレット侯爵令息様!」
先ほどのやり取りが少し聞こえてしまったのだが、ヘイディ公爵令嬢とのことでご協力できることがあるかもしれない。そう言って私は後日、人目を避けて私の実家グリーヴ男爵家にやって来たウィンズレット侯爵令息と向かい合った。
侯爵令息は胡散臭そうに私を見ながら尊大な態度をとっていたけれど、私の気持ちや目的を打ち明け真剣に話をすると、だんだん乗り気になってきた。
「……あの女……何が特定の殿方と親しくなるつもりはない、だ。婚約解消してさほど日も経っていないというのに、もう第二王子とそんなに親密になっているとはな」
「そうなのです!私もどうしても納得できないのですわ。あの方、ご自分が王太子妃という重責を担うのが面倒だからと言って、ただアンドリュー王太子殿下とご友人として親しくしていただけの私にその責任を押し付けたのですから。王太子殿下を上手に言いくるめて、私を婚約者に据えるよう誘導したのですわ。真実に愛しあう二人が夫婦になった方がいいとか何とか言って。そしてご自分はより責任の軽い、それでいて王族に嫁ぐという特権だけを得られる第二王子に、上手いこと言い寄っているのですから。あざとすぎますわ!」
ウィンズレット侯爵令息はソファーに腰かけたまま前かがみになり、顎に手を当て何やら考えている。
「クソッ……、ヘイディ公爵家の令嬢と結婚すれば、家督を継ぐこともできねぇ次男の俺にとっては大きな後ろ盾になると思っていたのだがな……。あの強大な権力を持つヘイディ公爵の口利きで高給取りのいい職を斡旋もらい、今後の人生も逐一助けてもらえると……」
チッ、と悪人ヅラで舌打ちするウィンズレット侯爵令息に、私は言葉を重ねた。
「協力し合いませんこと?ウィンズレット侯爵令息様。まだヘイディ公爵令嬢がトラヴィス第二王子殿下と婚約しているわけでもございませんもの。今ならまだどうにでもなりますわ。あなた様はヘイディ公爵令嬢を得たい。私はトラヴィス第二王子殿下に、あのような女性と結婚してほしくない。希望が一致してますわ」
「……ふん。うちの養女になったお前なら、上手くやれば第二王子の方に嫁ぐことができるかもしれねぇしな。本当はお前もあの冴えない王太子を誰かに押し付けて、美男子の第二王子の方に行きたいとか思ってんだろ?」
……随分ぞんざいな口のきき方するのね。したり顔もすっごく気持ち悪い。
でも。
「……まぁ、その通りですわ」
私たちは顔を見合わせ、どちらからともなくニヤリと笑った。
「……だがどうすると言うんだ。そう簡単に思い通りにはいかねぇだろ」
「私に少し考えがありますわ」
私は父に相談を持ちかけた。だけど私の話を聞いた父は渋い顔をする。
「……何故わざわざ第二王子に鞍替えする必要がある。駄目だエルシー。せっかくここまで順調に事が運んだというのに、わざわざ王位を継がない方に嫁ぐ理由はない。先の国王となるのは、王太子であるアンドリュー様だ。お前はこのままアンドリュー様に嫁ぎ、王太子妃となれ」
「いいえ、お父様。アンドリュー様とトラヴィス殿下では全ての出来が全く違いますわ!王太子に相応しいのは絶対にトラヴィス第二王子殿下です。お父様、あの愚鈍で気の弱いアンドリュー様なら、王太子の座から引きずり下ろすことも難しくありません。私が無事トラヴィス殿下と恋仲になった後に、アンドリュー様を陥れるのよ。何か、大きな失態をやらかすように仕向けるとか。トラヴィス殿下ってすごいのよ。知的でとても人望があって、人の上に立つ素質のある方だわ。アンドリュー様にはそういうの少しもないもの」
「…………。」
父は眉間に皺を寄せ、腕を組んだ。そしてしばらくの後、ボソリと呟く。
「……まぁ、確かにな。王太子殿下が頼りないのは間違いない。仮にも王位継承者でありながら、動かせる私財もなく、私の大臣登用という願いさえ叶えてはくれんしな」
「でしょう?!あの人何もできないのよ。最近では泣いてばかり。使えないし、ほんと頼りないったらないわ!……でもトラヴィス殿下ならアンドリュー様よりずっとずっと頼もしいわ。あちらは婚約解消の慰謝料なんて支払ってないわけだし、私財もたっぷりある。それに、きっと国王陛下に上手いこと言ってお父様を王宮の要職に就けてくださるはずよ。それだけの力があるわ」
「……。ふむ……」
「アンドリュー様じゃダメよ!」
父は熟考の末、私のその提案を承諾してくれた。私は歓喜した。あとは父に任せておけばいい。メレディア・ヘイディを陥れてトラヴィス殿下との仲を引き裂き、アンドリュー様を王太子の座から引きずり下ろし、そして私とトラヴィス殿下を婚約させる策を、考えてくれるはず。
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